テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それから。
阿部と目黒の間には。
時々。
赤い光が見えるようになった。
いつもではない。
手を繋いだ時。
目黒が阿部の名前を呼んだ時。
阿部が目黒を見て。
少し嬉しいと思った時。
そんなふとした瞬間。
左手の薬指から。
細い赤い光が。
二人を繋ぐように伸びる。
そして、しばらくすると消える。
最初は驚いていた阿部も。
何度か見るうちに。
少しずつ慣れてきた。
「あべちゃん」
「何?」
朝。
目黒が阿部の手を取る。
「どうしたの?」
「確認」
「何の?」
目黒が二人の手を見る。
「あ」
赤。
今日も細い光。
「ある」
ものすごく嬉しそうに笑う。
阿部の顔が少し熱くなる。
「いちいち確認しなくていいでしょ」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「でも、今日もある」
「あるね」
「嬉しい」
紺色の神力まで柔らかくなる。
阿部にはそれも見える。
「……めめ」
「何?」
「そんな嬉しそうにしないで」
「なんで?」
「こっちが困るから」
目黒が不思議そうにする。
「縁、嫌?」
阿部はすぐ顔を上げた。
「嫌じゃない」
思ったより早く返事が出た。
自分でも少し驚く。
「……嫌じゃないよ」
今度はゆっくり言う。
目黒がまた笑う。
赤い光も少し濃くなった。
「ほら」
「何?」
「濃くなった」
「言わなくていい」
阿部が手を引こうとすると。
目黒が少し握る。
「まだ」
「何?」
「もうちょっと見てたい」
また胸が鳴る。
好きだと自覚してから。
目黒の言葉が全部違って聞こえる。
「……勝手にして」
阿部は小さく答えた。
でも。
手は離さなかった。
昼。
阿部は庭で神力の練習。
深澤が向かい。
照が少し離れて見守る。
目黒はもちろん縁側にいた。
「あべちゃん」
深澤が言う。
「今日は花を一輪だけ咲かせてみよ」
「一輪?」
「春全部じゃなくて、一輪」
「難しそう」
「だからやるの」
阿部は小さな蕾を見る。
緑の神力。
細く。
少しだけ。
開いて。
ではなく。
咲いたらいいな。
そのくらい。
蕾がゆっくり開く。
白い花。
一輪。
「できた」
阿部が嬉しそうに笑う。
その瞬間。
縁側の目黒の紺色が明るくなる。
つい目黒を見る。
目が合う。
目黒も嬉しそうに笑った。
胸が跳ねる。
同時に。
左手の薬指。
赤。
阿部がぴたりと止まる。
深澤がすぐ気付いた。
「あ」
阿部は慌てて手を隠す。
「何もない」
「まだ何も言ってないけど」
「ふっか」
「顔赤いよ」
「暑いだけ」
照が少し笑っている。
目黒は縁側から立ち上がった。
「あべちゃん」
「何」
近付いて。
阿部の左手を見る。
「またある?」
「見なくていい」
「見たい」
阿部が手を後ろへ隠す。
「なんで隠すの?」
「恥ずかしいから」
「俺は嬉しい」
「それは知ってる」
紺色。
嬉しい。
期待。
少し寂しい。
阿部には全部見えてしまう。
ため息をついて。
ゆっくり手を出した。
「はい」
目黒がすぐ取る。
赤。
今度は少しはっきり見えた。
「ある」
「知ってる」
「今日二回目」
「数えてるの?」
「うん」
「やめてよ」
深澤が横から言う。
「でも」
「消えたら寂しいでしょ」
阿部が黙る。
図星だった。
目黒がすぐ聞く。
「消えたら寂しい?」
答えたくない。
でも。
赤い光がなくなることを想像する。
それは嫌だった。
「……ちょっと」
目黒の目が大きくなる。
「ちょっとだからね」
「うん」
「本当に少しだけ」
「うん」
紺色も。
赤い光も。
嬉しそうに濃くなる。
阿部は目を細めた。
「全然少しじゃないじゃん」
「何が?」
「嬉しそう」
「嬉しいから」
もう何も言えなかった。
夜。
阿部はいつものように目黒の部屋にいた。
並んで座って。
