コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
師兄
彼がいかなるに醜ゐ罰を背負ひきとすれども、私の英雄なるをは変わりなし。希望与へきとすれども美しき花はやがて枯れてしまふ。花には高価があり。綺麗なる物程き物。美しき物は期待出来る物なりと人々は感ず。でもそれは人が決めた事で実情、同等なる価値に過ぎず
彼は少し過ちしのみなり。次は上手くやれむ。もう人を失わずに済むやうに。彼の師兄が心を込めてご奉仕仕りはべらむ
「師兄」
お前が明日も明後日も私を必要としてくれるならば其で良かりき。お前に師兄と呼ばるる度に何度も私の居場所は此処なりと感ずる事が出来き。徒弟は贈り物を良かりす。何度も私に花を捧げた。欲しとは言ひたらず。好きとも言ひたらず。ただ徒弟がくるる贈り物は全て嬉しかりき。要らないなんて思ひし事は一度もなかりきと言へむ
「師兄は花、好きですか?」
「嫌いではない」
私がさる冷たき風に返せども徒弟の笑顔は絶えざりき。私が居る内に徒弟の笑顔を何度見し事か両手じゃ数へきれぬ程の物なりき。徒弟には感情が二つしかなし
喜怒哀楽のごとき感情はなし。徒弟には喜楽といふ言葉が似合はむ
声を声を荒立つる事はなかりき。私には徒弟が心配なりき。何時迄も私の傍に居た。居なき日なんてなかったぐらいに私の傍に居た。
「師兄、師兄」
「私は此処に居る。」
「師兄、ずっと一緒です」
「……仰せのままに」
徒弟の気持ちを考えずに確実にとは言へぬ約束をしにき。徒弟の事だ、きっと忘る。忘れて徒弟の口より師兄といふ言葉を聞く事は無くならむ。寂しいやら悲しいやらほんの少し複雑なりき。私はお前を忘れざるが、お前は私を忘れてくれよ。お前に希望を与えさせたくなきなり。美しき花は枯れずにずっと咲ゐたらまほしと願ひたりき。水を与ふる人が居なからば枯れてしまうなんて考えたくもなかりき。徒弟が一人で生きていくと勝手に思ひたりき。何れも此も全て私の願望なりき
※師兄… 学問、芸能などで、師とも兄とも仰ぎ尊敬し仕える人
※徒弟… 弟子特に、商工業見習ひのために親方のもとで労務に従事する少年
「師兄、ふつつかものにはべるがこれより御世話になります。汪渕と申します」
母上が強制的に入れし教室。綺麗とは言えないおんぼろなる小屋なれど其処に居るのはみなが恐るる程の毒舌剣豪。正直やりていく自信はなし。辞めることはいくらでも出来るが、僕は其を望まなからむ
「君の名を呼ばず。」
ハッキリそう応える様に驚きて「え」と応えてしまひき。キリッとせし顔で睨んでは「呼ぶとでも」と応えた。此処まで毒舌剣豪なりとは思はざりき
(顔はいと綺麗なるを勿体無き…)
といみじく感じき。そう、容姿は誰もが美人と求めるだろうというぐらいに美しき人なり。綺麗なる髪色に白の漢服が似合ふ人なり。おっとりとせしやうに見ゆるが誰もが毒舌と言ひ、しまひには毒舌剣豪と呼ばれるやうになりき。何故こう呼ぶや、其は名前を知らざれば名付くしか無かりしなり。
(誰もが知らなしってなるなり。一人ぐらゐ知るらむ……)
と思へど、げに誰も知らないのごとし
「師兄、貴方の名前は……」
言ひ切る前に口止めされき。さるに自分の名前を言ふが嫌なるやと実感しき。睨むが何処か目の奥が揺らぐやうに感じき
(言わなきならざりて…言へぬ理由があり?)
