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次の日。
阿部の修行は、また庭で始まった。
少し離れたところに照。
今日は深澤が、阿部の前に座っている。
「あべちゃん」
「うん」
「昨日、葉っぱ動かした時」
「何考えてた?」
「動いてって」
「それだけ?」
「うん」
深澤は頷く。
「それだね」
「何が?」
「力を動かそうとしすぎ」
阿部が首を傾げる。
深澤は地面に一枚の葉を置いた。
「神力って」
「命令するものじゃないんだよ」
「命令?」
「動け」
「止まれ」
「こうなれ」
「って強く思うと」
「あべちゃんの場合」
「全部、本気で叶えようとする」
阿部が少し目を見開く。
「だから春にしたいって思ったら」
「全部春になった?」
「そう」
深澤が笑う。
「もっと曖昧でいい」
「曖昧?」
「動けじゃなくて」
「ここに来たらいいな、くらい」
「それで動くの?」
「やってみよ」
阿部は葉を見る。
来て。
ではない。
来たらいいな。
それくらい軽く思う。
指先に、ほんの少し緑色の光。
葉がふわりと浮き。
ゆっくり掌へ落ちた。
「……できた」
「でしょ?」
阿部も嬉しくなって笑う。
「ふっか」
「今の分かりやすい」
「でしょ?」
深澤が得意そうに胸を張る。
少し離れた縁側。
目黒がじっと見ていた。
紺色。
少し濃い。
不満。
阿部が見ると。
目黒はすぐ視線を逸らした。
「次」
深澤が葉を三枚並べる。
「今度は三枚」
「一枚ずつ?」
「全部一緒」
「同じ高さ、同じ速さ」
「難しくない?」
「難しいよ」
阿部は笑いながら目を閉じる。
三枚。
強く願わない。
ふわり。
全部浮いた。
「わ」
高さもほとんど同じ。
「そのまま」
深澤が言う。
「力を一本にしない」
「三つに分ける」
「三つ?」
「細い糸、三本」
阿部はイメージする。
緑色の細い糸。
それぞれの葉へ繋がる。
「……」
急に。
分かった。
「ふっか」
「これ、分かる」
「でしょ?」
三枚の葉が。
ゆっくり円を描く。
右。
左。
上。
下。
「すごい!」
阿部が笑う。
「あべちゃん、飲み込み早い」
「本当?」
「うん」
「俺、教えるの上手いから」
照が少し離れたところから言う。
「そこは否定しない」
深澤が嬉しそうにする。
「照が褒めた」
「事実言っただけ」
翔太も笑った。
阿部はまた目黒を見る。
紺色。
さっきより濃い。
「……めめ?」
「何?」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「嘘」
「なんで?」
「見えるから」
目黒が黙る。
深澤がにやっとした。
「嫉妬じゃない?」
「違う」
紺色がさらに濃くなる。
阿部が吹き出す。
「ふふっ」
「めめ、分かりやすいよ」
「だって」
「何?」
「ふっかさん」
「ずっとあべちゃんに触ってる」
「教えてるから」
「近い」
「教えてるから」
「笑わせてる」
「それは知らない」
阿部はまた笑う。
「嫉妬してるじゃん」
目黒は少し黙り。
「……してる」
「すぐ認めるね」
「だって嫌だから」
紺色。
不満。
でも、その奥には寂しさ。
阿部には少し分かる。
「俺が教えたかった」
目黒が小さく言う。
深澤がすぐ返す。
「お前教えられないだろ」
「ふっかさん」
「何?」
「嫌い」
「子どもか」
翔太が大笑いする。
阿部も笑いながら。
少しだけ胸が痛んだ。
寂しそう。
そう思った。
少し前なら面倒だと思ったかもしれない。
今は違う。
かわいい。
めめが。
自分のことで嫉妬しているのが。
少し嬉しい。
そのことに気付いてしまった。
「あべちゃん」
深澤が呼ぶ。
「次やる?」
「うん」
でも。
目黒が気になる。
何度も見てしまう。
「集中」
深澤が笑う。
「見すぎ」
「見てない」
