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ハンクの執務室では庭師の格好のままのドイルがソファに座り、ソーマの入れた紅茶を飲んでいる。部屋の中には近衛は入れず、外で待機させていた。
「何を話した」
ドイルは怒られるからそれを無視して答えない。
「ハンクが女性を気にかけるなんてな」
信じられないよ、と呟いている。
「睨むなよ!怖い顔するな!嫌われるぞ」
それでもハンクは睨み続ける。いきなりやってきてソーマが出迎えに行けば数名の近衛を残して本人は消えていたのだ。何か起こったかと使用人を騒がせ、許可もなくキャスリンに近づいたドイルに腹が立っていた。
「あれはこの顔を気に入ってる」
ハンクの言葉にドイルは笑って自身の脚を叩く。
「寝言は寝て言えよ!ハンクが冗談を言えるようになったとは驚かされるなぁ」
まだハンクはドイルを睨む。眉間の皺がいつもより深くなっている。ドイルは後ろに控えるソーマに振り向き、真偽を確かめるが、本当ですと告げられ驚く。
「嘘だろ?どこを?気に入る所なんかないだろ。かわいそうに、あの子は目が悪いんだ」
ドイルは小声で呟いているが、ハンクにはしっかり届いている。
「あれに会いにきたのか」
ドイルは首を振り、服の内側に入れておいた小瓶を机の上に置く。ドイルはソーマに呼ぶまで外で待つよう命じる。
「あの子はついで。これを届けにきたんだよ。誰かに頼める物ではないからな。説明もある。この一瓶で種は死ぬ、だが副作用が出る。と言っても飲んだ翌日に熱が上がり身体中の関節が痛み、だるさで起き上がることはできない。咳は出ないから流行り病とは違う診断がされるよ。子供がなる単なる風邪だ」
ハンクは頷き小瓶を手に取り眺める。ドイルはもうひとつ注意事項を加える。
「絶対ライアン・アルノには気づかれるなよ、あいつの腹の中は真っ黒だ。かわいい顔して騙す。気を付けろよ。ここの侍医だろ、お前の金で医院まで建ててる」
「わかった」
ドイルは頭を掻きハンクの決意を確かめる。
「最後の手段にしろよ。俺だって飲ませるのは辛かったんだ。なぁ本気で惚れて息子から嫁を寝取ったのか?ハンクらしくないぞ。カイランが留守の間、媚薬でも盛られた?お前に効く媚薬なんてこの国にあるの?体で籠絡されたか?お前を落とすなんて隣国の間者以上だよ。まさかアンダルが囮でハンクを狙って…なんてこった、長年ディーターに間者を育てさせてゾルダークを内部崩壊とは恐れ入る」
ドイルは妄想を語り出す。
「あいつはあの娘と閨をできていない」
ドイルの語りは止まり、真剣な顔でハンクに問う。
「不能だったのか?違うよな。それなら秘薬は必要ないもんな。あの子が嫌いなのか?婚姻を嫌がってはなかったろ?」
ハンクは話すか迷ったが秘薬を貰った貸しがある。王家に探られても面倒なので話すことにした。
「あいつが幼いころ、セシリスが閨の不満を吹き込み続けあいつの奥底に潜んだ結果、初夜を逃げ出した」
ドイルはさすがに動揺していた。
「気づかなかったのか?カイランに付けてた乳母やメイドかいたろ」
「乳母は我が子に関心のない母親と関係を持たせようとセシリスに会わせて、自身は部屋から出ていた。あいつも特に不満は言わなかったようだ。メイドはセシリスの生家から連れてきた者でセシリスを大事にしていた」
ドイルは幼いカイランを思い出す。よくハンクと共に王宮へ来てアンダルの遊び相手として過ごしていた。その時何か言ってなかったか。ドイルは記憶を探る。
「…アンダルがお伽噺をしてくれたんだよ。どこで聞いたのかそこまで思い出せないが、奇妙な内容だった。お姫様と怪物とその子供、幸せな結末じゃなかった。信じられんな。セシリスはそんなに病んでいたのか?」
ハンクは頷く。
「セシリスは初めて会った時から俺を嫌っていた。他に好いた男でもいたんだろ。閨も痛いと泣くから老いたメイドの用意した香油を使ってなんとか子を作った」
ドイルはどこを責めていいのかわからなくなる。自分を嫌う者を相手にそれでも子を作るために閨をすれば、痛いと言われ罵られる、ハンクもうんざりするだろう。俺だったらセシリス相手に勃たない、こいつが優しく接するなんて無理だったろうしな。あの女、やはり頭がおかしかったんだな。
「カイランはお前達のことを知っているのか?」
「教えてはいない。あいつに拒絶されあれが傷ついた。それで俺を選んだ。もう返さん」