いとど師兄が気になりて仕方がなかりき。師兄は確かに毒舌剣豪なり。なるが、僕達とは変はらぬ人間なり。きっと仲良くなる。師兄の事をなほゆかしと感じき
「師兄のタイミングで教へたまへ」
「……今、聞かざるや」
「…教えてくれるならば聞きはべり。無理矢理聞くはその…理性に反すれば」
あははと笑ひき。ヘラヘラとせし態度を見するはマイナスなりと師兄より教わってきし人に教へて貰ひき。打たるとか何とか言ひたりき。でもいかでか 師兄は黙り込んでゐき。
(もしかして怒りたり?)
どうしようとあたふたしたりと師兄が口を開きき。
「涛菁涵。私は此の名が嫌ひなり。呼ぶは辞めてくれよ」
正直驚きき。弟子達が何度問ひ掛くれども師兄は名を教へてこざりき。涛菁涵、いと良き名前なりとは思ふが何が気に食はざるならむ。気になれど其は聞きては行けずと思ひ聞かぬ事にしき
「分かりはべりき。其ならば師兄と呼びはべり。」
手を差し伸べると師兄は軽く手を握った。きっと僕ならば上手く出来る。そう信じて生きていかむ。そう心に決めた時なりき
「遥か昔、 毒舌剣豪って寛容師兄の弟子なりきめり」
ある話が飛び回りき。急に流れてきし噂に人々は囚われてゐき
「寛容師兄?」
そう問ひ掛くと人々を口を揃えて「毒舌剣豪よりも優しき人」なりと言ひき
「寛容師兄に育てられたならば寛容師兄みまほく優しくなる筈なり。何故……」
人々は疑問を抱えた。確かに奇し。親子で言ふと、優しき親の元には優しき子が居る。厳しき親の元には厳しき子が居る物なり。人々はいみじく悩まされき
「寛容師兄を汚せしも毒舌剣豪なり」
「寛容師兄が争ひを犯ししも、元はと言はば毒舌剣豪が出来損ないなればならむ」
それはもう、いみじき有り様なりき。言はまほき放題なる此の場所で居続けるは嫌に思へき
「僕に何がありしや教えてくれざるや」
遥か昔ならば僕が産まれてゐぬ頃ならむ、師兄につきてゆかしかりきし寛容師兄とは一体何なるやゆかしかりき。
遥か昔、名は知られておらず寛容師兄と呼ばるる輩が此の町へ下りてきたり。寛容師兄とは心が寛大で、よく人を受けいるる師兄といふ事より名付けられき。寛容師兄が弟子を作りに此の町へ下りてきたりと知りし時人々は誰を差し出すやいみじく悩みきといふ。さる時差し出されしは名も無き輩なりき。寛容師兄は「名が無きは不便ならむ。」と可哀想なる輩に「涛菁涵」と名付けき
涛菁涵は名を貰ひし事にいみじく喜びきと言ふ。涛菁涵と寛容師兄は、夜狩りに行うたり剣の使ひ方を教へたりいと良いひとときを過ごしきと綴られてゐる。涛菁涵は寛容師兄と過ごす度に暖かき物に触れ初めて心を開くる人に出会ひきと言ひき。寛容師兄は涛菁涵を良く思ひたりし筈なりき
寛容師兄の目的は此とは絶えて違ひき。
この先の事をする為に親に承諾が必要なりと寛容師兄は涛菁涵に言ひき。涛菁涵は寛容師兄をいみじく信頼したりし為軽々と両親の居場所を伝へき。その夜、寛容師兄は涛菁涵に連れられ両親の元へと行ひき。
「涛菁涵、君の両親はいかなる人?」
寛容師兄の問ひ掛けに無邪気に応えてゐきと綴られてゐる
「いと優し」
「いと?君は両親が好きかい?」