「見てる」
阿部は少し顔を赤くした。
深澤が葉を十枚並べる。
「じゃあ十枚」
「全部違う高さ」
「急に増えすぎじゃない?」
「できるできる」
阿部は深呼吸する。
細い糸。
十本。
全部浮く。
高さも違う。
「……できた」
深澤も少し驚く。
「早」
照が立ち上がった。
「阿部、そのまま」
今度は石を十個並べる。
「葉を浮かせたまま」
「石を神力で包んで」
「同時?」
「同時」
阿部は少し不安になる。
深澤が横で言う。
「糸増やすだけ」
その一言が。
すとんと落ちた。
葉に十本。
石に十本。
強くしない。
ただ触れる。
緑色の光が静かに広がる。
葉は浮いたまま。
石も割れない。
全部、淡く光っている。
「……」
みんな驚いていた。
阿部がゆっくり力を消す。
葉が落ち。
石はそのまま。
「できた」
阿部が笑う。
深澤がすぐ肩を抱いた。
「すごい!」
「あべちゃん、完全にコツ掴んだ!」
「本当?」
「本当!」
その瞬間。
紺色が一気に濃くなる。
阿部が止まる。
目黒が立っていた。
ものすごく不満そう。
「あ」
翔太が笑う。
「めめ、限界だ」
目黒は庭まで来ると。
深澤の腕を阿部の肩から外した。
「ちょっと」
「何?」
「近い」
阿部が笑う。
「めめ、修行中だよ」
「終わったでしょ」
「今終わった」
「じゃあいい」
何がいいのか分からない。
目黒は阿部の隣にぴったり立った。
「ほんと面倒」
深澤が呆れる。
「ふっかさんに言われたくない」
「俺何もしてないじゃん」
「いっぱいしてる」
「何を?」
「教えてる」
「それが仕事だよ!」
阿部は声を出して笑った。
目黒が阿部を見る。
その瞬間。
紺色が少し柔らかくなる。
やっぱり。
自分が笑うと嬉しい。
「めめ」
「何?」
「褒めてくれるんじゃなかった?」
目黒の顔が変わる。
「褒める」
すぐに。
「すごかった」
「葉っぱも石も」
「全部できてた」
「あべちゃん、本当にすごい」
阿部が少し笑う。
「ありがとう」
紺色がふわっと広がった。
その色を見ると。
自分まで嬉しくなる。
「……」
阿部の胸がまた鳴る。
目黒が笑うと。
胸が変な感じになる。
手を繋ぐと離したくない。
いないと探す。
嫉妬されると少し嬉しい。
傷付くのが嫌で。
身体が勝手に守った。
今は。
嫉妬している目黒を見て。
かわいいと思った。
そして。
自分を見ていてほしい。
「……あ」
小さく声が出た。
「どうしたの?」
阿部は目黒を見る。
自分を見る時だけ。
一番柔らかくなる紺色。
その色が。
ずっと好きだった。
「……」
顔が少しずつ熱くなる。
「何?」
目黒が近付く。
阿部は一歩下がる。
「何でもない」
「顔赤い」
「暑い」
「春だけど」
「春でも暑い日はある」
翔太と深澤が。
何か気付いたように見ている。
目黒だけ分かっていない。
「あべちゃん」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫」
また。
心配そうな紺色。
その瞬間。
もう誤魔化せなくなった。
好き。
多分ではない。
自分は目黒のことが好きなんだ。
気付いたら。
今までの全部が繋がった。
一緒にいると楽しい。
目黒が嬉しいと自分も嬉しい。
寂しそうだと気になる。
自分以外を見ていたら。
嫌かもしれない。
ずっと自分を見ていてほしい。
阿部は顔を手で覆った。
「どうしたの?」
「あべちゃん?」
「めめ」
「何?」
「ちょっと黙ってて」
「なんで?」
「今、色々分かったから」
「何が?」
「聞かないで」
「教えて」
「今は嫌」
目黒がぴたりと黙る。
その素直さに。
阿部はまた笑ってしまった。
「ふふっ」
紺色が明るくなる。
それを見るだけで胸が温かい。
少し離れたところで。
深澤が翔太に小さく言う。
「気付いたね」
「うん」
「早かった?」
