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そして──
その〝瞬間〟は
まるで時の流れを止めるかのように
静かに訪れた。
桃色の羽を揺らし
優雅に冠羽を広げながら
腕にとまっていた鳥が──喉を鳴らした。
「──主人様の名に従い、お護り致します。
ご安心を」
それは
低く、渋く──響き渡る声。
まるで
深い森の奥で静かに語りかける
老猟師のような
落ち着き払った厚みのある声色。
余裕と誠実さ
そして〝守護者〟としての威厳を
その一語一句に滲ませながら
まるで誰かの鼓膜を撫でるように滑らかに──
オウムは言葉を発した。
部屋が、凍りついた。
「⋯⋯え?」
時也でさえ
思わずカップを置く手が止まり
目をぱちくりと瞬かせた。
式神が言葉を話すことはある。
けれど──
(こんな声になるとは⋯⋯
思ってませんでした)
沈黙を破ったのは
爆発のような笑いだった。
「ぷ⋯⋯ぶはっはははははっっ!!
なにその声!!
ピンクの羽毛の可愛らしい見た目なのに
そ、その声⋯⋯
く、ふははっ、反則でしょ!!」
アラインが
テーブルに倒れ込む勢いで笑い始めた。
だが──
「──っっっ!?」
その隣で
アビゲイルが文字通り〝息を呑んだ〟
そして次の瞬間──
椅子から跳ね上がり
手を握りしめたまま瞳を潤ませ、叫んだ。
「シ⋯⋯
〝シオン・ヴァルツェリオ〟ですわ⋯⋯!
『鋼翼のグラディオーラ』の⋯⋯!
あの、忠義の従騎士
シオン・ヴァルツェリオと⋯⋯
〝全く同じ声〟ですのっっっ!!」
彼女は震える指を唇に当てながら
胸を抱きしめるようにして呟いた。
「大剣を担いで、王子を護って戦い抜く⋯⋯
冷徹そうに見えて
実は誰よりも仲間思いの⋯⋯
あの、最推しの声が⋯⋯私の目の前でっ!」
「⋯⋯は?」
ぽかんとしたのはソーレンだったが──
それ以上に反応したのは、別の人物だった。
ぴくりと動いた、レイチェルの眉。
その目が、明らかに光を宿した。
「ねぇ、アビゲイルちゃん⋯⋯?」
その声は、妙に低い。
だが、笑っている。
「ちょっと⋯⋯私の部屋に来ない?」
「えっ?」
「いいから!今すぐ!!行こっ!」
ずるりと椅子を引き
レイチェルはアビゲイルの手を引いた。
驚くアビゲイルを引きずるようにして
まるで人攫いのような勢いで
二人は階段を駆け上がっていった。
「──なんだ?アイツら⋯⋯」
「さぁ?
ボクらにはわからないことが起こったのは
確かだね⋯⋯」
アラインがティーカップを持ったまま
肩を震わせていた。
目にはうっすらと涙が滲み
笑いを堪えているのは明らかだった。
「にしても⋯⋯やばい⋯⋯
オウムの声が⋯⋯くくくっ⋯⋯!
ツボに入っちゃ⋯⋯っくくくくっ!!」
そして次の瞬間──
二階から、爆音のような悲鳴が響き渡った。
「きゃああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
リビングにいた全員が、一瞬沈黙する。
静寂の中──
「⋯⋯あの叫びは
行かないほうが良いもの⋯⋯ですか?」
時也が静かに尋ねる。
「「間違いなく、行かなくて良いやつ」」
アラインとソーレンが、揃って即答した。
すると、ふわりと羽を揺らし
件のオウムが再び口を開いた。
「⋯⋯女性の領域に
踏み入れるのは賢明ではありません。
主君の賢察に、感服致します」
その低く、完璧すぎる声音に──
アラインがついに限界を迎えた。
「だ、だめ⋯⋯声⋯⋯その見た目で⋯⋯
その声⋯⋯っ!