照れ臭さうにしたる涛菁涵を横目に寛容師兄はいかなる顔をしてゐけむや。寛容師兄は着きて早々「帰りてくるは遅ければ涛菁涵、夜食の準備をしていてくれざるか 」と問ひ掛けたそう。涛菁涵は寛容師兄をおきて、木を刈ったりウサギを捕まえたりしたりし。さる時、家の方より変なる声がしきといふ。此処は森の中なれば獣の声ならむと涛菁涵は気にしないでゐき。帰りてきし寛容師兄を見て涛菁涵はいみじく驚きけり。綺麗なる服が少し汚れてゐき。涛菁涵は問ひ掛くれど「大丈夫なりよ」と寛容師兄は優しく涛菁涵の頭を撫でたりき。
「小屋に戻ろう」
涛菁涵は嫌なる予感がして自分の家へ目を向けようとするがその目を隠すやうに寛容師兄は涛菁涵の前へ立ちて「帰らむ」と言ひけり。震えて歩み出さぬ涛菁涵を見て寛容師兄は手を引っ張りて連れて帰りけり
夜が明けた頃涛菁涵の両親の遺体が発見されき。その朝、寛容師兄は小屋に居なかりきといふ。涛菁涵は寛容師兄を探し求めたが寛容師兄は涛菁涵の前には現れなかりき。涛菁涵の両親は刺殺なりし為、剣を使ふる物が疑われた。そう、その町では未だ剣を上手く使ふる物は居なかりし為、一番に疑われたのは寛容師兄に剣を教わってゐし涛菁涵なりき。殺す理由はなしと今ならば証明できし事なるが、いかでか人々は自分の考えに誤りはなしと主張せし 涛菁涵が両親を刺殺しきと噂が飛び回りたる頃、寛容師兄がふらっと姿を現しき。涛菁涵は早速寛容師兄へ立ち寄った。
「いかでにはべるか、いかでにはべるか師兄」
寛容師兄は何度問ひ掛くれども応えなかりし。その姿を見て人々は「寛容師兄のせいにすな」と声を出したそう。涛菁涵の言ふ事に誰もが反論したる頃、寛容師兄はそっと口を開きき
「何れも此も全て涛菁涵、お前の為なりよ。」
「良かったなる、此で強くなる。」
強くなる為に好きなる物等要らなし。理不尽なる良き癖に涛菁涵はいみじく悲しんだそう
「両親が恋しきならば、お前も地獄へ行かば良し。誰もお前を必要とせず」
ドン底に落とすやうに涛菁涵に棘のごとき事を言ふ寛容師兄。何処が寛容なるや分からぬ程いと醜い
縄で縛られ人々に押さへ付けらるれども涛菁涵は寛容師兄を睨むことを辞めなかりき。
「誰かが幸せになる為には代償が必要なりと言ふにはべるや。」
「……其ならば私を差し上げはべらむ。生くる価値のなき輩が相応しきにはべらむ」
小さなる子供が此処まで声を張り上げし事に人々はいみじく驚きけり
「涛菁涵。最初にお前を殺さば良かりきな」
「お前には生くる価値がなし。」
寛容師兄の発言を聞きて驚く筈なるを人々は洗脳されたかのごとく涛菁涵を殴り痛め付けたりき。さる中でも涛菁涵は声を張る事を辞めなかりき。
「……何ともつたなし。私には生くる価値がなければあらば貴方は生くる価値も無きが 死ぬる価値も無し」
「入れらるる棺桶が可哀想なり……」
顔やら腹やら足やら殴られ腫れてゐき。骨は何度も折られ動くるけしきならざりき
其でも話続ける彼にいみじく虚しく思えたそう
寛容師兄がその後どうなりしや分からず。涛菁涵は不老不死で死ぬる事は出来ざれど何年かは体を動かす事は出来ず、一人孤独に敢ひ続けたそう。涛菁涵の回復力を恐れ人々は少し距離を取るやうに接しき
人々は涛菁涵を許す事が出来ず何度も罰を与ふれど其でも、死ぬる事はなかりき。この事は忘れられてゐれど今になりて誰が言ひ出したのごとし。