翔太は二人を見る。
「結構、時間かかった方じゃない?」
阿部には聞こえていなかった。
ただ目黒を見ていた。
好き。
その言葉はまだ本人には言えない。
でも。
もう自分には嘘をつけなかった。
人間のことを何も知らなくて。
質問ばかりで。
不器用で。
嫉妬深くて。
自分を見ると。
すぐ神力が柔らかくなる。
そんな神様が好き。
阿部は小さく息を吐いた。
その指先。
本人にも見えないほど細く。
緑と紺の間に。
赤い光が滲んでいた。
その夜。
阿部はいつものように深澤と温泉に入っていた。
湯気。
月。
遠くには小さな妖怪たち。
でも。
今日の阿部は妙に静かだった。
「あべちゃん」
「何?」
「今日さ」
「めめと何かあった?」
阿部の肩がぴくっと動く。
「何もないよ」
「ふーん」
「何その返事」
深澤は湯船の縁へ身体を預ける。
「じゃあなんで今日」
「めめのことばっかり見てたの?」
阿部が固まる。
「見てない」
「見てた」
「修行中、十回以上」
「数えてたの?」
「暇だったから」
「……ふっか」
深澤は楽しそうに笑う。
少し沈黙。
阿部は湯の中。
自分の指を見る。
好き。
その言葉が頭から離れない。
「あべちゃん」
「うん」
「めめのこと」
「好きになったでしょ」
その瞬間。
ぼこっ。
温泉の横。
岩の隙間から小さな芽。
一本。
二本。
一気に伸びて。
花が咲いた。
白。
桃。
黄色。
次々に。
「……」
阿部が固まる。
深澤は花と阿部を交互に見る。
「あ」
「違う!」
阿部が否定した瞬間。
さらに花が。
ぶわっと咲いた。
温泉の周りが一面花畑になる。
深澤が吹き出す。
「説得力ない!」
「違うって!」
「じゃあこれ何?」
「知らない!」
「神力」
「勝手に出てる!」
「だから感情に反応してるんでしょ」
「ふっか!」
深澤は完全に面白がっていた。
でも少しして。
声を柔らかくする。
「あべちゃん」
「……何」
「本当に違う?」
阿部は黙る。
深澤も急かさなかった。
湯の音だけが聞こえる。
やがて。
阿部はゆっくり口を開く。
「……分かんない」
「うん」
「最初は怖かった」
「何考えてるか全然分かんなかったし」
「犬食べさせようとするし」
「凍死しかけたし」
深澤が少し笑う。
「それは本当に酷い」
「でしょ?」
阿部も少し笑った。
「でも」
「頑張って人間のこと覚えて」
「俺が嫌って言ったことはやめて」
「俺が笑ったら嬉しそうで」
「俺が怖いと、めめも苦しそうで」
目を伏せる。
「いないと探すようになって」
「手繋ぐのも嫌じゃなくなって」
「今日」
「めめが攻撃されそうになったら」
「身体が勝手に動いて」
「守ったね」
「……うん」
声が小さくなる。
「怪我してなくて」
「本当に安心した」
花がゆっくり揺れている。
深澤が聞く。
「じゃあ今」
「めめのこと考えると?」
阿部は黙る。
嬉しそうに笑う顔。
嫉妬して拗ねる顔。
心配している時の濃い紺色。
自分を見る時だけ柔らかくなる神力。
胸が温かくなる。
「……会いたい」
深澤が目を細める。
阿部自身も驚いた。
「さっきまで会ってたのに?」
「……うん」
「もう会いたい?」
困ったように笑う。
「うん」
深澤がにやっとする。
「それ、何だと思う?」
もう答えは分かっていた。
「……多分」
「うん」
阿部は顔を赤くしたまま。
小さく言った。
「好き」
その瞬間。
温泉の周りの花が。
一斉に開いた。
「うわ」
深澤が目を丸くする。
阿部は顔を隠した。
「最悪」
「なんで?」
「隠せない」
「神様になると、もっと隠せなくなるかもよ」
「嫌だ」
「めめには?」
「絶対言わない」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「めめ喜ぶよ」
「分かってる」
「じゃあ」
「今は無理」
