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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第3話:ご近所さんの女子高生・小春(こはる)
移住三日目の朝。
目覚まし時計の暴力的な電子音ではなく、頬を撫でる柔らかな太陽の光と、心地よい鳥のさえずりで目を覚ます。
「……ん、ぁ……」
体を起こそうとして、腹部のあたりにズッシリとした心地よい重みを感じた。
視線を落とすと、そこには昨日保護したばかりの巨大な白い毛玉――シロが、俺の布団の上で丸くなってすやすやと寝息を立てていた。
「おはよう、シロ」
『……ニャァ』
そっと頭を撫でると、シロは目を閉じたまま喉をゴロゴロと鳴らし、俺の手のひらにすりと頭を擦り付けてきた。
その瞬間、指先から腕を伝って、全身にあの「極上のマイナスイオン」のような温かい波が広がっていく。
昨日までの激務で蓄積されていたはずの疲労感は、もはや欠片も残っていなかった。まるで数年ぶりに、本当に深い眠りにつけたような圧倒的な爽快感。頭の芯までクリアに透き通っている。
「本当に、お前は不思議なやつだな……」
シロの信じられないほど滑らかな純白の毛並みを撫でながら、俺は深い安堵の溜息を吐いた。
ブラック企業にいた頃は、朝起きるのが何よりも苦痛だった。胃が鉛のように重く、心臓が常に早鐘を打っていた。
だが今は違う。窓の外には見渡す限りの大自然が広がり、膝の上にはこの世のものとは思えないほど愛らしい(そして謎の回復能力を持つ)もふもふがいる。
「さて、今日は少し家の周りの草刈りでもするか」
ゆっくりと立ち上がり、冷たい水で顔を洗う。
縁側に出て深呼吸をした、まさにその時だった。
「ごめんくださーい!」
突然、敷地の入り口の方から、鈴を転がすような明るい声が響いた。
北海道のこのあたりで「お隣さん」といえば、数百メートルは離れているのが普通だ。こんな朝から誰だろうと訝しげに歩いていくと、錆びついた門の前に一台の自転車が停まっていた。
「あ、おはようございます! 昨日引っ越してこられた方ですよね?」
そこに立っていたのは、高校の制服であるセーラー服の上に、少し大きめの紺色のカーディガンを羽織った少女だった。
肩口まで切り揃えられた艶やかな黒髪に、ぱっちりとした大きな瞳。春の陽だまりのような、見ているだけで周囲がパッと明るくなるような、朗らかで人懐っこい笑顔を浮かべている。
「私、坂の下の家に住んでる『小春(こはる)』って言います! おばあちゃんが、新しいご近所さんが来たならご挨拶してこいって、これ持たせてくれたんです」
そう言って小春は、自転車のカゴから風呂敷に包まれた大きめのタッパーを取り出した。
「秋にうちの畑で採れて、雪室(ゆきむろ)で越冬させた甘い男爵いもと玉ねぎで作った肉じゃがです。もしよかったら、食べてください!」
「あ、わざわざすみません。……俺は、一昨日に越してきたばかりの……」
簡単な自己紹介を済ませ、ありがたくタッパーを受け取る。
フタ越しでもわかるほどズッシリと重く、ほんのりと温かい。出汁と醤油の甘辛い匂いが漂ってきて、思わずお腹が鳴りそうになった。一人暮らしで、しかも限界社畜だった俺にとって、こんな温かい手作り料理のお裾分けなんて、奇跡のような出来事だ。
「一人でこんな大きな古い家、お掃除とか大変じゃないですか? 私、今日部活休みだし、放課後もしよかったらお手伝いに――」
小春がそこまで言いかけた、その時だった。
『……ミャウ?』
俺の足元から、ふわりと柔らかい鳴き声がした。
見ると、いつの間に起きてきたのか、縁側から降りてきたシロが俺の足にスリスリと体を擦り付けていた。
朝の光を浴びたシロの純白の毛並みは、まるでそれ自体が淡く発光しているかのようにキラキラと輝いている。そして、右目がサファイア、左目がアンバーの神秘的なオッドアイが、じっと小春を見つめていた。
「えっ……」
小春の言葉がピタリと止まった。
彼女は目を丸くして、シロの姿を穴が開くほど見つめている。
「……妖精、さん……? いや、大きすぎる……えっ、猫、ちゃん……!?」
「あぁ、昨日そこの庭で行き倒れてたのを保護したんだ。シロって名付けたんだけど」