話す。
黙る。
外を見る。
それだけ。
でも。
その時間が好きだった。
今は。
目黒の横顔まで気になる。
長い睫毛。
整った横顔。
阿部は何となく見てしまう。
目黒が突然振り返った。
「何?」
「何でもない」
「見てた」
「見てない」
「見てたよ」
「めめも俺のことよく見てるじゃん」
目黒はすぐ頷く。
「うん」
阿部が言葉に詰まる。
「……なんで?」
「好きだから」
心臓が大きく跳ねた。
今までも何度も聞いた。
好き。
かわいい。
一緒にいたい。
でも。
自分も目黒を好きだと知った今は。
全部胸の奥へ入ってくる。
「あべちゃん?」
「何でもない」
顔を逸らす。
でも。
左手。
赤。
また光った。
目黒がすぐ気付く。
「今日三回目」
「数えるなって言ったでしょ」
阿部が笑いながら手を隠そうとする。
でも。
目黒が先に取った。
赤い光。
指と指の間で細く揺れる。
「綺麗」
阿部も見る。
本当に綺麗だった。
まだ恥ずかしい。
でも。
今日もある。
そう思うと安心する。
まだ完成していなくても。
ちゃんと繋がっている。
それが嬉しい。
阿部は少しだけ指を動かし。
目黒の手へ絡めた。
目黒が驚く。
「あべちゃん」
「何?」
「今、自分から手繋いだ?」
阿部の顔が一気に赤くなる。
「言わないで」
目黒の紺色が今までで一番明るくなる。
赤い光も濃くなった。
阿部はそれを見て笑う。
「めめ」
「何?」
少し恥ずかしくて。
言葉を止める。
でも。
「今日もちゃんとあるね」
目黒の目が柔らかくなる。
「うん」
「明日も?」
「あるといい」
胸が温かくなる。
「……俺も」
「何?」
阿部は赤い光を見たまま言う。
「明日も」
「あるといいなって」
目黒は黙った。
その代わり。
繋いだ手が少し強くなる。
細い。
まだ未完成の赤い光。
でも。
昨日より今日。
今日より明日。
少しずつ育っていく。
阿部はもう。
それが怖くなかった。
次の日。
目黒は一人で縁側に座っていた。
庭には春。
阿部が自分の力で変えた季節。
桜。
若葉。
柔らかい風。
でも。
目黒が考えているのは。
昨日の赤い光。
『今日もちゃんとあるね』
『明日もあるといいな』
阿部の言葉だった。
「めめ」
後ろから翔太の声。
「何してんの?」
「考えてる」
「珍しい」
「失礼」
翔太が隣へ座る。
少し沈黙。
「縁のこと?」
「……うん」
「嬉しい?」
「嬉しい」
即答。
翔太が笑う。
「だろうね」
目黒は左手を見る。
今は何もない。
阿部と繋がないと。
まだほとんど現れない。
「翔太くん」
「何?」
「縁って」
「好きだったらできるの?」
翔太が少し考える。
「好きなだけじゃ足りないかな」
「なんで?」
「好きにも色々あるから」
「食べ物が好き」
「景色が好き」
「一緒にいるのが楽しい」
「かわいい」
翔太が目黒を見る。
「全部、好きでしょ」
「うん」
「でも」
少し声を落とす。
「誰かとずっと一緒にいたいっていう好きは」
「また別」
目黒が黙る。
「めめ」
「あべちゃんのこと好き?」
「好き」
「かわいい?」
「かわいい」
「一緒にいたい?」
「いたい」
「誰かに取られたら?」
「嫌」
「いなくなったら?」
目黒が止まった。
翔太は何も言わず待つ。
いなくなる。
阿部が。
自分の隣から。
想像したくなかった。
「……嫌だ」
「何が?」
「いなくなるの」
声が強くなる。
「嫌」
翔太が静かに続ける。
「例えば」
「あべちゃんが神様にならないって言ったら?」
目黒の顔が強張る。
「人間のまま生きたいって」
「言ったら」
「……」
「人間ならいつか歳を取る」
「めめより先にいなくなる」
その瞬間。
紺色の神力が大きく揺れた。
目黒は何も言えない。
阿部が笑わなくなる。
自分を呼ばなくなる。
手を繋げなくなる。
「あべちゃん」
その声を二度と聞けなくなる。
「……嫌だ」