深澤は少し笑う。
「そっか」
それ以上は何も言わなかった。
温泉から戻り。
阿部はいつものように目黒の部屋へ向かった。
襖の前。
少し緊張する。
何度も入った部屋。
なのに今日は違う。
好き。
そう自覚してしまった。
一度深呼吸して。
襖を開ける。
「あべちゃん」
目黒がいた。
それだけで胸が跳ねる。
「……何」
「今日遅かった」
「ふっかと話してた」
紺色が一瞬濃くなる。
阿部が笑う。
「また嫉妬?」
「少し」
「少しなんだ」
「結構」
「正直だね」
目黒が近付く。
いつものように手を差し出す。
「まだ」
「ふっかさんの力残ってる」
阿部はその手を見る。
前なら普通に取れた。
今は妙に意識する。
「……あべちゃん?」
「何でもない」
そっと手を取る。
その瞬間。
赤。
「……え」
今まで一瞬だけだった光。
今日は消えない。
阿部の左手。
薬指から。
細い赤い光が。
目黒の薬指へ伸びている。
「めめ」
「何?」
「見て」
目黒も手を見る。
そして固まる。
「これ」
阿部が小さく言う。
「縁……?」
目黒の紺色が一気に明るくなる。
「縁?」
「多分」
ものすごく嬉しそうな顔。
「あべちゃん」
「待って」
でも遅い。
目黒は繋いだ手を両手で包む。
「縁できた?」
「翔太呼ぼう」
「できた?」
「分かんない!」
阿部の顔は真っ赤だった。
少しして。
翔太。
涼太。
深澤。
照。
全員が集まった。
翔太が二人の手を見る。
「……あー」
「何?」
阿部が緊張する。
翔太は少し笑った。
「まだ完全には結ばれてない」
目黒の顔が少し沈む。
阿部も。
なぜか少し残念だった。
「でも」
翔太が続ける。
「前とは全然違う」
「どういうこと?」
「これは」
赤い光へ指を近付ける。
「縁の芽」
「芽?」
「前は一瞬見えるくらいだった」
「でも今は」
「ちゃんと二人を繋いでる」
阿部は赤い光を見る。
「じゃあ、もう縁なの?」
「完成はしてない」
「二人とも」
「まだ自分の意思で選んでないから」
「選ぶ?」
翔太は少し優しい顔になる。
「好きだからそばにいたい」
「誰かに言われたからじゃなくて」
「村のためでも」
「神様になるためでもなくて」
「自分で」
「この人といるって選ぶ」
阿部の胸が跳ねる。
目黒は赤い光を見つめたまま言う。
「俺」
「あべちゃんと」
「ずっといたい」
阿部が息を止める。
翔太がすぐ目黒を見る。
「それ」
「あべちゃんに言うのはまだ待ちな」
「なんで?」
「本人が今、死にそうだから」
「翔太!」
阿部が真っ赤になる。
深澤が吹き出し。
涼太も笑った。
目黒だけ分かっていない。
「あべちゃん」
「なんで顔赤いの?」
「聞かないで」
「暑い?」
「違う」
「具合悪い?」
「違うって!」
阿部は目を逸らす。
でも。
繋いだ手は離さなかった。
赤い光も消えない。
さっき温泉で。
初めて口にした。
好き。
まだ本人には伝えていない。
でも。
神力はもう隠してくれなかった。
二人の間。
細い赤い光。
それは。
恋がただの気持ちではなく。
縁へ変わり始めた証だった。
みら

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コメント
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第12話、読み終わりました! 神力のコツを掴んでいく修行のシーン、すごく好きです。「もっと曖昧でいい」「糸を増やすだけ」って教え方が、力の本質を捉えていて、なるほどなって思いました。目黒の嫉妬(めちゃくちゃ可愛い)から、最後の温泉での自己開示まで、阿部の心情の変化が花の神力と見事にシンクロしてて鳥肌立ちました。赤い光が「縁の芽」として現れるところ、もう胸がぎゅっとなりました…。この先が気になります!