腹筋が⋯⋯ぐふっ⋯⋯!!」
テーブルに顔を伏せ
転がりながら笑い始めたアライン。
レイチェルも、ソーレンも
時也でさえも──
それぞれ肩を震わせながら
目を潤ませていた。
誰もが涙を滲ませながら
全く別の意味で感情を揺さぶられていた。
──こうして、この家に
新たなる〝仲間〟が一羽
確かに加わったのだった。
〝護衛式神〟
忠義とギャップと声の破壊力を携えて──
今ここに、降臨す。
⸻
「もう、私たちは同士ね!アビィ!!」
レイチェルの声が
階段の上から弾けるように響く。
その声には喜びと興奮と
〝確信を得た同志〟にしか許されない
圧倒的な親愛が滲んでいた。
「まさか
そっちの界隈も行けるとは⋯⋯っ!」
「えぇ、レイチェルお姉様!!」
二人の声が響くたび
階段の上からはパタパタと
急ぎ足の足音が降りてくる。
扉が開かれると同時に
桃色の羽を揺らす式神のオウムが
くるりと首を傾げてそちらを見やった。
「おやおや
すっかり意気投合して戻ってきたねぇ?」
アラインがまだ涙の余韻を残したまま
テーブルに肘をついて笑いながら言う。
その様子に、ソーレンが胡坐をかいたまま
不穏な気配を感じ取ったが──
遅かった。
「ねぇ、ソーレン!」
レイチェルが背後から抱きつくようにして
彼のたくましい肩へと顔を寄せる。
「今すぐ、アビィの引越し作業しよ!!」
「はぁ!?」
突然の直撃に、ソーレンの声が裏返る。
振り返りきれないまま
彼の顔が徐々に赤く染まっていく。
「ねぇ、お願い!!!」
レイチェルが腕を回し
首にしがみつくようにして揺さぶる。
その甘えぶりに、テーブルの向かいでは──
アラインが口元を覆いながらニヤついていた
「ふふっ」と悪戯な笑みを浮かべ
目だけで「お幸せに♡」と語っている。
その視線が気になって仕方ない
ソーレンの目の端には
時也の呆れたような
しかし微笑ましげな眼差しまで
映り込んでいた。
「だって、オウムくんがいるとはいえ
一刻も早く
一緒に暮らした方が良いでしょ!?」
レイチェルの声音が真剣味を帯びる。
もはや首を絞める勢いで
ソーレンを揺さぶっていた。
「お前な、いくらなんだって──」
「行ってこい」
鋭く、しかし凛とした声が割って入る。
アリアだった。
リビングに漂う空気が一変する。
すべての雑音が消え
彼女の存在が場の中心を支配する。
「⋯⋯アリアさんは
レイチェルさんの言う通りだと
仰ってます⋯⋯」
時也が淡く微笑みながら
心を読むように補足する。
「一刻も早く
目の前に置いた方が安全だろうと⋯⋯」
アリアは何も言わず、ただ静かに頷いた。
「アリアさん!やったーーーー!!」
レイチェルが歓喜の叫びをあげ
ソーレンの首に再びしがみつく。
「アリア様⋯⋯神ですわ⋯⋯っ!
一生、奉仕させていただきますぅー!!!」
アビゲイルは涙を滲ませながら
崇拝の眼差しでアリアを見上げる。
その姿は、まさに神託を受けた信徒。
一方──
ソーレンは膝に手を突き、天を仰いだ。
「⋯⋯俺の意思は無視かよ⋯⋯
荷物運びとか、引っ越しとか⋯⋯
俺の異能は便利屋じゃねぇっての」
誰にも届かない愚痴をこぼしながらも
すでに立ち上がり始めているその背には
観念と優しさが同居していた。
新しい生活の始まりに
誰もが忙しなく動き出す。
リビングの隅では
桃色のオウムが再び
低く、静かに口を開く。
「──主君の命、誠に光栄に存じます。
全力をもって
支援させていただきましょう」
その堂々たる声に
アラインは机を叩いて再び笑い出した。
「く、くっ⋯⋯声が⋯⋯
ああ、だめだっ⋯⋯くふふふふっ⋯⋯!」
こうして、引っ越しという一大行事が
新たなる〝推し活〟と共に
始まろうとしていた。