俺がそう紹介すると、小春はタッパーのことなど完全に忘れたかのように、吸い寄せられるフラフラとした足取りでシロに近づいていった。
「うそ……なにこれ、なにこの神々しさ……! それにこの毛並み、信じられないくらい綺麗……!」
小春はシロの目の前でゆっくりとしゃがみ込むと、まるで壊れ物に触れるかのように、恐る恐るその両手を伸ばした。
「あの、触っても……怒りませんか?」
俺ではなく、シロ本人に許可を求める小春。
シロはまるで女王様のように優雅に「ニャァ」と一声鳴くと、自ら小春の手のひらへとその頭を擦り付けた。
「っ……!!」
シロの毛並みに指が沈み込んだ瞬間、小春の肩がビクッと大きく跳ねた。
「えっ、あ、嘘、なにこの手触り……っ! 雲? マシュマロ!? いや、そんな次元じゃない、指が、指が溶ける……っ!」
小春は両手でシロの頬から背中にかけてを撫で回し始めた。
そして、あの『神獣パワー』が発動したらしい。小春の表情が、みるみるうちに蕩けていく。
「あぁぁ……テスト勉強の寝不足が、消えてく……。肩のコリも、目の疲れも……なんか、心が洗われる……なにこれ、生きててよかった……尊い……」
へにゃり、と小春の膝から力が抜け、彼女はその場にぺたりと座り込んでしまった。
完全に骨抜きである。シロの恐るべきもふもふ力(物理)と、圧倒的な癒やしオーラをゼロ距離で浴びたのだから無理もない。
『ゴロゴロ、ゴロゴロ……』
シロも満更ではないらしく、小春の膝に顎を乗せて気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「あー……大丈夫か、小春ちゃん。遅刻しない?」
俺が苦笑交じりに声をかけると、小春はハッと我に返ったように時計を見た。
「やばっ! もうこんな時間! 行かなきゃ!」
慌てて立ち上がり、制服のスカートについた土を払う小春。しかし、その視線は完全にシロに釘付けのままだ。後ろ髪を引かれる、という言葉がこれほど似合う状況もないだろう。
自転車に跨った小春は、一度ペダルを踏みかけてから、バッとこちらを振り返った。
「あのっ!」
「ん?」
「私、今日の放課後も、絶対ここに来ます! 肉じゃがのタッパー回収するついでに、その、シロちゃんを撫でに……ダメ、ですか!?」
必死な形相で懇願してくる小春。その顔は、まるで推しのライブチケットの抽選結果を待つファンのように切実だった。
俺は思わず吹き出しそうになるのを堪え、優しく頷いた。
「もちろん。いつでも遊びにおいで。シロも喜ぶと思うから」
『ニャァ!』
シロもタイミングよく、小春に向かって短く鳴いてみせる。
「やったぁぁっ!! ありがとうございます! 私、今日一日学校頑張れます! 行ってきまーす!!」
小春は満面の笑みを浮かべ、来た時よりも遥かに軽やかなペダル捌きで、坂道を駆け下りていった。
「……賑やかになりそうだな」
嵐のように去っていった小春の背中を見送りながら、俺は足元のシロの頭を撫でた。
誰もいない静かなスローライフも良いが、あんな風に明るい笑い声が響くのも悪くない。
少なくとも、あのコンクリートの牢獄で死んだ魚のような目をしていた同僚たちと過ごす時間よりは、何千倍も、何万倍も価値のある時間だ。
「よし、シロ。小春ちゃんが肉じゃがをくれたお礼に、俺たちも何かお返しを考えないとな」
『ミャウ?』
小首を傾げるシロを抱き上げながら、俺は穏やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
この時はまだ、小春の思いつきから始まったある行動が、俺たち一人と一匹ののんびりした生活を、世界中を巻き込む大騒動(エンターテインメント)へと変えてしまうことなど、知る由もなかった。
コメント
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うわっ、このシロちゃん、まじで神獣すぎる……!「指が溶ける」って小春ちゃんのリアクション、めっちゃわかるわ。俺も撫でたい。あと、肉じゃが持ってきてくれるご近所さんとか、ブラック企業の廃人からすると夢みたいな光景だよな。最後の「世界中を巻き込む大騒動」の予告も気になるし、続き楽しみにしてる🔥