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Side康二
「──ねえ康二、実は……離婚することにしたの」
「は?」
耳、聞き間違えたんかな。いや、たぶん聞こえたけど、脳が理解を拒否してる。
母さんはいつも通りの優しい笑顔で、俺の向かいに座ってる。隣には父さんもいる。珍しく、背筋伸ばして正座なんかして。
「えっと……いま、“離婚”って言った?」
「うん」
即答すなや。
「ちょ、待って! 離婚って、あの、“離婚届”の離婚!?」
「そうよ〜。お父さんと話し合ってね。お互いに、もっと合う人がいるってわかったの」
「いやいやいや、ちょっと待ってや! そんなん漫画の中の話やん!」
「康二、落ち着いて聞いてくれ」
父さんが珍しく真剣な顔してる。会社の偉い人と会う日みたいやな、ってどうでもええことが頭に浮かぶ。
「実は、最近ふたりでハワイ旅行に行ったやろ?」
「うん。お土産のTシャツ、派手すぎて着られへんやつな」
「そこで、ある夫婦と出会ってな。すごくウマが合って……話し込んでるうちに、お互いのパートナーを“交換”してみたらどうか、って話になって」
「交換!? なんなん!? 親ってそんな軽率なサブスクみたいな仕組みで成り立ってんの!?」
「違う違う、ちゃんと真剣に話し合ったのよ」
「はあ……」
頭抱えるって、ほんまにこういうときに使う言葉やったんやな。
「で、その夫婦と……再婚するの?」
「そう。私が向こうのお父さんと、あなたのお父さんが向こうのお母さんと。来月から同居することになったから、よろしくね」
「よろしくって……」
何をどうよろしくすればいいんかわからへん。
「その家族にも、同い年くらいの男の子がいてね。これから一緒に暮らすことになると思うわ」
「…………」
こっちは今、家族崩壊の情報を受け止めるのに必死やのに、なんで普通に“新メンバー加入のお知らせ”みたいなテンションで話してくるん?
「──あんた、きっと仲良くなれるわよ」
母さんは軽やかに笑った。俺はその笑顔に、若干の狂気を見た気がした。
―――――――――――
場所は、おしゃれなホテルのロビーラウンジ。
両親が「気楽な雰囲気で話し合おうね」って言うからついてきたけど、全然気楽やない。
白いテーブルの向かい側に座ってるのは、母さんの新しい“旦那さん”になる予定の人──と、
その横に並んで座る、ひとりの男の子。
……え、誰。
いや、誰って。紹介される前からわかる。たぶん、同い年って言ってた“向こうの息子”や。
ただ──
「……めっちゃイケメンやん」
思わず、口から漏れた。小声のつもりが普通に聞こえたっぽくて、目の前の彼と目が合う。
切れ長の目、整った顔立ち、スラッとした体型、黒のロンT一枚でも雑誌の表紙みたいな雰囲気。
おまけに、目が合った瞬間、めっちゃキマってる低音ボイスで、
「どうも、蓮です」
って、自己紹介してきた。
やばい、脳がバグる。
「……むりむりむり! 絶対むりやって!」
「えっ!?」
母さんの驚いた声なんて聞いてない。
「いやいやいや、なんでこんな……顔面偏差値オバケみたいなやつと一緒に住まなあかんの!?」
「康二……!」
「俺、聞いてへん! 聞いたけど、納得してへん! こんな同居、絶対反対やからな!」
蓮くん──いや、目黒は特に表情を変えることもなく、淡々と水を口に運んでいる。
その落ち着きが逆にイラッとする。
「──じゃあ、俺も反対で」
「おまえもかい!」
完璧やった。声も、顔も、態度も。でも、俺と同じように“こんなの無理”って言ってくれたことに、ちょっとだけ救われた。
──それも束の間。
「ま、まあまあ、落ち着こうか。初対面やもんな!」
俺の父さんが苦笑いで場をなだめようとしてくる。
「そりゃ戸惑うよね、康二くん。でもすぐ慣れるわよ。人間って柔軟だから」
母さんのその楽天的な笑顔が、いまは妙に怖い。
「俺、柔軟性とかないねんけど!? まっすぐしか生きてへんタイプやで!?」
「知ってるわ、そういうとこが康二の可愛いところよ」
それ、いま言う?