今度ははっきり言った。
「絶対嫌」
「俺より先にいなくなるの嫌」
声が少し震える。
「ずっといてほしい」
「俺の隣に」
「ずっと」
紺色。
重く。
苦しく。
怖い色。
目黒は胸へ手を置く。
「これ、何?」
「苦しい?」
「うん」
「怖い?」
「うん」
「寂しい?」
少し考える。
「……多分」
翔太が小さく笑う。
「じゃあ、好きなんじゃない?」
目黒が顔を上げる。
「だから前から好きだよ」
「そうじゃなくて」
翔太が笑う。
「恋」
「恋?」
「うん」
「前にずっと」
「好きって何って聞いてたでしょ」
目黒は思い出す。
阿部にも聞いた。
好きって何。
どうなったら分かる。
「今」
翔太が目黒を見る。
「分かったんじゃない?」
目黒は黙る。
阿部が笑うと嬉しい。
泣くと嫌。
怖がると苦しい。
他の神の気配が付くと嫌。
誰かに取られるのも嫌。
自分を見ていてほしい。
そばにいてほしい。
ずっと。
「……あべちゃんのこと」
「恋してる?」
翔太が笑う。
「俺に聞かないで」
「自分で考えて」
その時。
遠くから声。
「めめ!」
目黒が反射的に顔を上げる。
阿部が歩いてくる。
紺色の神力が一瞬で変わった。
柔らかく。
明るい。
嬉しい色。
翔太が吹き出す。
「分かりやす」
「何?」
でも。
目黒の視線はすぐ阿部へ戻る。
「あべちゃん」
阿部が目の前まで来る。
「探した」
「なんで?」
「いなかったから」
胸がまた大きく動く。
「俺のこと?」
「うん」
阿部が少し笑う。
「何、その顔」
目黒は阿部を見る。
好き。
今まで何度も言った言葉。
でも。
今は意味が分かる。
かわいいからでも。
珍しいからでも。
人間だからでもない。
阿部だから。
いなくなったら嫌。
誰かに取られたら嫌。
ずっとそばにいてほしい。
笑っていてほしい。
自分の隣で。
「……あべちゃん」
「何?」
好き。
そう言いかける。
でも。
いつものように簡単には言えなかった。
意味を知らなかった時は。
何度でも言えたのに。
意味を知った途端。
怖くなる。
「どうしたの?」
阿部が笑う。
目黒はその顔を見つめる。
「……何でもない」
「変なの」
阿部が隣へ座る。
肩が触れそうな距離。
目黒は少しだけ緊張した。
翔太が立ち上がる。
「じゃ、俺行くね」
阿部に見えないよう。
目黒へ小さく笑う。
頑張れ。
そんな顔。
二人きりになる。
「めめ」
「何?」
「今日変だよ」
「そう?」
「うん」
目黒は少し迷い。
阿部の手を見る。
「手」
「ん?」
「繋いでいい?」
阿部が少し驚く。
今までは。
勝手に取っていた。
今日は聞く。
阿部は柔らかく笑った。
「いいよ」
目黒がそっと手を取る。
赤。
薬指。
細い光が現れる。
昨日より少し濃い。
「あ」
阿部が笑う。
「今日もある」
目黒は赤い光を見て。
そして阿部を見る。
胸の奥。
温かい。
大事。
失いたくない。
ずっとそばにいたい。
今なら分かる。
「……あべちゃん」
「何?」
目黒が少しだけ笑う。
「俺」
「好きの意味」
「分かったかも」
阿部の笑顔が止まる。
赤い光が。
ほんの少し強くなった。
「……そっか」
小さく答える。
それ以上。
阿部も聞けなかった。
目黒も言えなかった。
でも。
繋いだ手は。
二人とも離さなかった。
桜の花びらが風に乗る。
二人の間。
細い赤い光。
まだ完成していない。
それでも。
今までより確かに強く。
二人を繋いでいた。
コメント
4件

お疲れ様です。 一気に読みました。 初々しい2人の距離 言いたいけどその一言が まだ言えない。 🖤は人間について感情について勉強中 💚は神について部屋中 一筋縄では行かない 心温まります 癒されます♪ 続き待ってます♪
ドタバタしてるけど心が暖かくなって恋に落ちるってこんな感じだったかな?って遠い日の自身の記憶を想い出してた(*^_^*)
みら

15,969