テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
片道切符を握って、電車に乗る。駅に着けば、不気味な雰囲気の漂う田舎道を歩いていく。
数年前、俺は捨てられた。 ネグレクト、放置、飯も食わせてくれない。捨てられたっていうのは事実で悲しいこと。だけど捨てられずにあの生活を続けていたらそれこそ辛かっただろう。
回想が頭の中で脳をぐちゃぐちゃに掻き混ぜていくような、気持ち悪い感覚がする。汗を流しながら俺は青い森に入っていく。 湿っていて雨上がりの匂いが充満している。自然に満ち溢れた場所で人工的な思い出が満ち溢れていく。
捨てられた後、幸せそうな三人家族が汚れた俺を見つけて施設へ送ってくれた。 その家族は皆俺の事を心配してくれた。よく施設に顔を出して一緒にどこかへ連れて行ってくれた。そのとき俺は本当の両親のことなんてとうに忘れていた。忘れるといえば間違いだ。多分、思い出したくなかったが正しいだろう。
森の奥へ進む。霧が立ち込めていて、薄暗い森からは俺を歓迎する様に風鳴りがする。
三人家族の子供は同い年くらいの女の子だった。最初は俺の事を避けていたが、段々笑顔を見せてくれるようになった。それが嬉しくて、俺はいつの間にか彼女の事が気になっていた。施設から出た後、直ぐにそこの家に行った。笑顔で家に入れてくれて、お茶も出してくれた。家から出て先に借りたアパートに帰る時、彼女に手を掴まれた。 やけに力強くて優しかったのを覚えている。
「好きだよ」
彼女から言いたかったのかもしれない。でも俺は思わず心情の言葉を彼女へぶつけた。すると彼女は微笑んで、これから宜しくねと涙ぐんで言ってくれた。 有頂天で家に帰り、枕を抱きしめながら寝た。次の日ある面接も上手くいくだろうと、機嫌が良いまま。 思惑通り、内定をもらうことが出来た。俺は子供時代が散々だったから、これからの人生が本番で楽しめるんだ、そう確信して拳を握りしめた。余りにも上手くいっていたから、恐怖心など消えてしまっていた。 それからは会社勤めの日々が続いた。教養は他の人に比べたらあんまり無いかもしれないが、それでも俺は頑張っていた。ミスをして怒られ、契約を結べて褒められて昇進したり。辛いけど、なんだかんだ幸せだった。
辺りが暗くなり、森の青みが深くなる。頭がズキッと痛んでふらつく。幸い、太く凛とした年輪の刻まれている木に手を付いて、倒れはしなかった。
ある日目が覚めると彼女からのメールが届いた。スマホの通知には久々に会いたいと表示されている。俺は直ぐに返信をし、次の日曜日に出掛ける事になった。 彼女は少し見ない間にもっと美しくなっていて、胸の高鳴りが止まらない。本来あるべき青春の感覚をやっと味わえたような気がした。俺の命の恩人で、これからも一緒にいる。俗に言う運命の人なんだと俺は感じた。俺は冷たくて、優しさのこもった温かい彼女の手を握って、もう一度笑顔で伝える。彼女は少し頬を赤く染めてありがとうと言った。 何か記念品が欲しくなって、お揃いの指輪を買った。それから帰って布団に入る。指輪をうっとりしながら見つめて。夢の中で彼女の後ろ姿が見えた。その背中を抱きしめて、夢の中ながら温もりを感じた。
無気力な足で進んでいく。もはや、何も感じない。
次の日。警察からメールが届いていた。 彼女の一家が訃報というメールだった。俺は信じられずスマホを落とした。涙が滴る。俺を救ってくれた家族全員が亡くなった。一番大切な物を失ってしまった。あの家族に救われた日を思い出す。涙は止まらず嗚咽が零れるばかり。喪中、俺は何も考えられなかった。葬式中、俺は彼女を見つめた後に彼女を両親を見て、一度乾いた涙がまたボロボロと零れていく。何でこうなったのかわからないし、誰も悪くない。崖から落ちた不慮の事故だったから。
吐くような嗚咽がする。深く静かな森の中で俺の嗚咽が鳴る。
俺は生きる意味が分からなくなって、後を追おうと決めた。幼少期にも死にたいと感じた事があった。その時は死にたくても死ねなかった。愛もない両親が許さなかったから。 会社の有給を取り、お気に入りの服を着て、好きな飲食店に乗り込んで最期のご飯を食べる。彼女達と食べた懐かしい味が心に染みて、涙が自然と出る。
店を出れば駅に立ち寄り、片道切符を買った。どうせ死ぬなら、同じ場所でが良い。随分と山奥の駅の片道切符を手にして、俺は此処まで来た。
もう、どうだっていいのだ。どれだけ思い出しても何も返ってこないし、何も得しない。残るのは、悲しみだけ。
そんな事を頭で浮かばせていたら、崖の前に着いていた。ゴツゴツとした岩が擦れる音が響いている。俺はその場に座り、崖から足だけ下ろした。少しずつ体を前にずれていく。あと一歩で落ちそうな時、手に何かが触れた。冷たい。でもどこか優しさのある。振り返ると、半透明な手に手を握られていた。それは紛れもなく彼女だった。薬指に付けられている俺の指輪と、彼女の薬指に付けられている指輪が重なった。俺の頬に涙が伝う。やけに力強く、優しく俺の手を握る。
「好きだよ」
俺はあの時と同じ様にそう言った。すると彼女はあの時と同じ微笑みを見せた。次瞬きをした時には、もうその姿は見えなかった。彼女の優しい匂いがふんわりと風にのっている。俺は後ろに下がり、立ち上がった。いつの間にか空に雲はなく、霧も無くなっていた。指輪を夜空に掲げる。彼女がそこに居るような気がしたから。俺の指輪が光ると、夜空で光る星屑が同じ様に光った。