「まあまあ、ひとまずご飯でも食べながら……話そうか」
目黒の父──つまり、これから“義理の父”になるかもしれん人が静かに提案してくる。
「俺、もう帰ってええ? 解散でよくない?」
「こらこら。話し合いの場で“解散”とか言わないの」
父さんが苦笑交じりに俺の頭を軽く叩いた。
横を見ると、目黒は相変わらず涼しい顔してる。
俺がどんだけ感情を爆発させても、まるで波風立てへん。
なんなん。鋼メンタルなん?
それとも、俺に興味なさすぎて、逆に傷つくやつなん?
「──俺はほんまに納得してへんからな。勝手に話まとめんといてや」
「わかってるよ、康二。でもこれは“家族になる”ための第一歩なの。無理にとは言わない。でも、せめて、少しずつ距離を縮めていけたらって……私たちは、そう思ってる」
母さんの声が、少しだけ真剣なトーンになった。
ずっと笑顔やったのに、そこだけは真っ直ぐで。
「……もう、ほんまに……ややこしいわ……」
ぼそっとつぶやいて、俺は椅子にふかっともたれかかる。
目黒は、そんな俺を横目で一瞥してから、静かにメニュー表を開いた。
俺も、仕方なく目を落とす。
──とりあえず飯は食う。話はそれからや。
どこまでやれるかわからんけど、こんなんで「はいそうですか」って納得できるわけない。
それだけは、心の中で繰り返してた。
──絶対に、こんな同居認めへん。
もう一度ちゃんと言っとこうと思った。
「……俺な、ほんまに反対やからな。何回でも言うけど、他人と急に家族になるなんて──」
「康二!」
母さんの声がピシャッと響いた。
一瞬で場の空気が冷える。
「わがままばっかり言わないの。私たちだって悩んだのよ。でも、前向きに決めたことなの。あんたひとりの都合でひっくり返されるような話じゃないの」
「そ、そうやぞ、康二。こういうのは大人の事情ってやつでな、子どもにはちょっと……その、理解が……」
父さん、言い淀むなや。何を“ちょっと”で片付けようとしてんねん。
「子ども扱いすんなや! 俺やって急にこんなん言われて、混乱して当然やろ! なあっ──」
そのときだった。
すぐ隣から、くぐもったような音が聞こえた。
……笑い声?
目を向けると、目黒が、口元に手を添えて“ふっ”と笑ったのが見えた。
「……は?」
それ以上の言葉が出てこん。
目黒はすぐに顔を戻したけど、確かに笑った。しかも小馬鹿にしたような、あきれたような、そういう種類の笑い方やった。
「なにがおかしいねん」
思わず声に出しそうになって、ギリで飲み込んだ。
あいつ、俺のこと“わがままなガキ”って思ったんやろか。
親に怒られてムキになってるのが滑稽に見えたんか?
