テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
スタジオの空気は、音があるはずなのに重かった。
元貴はミキサーの前でヘッドホンを外し、机に置く。
少しだけ、指先が震えていた。
「……今の、もう一回」
若井がギターを下ろし、確認するように言う。
「クリックもテンポも合ってる。さっきと同じだよ」
元貴は首を振る。
「違う。右、聞こえ方がおかしい」
涼ちゃんがキーボードから振り返る。
「どんな感じ?」
「音が……欠けてる」
元貴は言葉を探すように間を置く。
「あるはずの高いとこが、急に消える。
遠くで鳴ってるみたいで、掴めない」
若井の表情が一気に硬くなる。
「元貴、最近ずっと作ってたろ」
「作ってたけど、平気だった」
元貴は即答する。
「今までは」
涼ちゃんが静かに立ち上がり、元貴の横に来る。
「昨日、朝までデモ直してたよね。
“あと一個だけ”って」
元貴は目を伏せる。
「止めたら、出なくなりそうだった」
若井が低い声で言う。
「何が」
「曲も、声も」
元貴は苦笑する。
「ミセスのボーカルが歌えなくなったら、終わりだろ」
「終わりじゃない」
涼ちゃんがはっきり言った。
「少なくとも、俺と若井はそう思わない」
元貴は顔を上げる。
「でもさ、待ってる人がいる。
昨日より良い声、昨日より良い曲。
“次はもっと”って、当たり前みたいに」
若井が一歩近づく。
「その“当たり前”を一人で背負うな」
元貴の声が少し強くなる。
「背負わなきゃだろ。
俺が前に立って、俺が歌ってるんだから」
一瞬、スタジオが静まり返る。
涼ちゃんが元貴を見る。
怒ってはいない。
ただ、逃がさない目だった。
「元貴」
低く、落ち着いた声。
「歌を届けたい気持ちは本物だと思う。
でも、壊れた状態で出す音は、元貴の本音じゃない」
元貴は唇を噛む。
「……もし戻らなかったら」
若井が即座に言う。
「その時は、戻るまで待つ」
涼ちゃんも続ける。
「それでも足りなかったら、三人で探す。
声も、音楽も」
元貴はしばらく黙っていたが、
やがて小さく息を吐いた。
「……今日は、やめる」
その一言に、若井が肩の力を抜く。
「それでいい」
涼ちゃんは頷くだけだった。
それ以上、言葉はいらないと分かっていたから。
新作ー欠けた音の先で
ア”ア”ア”生物生存造形〜❤︎
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!