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俺は構わないが、まだ小さい麒麟には両親が必要だったと思う。


祖父母が一緒に暮らしていたとしても、やはり祖父母と両親とでは、生活面での必要性は同じでも、心の拠り所としては不十分だった。


「ニーニ、私の事は心配しないで! 大丈夫だから!」


昼間は気丈に振る舞う麒麟だったが、夜中、隣の部屋で泣きじゃくる麒麟の声を聞くのは辛かった。


なんとかして、俺が父親、母親代わりにならなければ。中学高校と、俺は麒麟の両親になろうとした。もちろん、殆どが空振りに終わってしまったが。


「まさか、本当に父親になるなんてな……」


傍らにあるタマゴを見つめる。


父親、というよりも、ただ押しつけられた。あのティッシュだって、本当に俺のかどうかなんて分からない。そもそも、あんなので受精をするわけがない。


何もかもが非常識で、現実離れしていた。


俺は溜息をついて目を閉じる。


疲れた。


時刻は午後四時。初夏の日差しはまだ高い。


麒麟が戻ってくるまで、まだ少し時間があるだろう。


俺は枕元にあるタマゴを見て、さらにその向こうに見える窓の外を見る。


長閑な田園風景が広がっている。


水田の向こうには、咲が住む平屋の大きな家が見える。


「…………」


ゆっくりと息を吐き出し、目を閉じる。


田植えを終えた水田の上を、風が滑る。冷たくなった風が、窓から吹き込んでくる。


涼しい風に身を任せながら、俺は短い眠りについた。




ゴメン……


少し寂しそうな顔をしながら、立(たち)木(き)秋奈(あきな)は目を伏せた。


「あっ……」


俺は何も言えなかった。


「本当に、ゴメンね。私、この間サークルの先輩に告白されて、付き合っているんだ」


「あっ、そうなんだ……。いや、別に、その……」


ああ、これは夢だ。あの時の夢だ。


今年の春。俺は幼馴染みの女の子に振られた。


彼女は立木秋奈。


今は都内の大学二年生で、春休みを利用して戻ってきていた。同級生達と酒を飲み、その帰りに俺は告白をした。


結果は、ご覧の通り。


余程ショックだったらしい。俺は、フラれてからなんども同じ夢を見た。最悪な事に、結果はいつも同じ。せめて夢の中だけでも成功してくれたら良いのに。


「タイミング、悪いね、白鳳は」


「……ゴメン」


なんで俺が謝っているんだ? 気まずい結果になってしまったが、悪い事はしていない。謝る必要はないのだが、ついつい謝ってしまう。


「私達、成長したと思わない?」


「お前はな。俺は、これだし」


「あはは、白鳳、卑屈ね」


話を変えるように、秋奈は月明かりに照らされる町を見下ろした。


「都内に比べると、暗くて寂しいだろう」


俺は平静を装う。


心の中は嵐が吹き荒れていた。今にもこの場から逃げ去りたいが、ここに留まることは、男としての意地。せめて、秋奈には我慢強いところを見せたかった。


秋奈は、東京に行って少し垢抜けた。


昔は美しく黒かった髪が、今は茶色になっている。首元にはネックレスに、腕にはブレスレット。男の趣味なのだろうか、ピアスまで開けている。


随分、差が付いたな。


秋奈は東京での一人暮らしを満喫している。学業に励み、サークルを楽しみ、彼氏まで出来た。もちろん、もう男も知っているのだろう。


大人の女の余裕が、彼女からは感じられた。


惨めだな。


俺は、此処で何をしているのだろうか。受験に失敗し、就職先も未だ見つけられない。さっきの飲み会も、皆は学校の話や会社の愚痴を言っていたが、俺はそのどれにも混ざれなかった。


場違いな感じがした。


「でも、星は綺麗だよ。向こうは、空を見上げても何も見えないもの」


「そっか……」


「おじいちゃんと、おばあちゃん、立て続けに大変だったね」


「あの時は、ありがとうな。助かったよ」


秋奈は、真っ先に葬儀に駆けつけてくれた。


俺と一緒に、涙を流してくれた。


そこから、俺は秋奈のことを意識してしまった。


元々、彼女の事を好きだった。だけど、自分の気持ちに気が付かなかった。久しぶりに見た秋奈は、とても大人びていて、女性らしかった。


惨めな勘違いだな。秋奈は、俺を幼馴染みとしかみていない。涙を流したのだって、俺の祖父母と親しかったからだ。


そもそも、俺に女性を引きつける魅力なんて、皆無だ。彼女の優しさを勘違いした俺が悪い。


「良い町よ、ここは。私は大好き。私の全部が此処にあるんだから」


「…………そうか」


俺は嫌いだった。


この町には何もない。


祖父母がいたが、二人が亡くなった瞬間、この町が嫌いになった。


「…………帰ろっか?」


「先に行って。少し、頭を冷やすわ」


「ん……、お休み」


「おやすみ」


秋奈は振り返ることなく、帰って行く。俺は、鳥居を見上げた。


短い参道の奥には、小さな社がある。名前は知らないが、綺麗に整えられている神社だ。小さいが社務所もあり、昼間は神主と年老いた巫女のお婆さんが常駐している。


おみくじでも引こうか。そう思ったが、止めた。これで『大吉』が出た日には、最悪だ。


俺は社の階段に腰を下ろすと、町を見た。街灯すらない町。ポツポツと光っているのは、民家から漏れる灯りだ。


「なにやってんだ、俺は……」


もはや口癖になりつつある呟きだ。


この現状を打破したい。だが、その方法が分からない。


「どうすれば良いんだ?」


空に浮かぶ月は、まるで大きなタマゴのようだった。


あのタマゴが、俺の何かを変えてくれるだろうか。


そう思ったとき、遠くから声が聞こえてきた。


「ニーニ! ニーニってば!」


ああ、麒麟が帰ってきたのか。起きなきゃな。


俺は深い溜息をつくと、目を覚ました。

狐の嫁入り ~其の弐~ 女神に托卵された俺は、仕方なく幼女と祓い屋を始めました

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