──うっわ、ムカつく。何様やねん。
口には出せへんかったけど、内心では怒りが煮えくり返ってた。
顔には出してへんつもりでも、たぶん耳とか、真っ赤になってたと思う。
こっちは人生最大級の混乱の真っ只中やのに、
その横で、何しれっと笑っとんねん、完璧イケメン。
──絶対に、仲良くなんてならへんからな。
このとき俺の中で、目〇蓮という男に対する「最大警戒モード」が静かに、でも確実にスイッチオンされた。
――――――――――――
引っ越し先の家は──予想してたより、めちゃくちゃ綺麗で広かった。
玄関からリビングまで吹き抜けになってて、木目調のフローリングはピカピカに磨かれてる。
真っ白なキッチンに、大きな窓のダイニング。間取りは2世帯住宅って感じで、2階の部屋は全部個室。俺と目黒の部屋は向かい合わせやった。
──くそ、環境だけは完璧やな。
「荷物は、こっちの部屋って言ってたよな……」
段ボールをひとつ、部屋の隅に置いた。
俺の部屋は、もともと“誰かの書斎”やったみたいで、壁に埋め込みの本棚と、小さめのデスクがついてた。日当たりは良好。悪くない、けど──
「気持ちは全然ついてってへんわ……」
ため息混じりにTシャツやら漫画やらを箱から出していると、ガラッとドアが開いた。
「……えっ」
立っていたのは、さっきの“笑ったやつ”──目〇蓮。
黒のスウェットに着替えて、髪も濡れてる。風呂、もう入ったんか。
「……え、なに? なんで入ってくんの?」
「手伝おうかと思って」
「いらん!!」
即答したのに、目黒は全然気にした様子もなく部屋に入ってきた。
「それ、クローゼットの奥に詰めると湿気こもるから、空気通す方がいいよ」
「……は?」
「棚の並べ方も、左側から使う順に並べた方が楽じゃない?」
「いやいや、ちょっと待って!? 何でいちいち俺の荷物に口出してくんの!?」
「だって、効率悪いし」
「効率とか、いまどうでもええねん! 俺の部屋やし、俺のやり方でやるから!」
「別に怒ること?」
……めっちゃ腹立つ。
声のトーンがいちいち落ち着きすぎてて、余計にカチンとくる。
「なんやねんその“何ムキになってんの?”みたいな顔」
「ムキになってるじゃん、実際」
「おまえなあ!!」
バッと立ち上がったら、目黒と目が合った。
その顔は、まるで冷静な教師が騒がしい生徒を見てるみたいな視線で──また、ふっと笑われた。
「……っもう、出てって!」
「はいはい」
目黒は素直に出ていったけど、その足取りがゆるゆるしてるのがまた腹立った。
ドアが閉まると、部屋に静寂が戻る。
でも、俺の頭ん中はごちゃごちゃで、心臓の音だけがうるさかった。
「……無理。絶対、無理。なんやあいつ……」
イケメンで、理屈っぽくて、無神経で──笑い方がムカつく。
──初日からこれやねんで。
この先、どうなるんやろって、今はまだ“最悪しか見えへん未来”しか想像できへんかった。
――――――――――
「……なあ、マジでムリやねんけど、あいつ」
朝の登校坂。俺、向〇康二は、いつも通りふっかさんとしょっぴーと3人並んで歩いてる。
でも今日は“いつも通り”やない。頭の中が、あるひとりのせいでパンパンや。
「おはようの前に愚痴て。元気そうだな」
ふっかさんが眠そうな声で笑う。
「聞いてや。昨日から一緒に住んでるやつおるって言ったやん?」
「うん、親の再婚相手の息子ってやつな」
「そう! でな、そいつ──顔、めっちゃ整ってる」
「えっ、イケメンなの?」
「イケメンすぎて、なんかもうむかつくレベル」
「顔で怒るなよ」
「いやいや、顔だけちゃうで? 声低いし、無駄に落ち着いてるし、なんか全部“わかってますけど?”みたいな顔してんねん!」
「おまえ、それ完全に惚れてるやつのテンション」
しょっぴーが横からぼそっと言ってきた。
「はあ!? はあ!? どこがやねん!? 俺、むしろ人生で一番ムリって思ってるわ!」
「へえ~……ちなみにどんな感じの人なの?」
「だから、写真ないって! というか、写真とか撮る間もなく“ふっ”て笑われたわ!」
