テラーノベル
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割れた皿を片付け、真理子の機嫌を取り、昼食の準備をする。
怒涛のような朝のバタバタが一巡し、真理子がリビングのソファでうたた寝を始めた頃、柊吾はようやく息を吐いた。
ローテーブルの上に置かれた、あのホチキス留めの資料を引き寄せる。
瑞樹が残していった『要介護認定申請の手引き』だ。
丁寧に手書きされた文字で、必要な手続きの流れや連絡先、そして用語の解説が簡潔にまとめられている。専門用語には噛み砕いた注釈が添えられていて、知識ゼロの自分にもすんなりと頭に入ってきた。
(すごい……すごく、読みやすい……)
ページをめくりながら、指先がふっと止まる。
「ショートステイとか……デイサービス、か……。考えたことも無かったな」
自分が二十四時間ずっと張り付いて見守るしかないと思い込んでいた。
誰かに頼るなんて発想すら、端から頭になかったのだ。
(……頼ったって、誰も助けてくれない)
ふと、胸の奥に冷たい澱のように溜まっている記憶が蘇る。
四年前、母がアルツハイマーだと診断されたあの直後。
一番支えてほしかった父親は、母がボケたと知った途端、女を作ってさっさと家を逃げ出した。
残された自分と母を見捨てて消えた父親の代わりに、藁にもすがる思いで頼ろうとした親族には、冷たく追い返された。
血の繋がった身内すら、病気になった母さんと自分を捨てて逃げたのだ。他人に頼るなんて、できるわけがなかった。
「……はぁ。あーぁ……嫌なこと、思い出しちゃったな」
目尻に滲んできた熱いものを、スウェットの袖で乱暴に擦る。軽く溜め息を吐きながら、もう一度手元の資料に目を落とした。
(……あの人は、やっぱり他人の空似だ。そうじゃなきゃおかしい)
身内すら逃げ出した自分たちのために、こんなに分かりやすい資料をわざわざ作って届けてくれる親切な隣人。
あのAVに出演している淫らで色っぽい男と、この眼鏡の優しい介護士が同一人物なんて、どうしても結びつかない。
(もしかしたら……一卵性の双子なのかな。うん、そうに違いない。今度、兄弟がいるのか聞いてみようか……?)
次の瞬間、柊吾はハッとなって激しく頭を振った。
(いや待て待て待て!! 聞いてどうするんだよ!? 『あなたの双子の兄弟をオカズにしてます』って言いたいのか!? あり得ないだろ、バカか僕は!!)
あまりに不審者すぎるセルフ開示に気づき、一人で頭を抱えてその場に突っ伏した。
「……柊吾? 頭でも痛いの?」
「っ!? な、なんでもないよ母さん!!」
いつの間にか目を覚ましていた真理子が、ソファから不思議そうに柊吾を覗き込んでいた。顔を真っ赤にしながら慌てて取り繕う柊吾を、真理子は「変な子ねぇ」と言いたげな、妙に生温かい目で見つめている。
母の視線から逃げるように、柊吾は資料をぎゅっと抱えて自室へと引っ込んだ。時計の針は、いつの間にか夕方の気配を帯び始めていた。
コメント
1件
あー、柊吾の「助けてくれなかった過去」の部分、胸に刺さったわ……。父親に逃げられて親族にも冷たくされて、もう誰も頼れないって思い込んじゃってるのが切なすぎる。でも瑞樹が残した手書きの資料、めっちゃ丁寧で優しさが伝わってきて、少しだけ希望っぽいものも感じた。そして最後の「双子の兄弟をオカズにしてますって言いたいのか!?」の自問自答、笑ったわ。重い空気の中に柊吾の可愛いツッコミが入るバランス、好きだな🔥
そあふぃー
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