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深夜二時。スタジオではなく、元貴の部屋。
デスクライトだけが点いていて、画面には未完成の譜面。
音は出していない。
それでも、元貴の頭の中では鳴り続けていた。
「……違う」
キーボードに触れかけて、手を止める。
「ここ、綺麗すぎる」
消して、書いて、また消す。
納得いかない理由は分かっている。
耳が、まだ信用できない。
元貴はヘッドホンを持ち上げて、少し迷ってから首にかけた。
音量は最小。
それでも右側だけ、輪郭が曖昧だ。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、そう呟く。
「歌える。作れる。届けなきゃ」
時計を見ると、もう四時を過ぎていた。
⸻
次の日の朝。
スタジオに入ってきた元貴を見て、若井が一瞬言葉を失う。
「……元貴」
元貴は何でもないように笑った。
「おはよ」
涼ちゃんはすぐに気づいた。
メイクでは隠しきれていない、目の下の影。
「寝てないだろ」
「寝たって」
元貴は軽く言う。
「二時間くらい」
若井が眉をひそめる。
「それを寝たって言うな」
元貴は鏡を指差す。
「ほら、隠れてる。メイクすごいから。
ライブも収録も、全然いける」
涼ちゃんは低い声で言う。
「“いける”かどうかじゃない」
元貴は一瞬、視線を逸らす。
「でも止まれない。
昨日止めたら、今日もっと怖くなった」
若井がため息をつく。
「元貴さ……」
「分かってる」
元貴が先に遮る。
「無理してるのも、良くないのも」
少しだけ声が小さくなる。
「でも、いい歌声を待ってる人がいる。
“次は大丈夫だよね”って、信じてくれてる」
涼ちゃんが元貴の正面に立つ。
目を逸らさせない距離。
「その人たちは、元貴が壊れることまでは望んでない」
元貴は唇を噛む。
「……もし今日、声が出なかったら?」
「それ今考えることじゃない」
若井が即答する。
涼ちゃんも頷く。
「元貴が歌えない日があっても、ミセスじゃなくならない」
元貴は少しだけ笑った。
弱く、でも確かに。
「……うるさいわね笑、二人とも」
そう言いながらも、
メイクで隠したクマより、
その言葉の方が少しだけ効いていた。