「“ふっ”?」
「そう、“ふっ”。俺が荷物整理してる横で、“そこ湿気こもるよ”とか言ってきて、いちいち口出しして、挙げ句の果てに“ふっ”って笑って部屋出てった」
「なるほど、それは確かにむかつくかも」
ふっかさんが、ちょっと笑いながらうなずく。
「せやろ!? なんか全部上からくるねん。『はいはい、どうせ君は感情的なんでしょ』みたいな雰囲気!」
「それ、おまえが感情的すぎるだけやない?」
「うっ……それは置いといて!!」
足を止めて言いたいところやけど、坂がキツくて止まったら死ぬ。
息を切らしながら、それでも愚痴の火は燃え続ける。
「俺、ホンマにアイツと仲良くする気ゼロやからな。ゼロ以下やで。マイナスやで」
「うんうん」
ふっかさんは笑ってるし、しょっぴーは「まあ、今日も平和やな」みたいな顔してる。
──でも俺の中はぜんぜん平和ちゃう。
朝からイケメンのこと考えたくないのに、目〇蓮の顔が脳内でハイビジョン再生されるの、マジでやめてほしい。
「今日も帰りたくない……」
そうつぶやいた俺に、ふっかさんがぽそっと言った。
「ま、案外そういうのが恋に変わったりすんのよな~」
「絶対ないから!!」
即答しながら、俺は坂をひとつ、怒りで踏みしめた。
――――――――朝のHR、チャイムの直前。
先生が教室に入ってきて、なんかテンション高めの声で言うた。
「はいはーい、席ついてー。今日は転校生が来てますよー」
「え、転校生!? この時期に?」
教室内がざわっとする。そらそうや。もう2学期の途中やし、そうそう新入りなんて来ぉへん。
「じゃあ、入ってきてー」
パタンと開いたドアの向こうから入ってきたのは──
「…………」
終わった。今日、俺の平穏な学校生活、終了のお知らせ。
黒髪で整った顔立ち、スッとした立ち姿。制服の着こなしは完璧で、無駄がない。
しかも、視線は人と合わないようにスッと外してるくせに、妙に存在感がある。
そう。目〇蓮、爆誕。
「は!? なんで!?」
思わず声が漏れた。
「ん、ああ。向井、お前んちの子になるって言ってたっけ?」
「“子になる”とか言うな!!」
ざわつく俺を無視して、目黒は静かに一礼した。
「目〇蓮です。よろしくお願いします」
その瞬間、女子のボルテージが爆上がり。
「え、なにあの人……モデル!?」
「かっこよすぎない!?」
「え、声低っ!ヤバ……」
口々にあがる黄色い声。
すでに数人がスマホ取り出しかけてるし、後ろの席の子なんか「運命……」とか呟いてる。知らんけど。
先生が一応たしなめるけど、もう完全に目黒一色。
「じゃあ、向井の隣が空いてるから、そこ座ってー」
「はぁあああ!? うそやろ!? 俺の隣ぃ!?」
「うるさい。前に言ったよな? 空いてるところには順当に入ってもらうって」
「ぐっ……」
目黒は何も言わず、俺の横を通って席に着いた。
──机、近っ。いや、近いのは当たり前やけど、家でも一緒やのに、ここでも隣って何の罰ゲームなん?
横目でチラッと見たら、目黒は鞄から筆箱出して、淡々と準備してる。
「……学校まで来んなよ」
「は?」
「なんもない顔して転校してきて、騒がれて、しかも俺の横……空気読めや」
「……俺のせいじゃないでしょ」
「イラッ」
小声でぶつぶつ言い合う俺たちの横で、女子たちはキラキラした目で目黒を見てる。
やめて、これ以上印象よくしないで。
ますます俺の立場がない。
──同居だけでもう限界やのに、学校まで一緒って。
心の中で、何度目かの「終わった」がリフレインしてた。
―――――――昼休み。
俺は弁当のふたを開けながら、目の前の光景にげんなりしてた。
「あ~~もう……なにあれ……」
教室の窓際。目黒の周りには、女子がわんさか集まってる。
「目黒くんって、趣味なに?」「え、バスケ部とか似合いそう~」
「彼女いたことある? え、ないの!? 嘘~!」
「顔ちっちゃ……モデルとかしてた?」
「声、ほんとにいい……低音……好き……」
……ここ、カフェやっけ?