返さんって何を言ってる。閨ができるようになれば返したって問題ないだろうが。
「カイランに媚薬を盛ればいい、一番強いの渡すよ。本人の意識は朦朧としても陰茎は勃って腰を振る、一度できれば吹っ切れるだろ」
いい解決策を思い付いたとドイルは笑っているが、ハンクはドイルを睨み付ける。手の中の小瓶が割れそうなほど握りしめる。
「もう返さんと言っただろ」
「怖い!顔!瓶が割れる!」
そんなこと言っても子ができた時カイランはどうなる。知らない間に妻が妊娠してるなんて悲劇過ぎるだろ。今からでも遅くない。正しいところに戻せないか…
ドイルはカイランを哀れみ、何とかしてやりたいと心情が傾いていた。
ハンクはそれを察しドイルに与えていなかった情報を出さないことにする。セシリスがドイルに懸想し、それも吹き込んでいたと知れば益々カイランに同情するかもしれない。
「奴は初夜に他に愛する者がいるから抱けない、子は養子を貰うとあの娘に告げた」
カイランに同情していたドイルもそれには同意できなかった。貴族の娘は子を生すため婚姻する、それは高位も下位も同じこと。石女ならば第二夫人や養子をとなるが、覚悟を決めた令嬢に初夜からそれはない。あの子はお飾りの妻にすると言われたのか。現状を相談していればここまで拗れなかったろうに。愚かで残念だ。
「カイランがおかしくなるぞ。どうするんだ」
「あれの望み通りにする」
おいおい!あの子が殺せと言ったら殺すと言ってるんだよな?相当やられてる。ドイルは青ざめる。
「殺しはしない。あれはこれからも俺の子を孕むんだ。奴は必要になる」
こんなに頭がおかしくなったのか?ゾルダークを本気で心配しなきゃならなくなるぞ。いっそあの子が病気や事故でいなくなれば、後妻を連れてこれる。カイランもそっちとは同じ過ちは犯さないだろう。カイランは人気者だ、辺境伯あたりから見繕って宛がうのはどうだろう。ドイルは本気でキャスリンを消したくなっていた。元凶がいなくなればハンクも目を覚ます。
「何を考えている?」
ドイルは思考から目覚めハンクを見る。見なければよかった。声をかけられつい見てしまった。過去でも見たことがない恐ろしい顔で睨んでいる。答えを間違えたら多分近衛が入る前に俺は死んでる。
「ぺぺペラルゴニウムってゼラニウムと間違えやすくて困るよな」
まだ睨まれている。ハンクに警戒させてしまった。敵に回したらとんでもない事態になるじゃないか。
「余計なことをしてみろ、滅ぼす」
泣きたくなってきた。想像しただけだよハンク。うまくいくなら動いていたけど危険過ぎるから実行するつもりなんてない。ドイルはため息をつく。
「お前ならできるよな」
この国でハンクと王太子と俺なら可能なんだよなぁ。カイランは可哀相だが、国のためだ耐えて貰おう。怖いから話をそらそう。ドイルは扉へ向け声を上げソーマを部屋へ戻した。紅茶のおかわり、とお願いする。
「あの子は小さいのによく収まるな。お前のは凶器だろ」
ハンクは黙って睨んでいる。単純に疑問だったんだ。ハンクは男の中でも大きいのにあの子は普通より小さい。入るもんかって子作りしてるんだから入っているんだよな。体は大きいのに…ってやつかな?それなら納得なんだけど。
「指南書を読め」
嘘だろ。ハンクに助言されてるのか。そういう説明も指南書に書いてあったかな。後ろを振り向きソーマへ、普通の?と聞くと上級者用です、と答えた。
「それ読んでない。貸してくれ」
ハンクが頷いたのでソーマが棚から抜き出し俺へ差し出す。執務室に置いてるんだな、なんて怖くて言えない。
「返さなくていい」
「わかった。有り難く王宮の図書室に保存しとく」
要らないほど熟読したんだな。いつの間にか好き者になって、人ってのはわからんな。
「王宮の夜会には来るんだろ?ここ数年はアンダルのせいで肩身が狭いからな、やりたくないが王太子の婚約を発表するから盛大にやるよ」
幼い頃に婚約した令嬢が病気で亡くなってからは婚約を避けていた王太子も隣国の王女との婚約の話が出て漸く決まったのだ。未来の王妃の初御披露目は話題になるだろう。アンダルのことは忘れてもらいたい。
「ああ」
ハンクは頷く。ドイルは用事は終わったと庭師の格好のままで近衛を引き連れ王宮へ帰っていった。
ドイルが帰り、ハンクは小瓶を鍵付きの隠し棚にしまう。
あれを消す方向へ解決を見出だしたな、ドイルは厄介だ。あれを消す動きを見せたら滅ぼす。俺が隣国に全てを売ればいいだけの話だ。