「なあ、あいつモテすぎてない?」
俺の向かいでプリン食べてたふっかさんが、のんびり言った。
「そりゃあな。イケメンだし」
「それ以外に理由ある?」
しょっぴーが水筒のフタ閉めながら、さらっと言ってきた。
「えっ、ふたりとも簡単すぎん!? 顔さえ良けりゃOKなん!?中身とか気にならんの!?」
「いや、もちろん中身も大事やけどさ」
「でもあれで性格悪かったら、それはそれでギャップ萌えってやつかも」
「やめて!? 変な理論武装すな!!」
俺はスプーン持つ手を止めて、ぐっと身を乗り出した。
「なあ、昨日なんか“ふっ”て笑われてんで!? こっちが真剣にムカついてんのに、“ふっ”て! “ふっ”ってなんなん!? あれの破壊力、味わってみいって!」
「うん、でもその“ふっ”が似合う顔してるよね。イケメンって強いわ」
ふっかさんがあくまで柔らかく笑う。
「うん、目黒、たぶんモテると思う。女子が黙ってないでしょ、あれは」
「……いやいやいや! モテるのはええねん! でも俺の席の横やで!? 俺の耳の横でモテてんねん! そのたびに、うっすらため息聞こえてくんねん! しんどいわ!」
「おまえが一番気にしてんじゃん」
「しょっぴー、きみまで……!」
ふっかさんとしょっぴーは楽しそうに笑ってるけど、
俺のこのモヤモヤは、もはや天井突き抜けそうや。
「もうほんま、なんやねんあいつ……! イケメン無罪やと思うなよ……」
俺はプリンのふたをばしっと閉じて、ため息をついた。
──この日もまた、目黒蓮は何ひとつ悪びれた様子もなく、教室の中心にいた。
……なのに、なんでこっちが疲れてんねん。
納得いかん。絶対、いかん。
―――――学校から帰ってくる道は、やたらと長く感じた。
家に着いて靴を脱ぐだけで、どっと疲れが押し寄せる。
「……ただいまー」
「おかえりー」
母さんの明るい声が玄関の奥から聞こえるけど、今日はなんか、胸にズンと重さがある。
制服の上着を脱いでリビングに入ると、ソファの端っこに──いた。
目〇蓮。テレビもつけず、スマホをいじってる。こっちを見もしない。
「あー……もうっ」
ため息まじりに鞄を置いて、そのままリビングのテーブルにドンと座った。
「なあ、言っとくけど──」
目黒がスマホから視線を外して、ちらりと俺を見る。
「学校、来んでよかったやろ」
「……は?」
「いや、うちで一緒に暮らすだけでも気ぃ遣うのに、学校まで同じとか、もうプライベートゼロやん! 呼吸んとこまでおまえおるんかって感じやし」
目黒は無言で、またスマホに目を戻した。
それがまたムカつく。
「なんか言えや!」
「……俺の意志じゃないけど」
ぽつりと、低い声が返ってきた。
「え?」
「学校のことも、親が決めた。俺は“そっちの家に通えば?”って言ったけど、“どうせなら同じ方が慣れるでしょ”って。……俺の意志は関係ない」
その言い方が、まるで他人事みたいで、またイラッとする。
「そんなん言うて、あんだけちやほやされてんのに“関係ない”とか冷めすぎやろ」
「別に、求めてないし」
目黒はそれだけ言って、立ち上がった。
マグカップに水を入れて、無言でキッチンへ向かっていく。
俺はソファの端にずれながら、無言になったリビングの空気をもてあました。
──なんなん、あいつ。
こっちは怒ってるのに、向こうは怒ってもなけりゃ笑ってもない。
ただ静かに、少しずつ距離をとって、俺と視線を合わせないようにしてるだけ。
目黒の部屋と俺の部屋は向かい合わせ。
そのドアの距離が、今は果てしなく遠く感じる。
「……はあ」
深いため息が、喉の奥から漏れる。
家の中にいるのに、気が休まる感じが全然せぇへん。
──こんなはずちゃうかったのに。
いや、そもそも“こんな”って何なんやろうな。
そんなことを考えながら、俺は鞄だけ持って、自分の部屋へ引っ込んだ。
扉を閉める音が、妙に響いた。
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