TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する







放課後の音楽室。

日が傾き始めた窓辺から、やわらかな光が差し込んでいた。


ピアノの前に座った元貴は、すでに鍵盤に指を置いていた。

今日のテーマは——連弾。




「じゃあこの楽譜、僕が上パート、元貴くんが下パートね」


「はい」




藤澤先生が譜面を開き、軽く音を確かめるように鍵盤をなぞる。


元貴は、こうして隣で先生と一緒に音を鳴らせることに、静かな喜びを感じていた。

ピアノは独学。

コードも、スケールも理解している。

けれど——




「……感情を、音に乗せるのが、難しくて」


「うん。音を“弾く”と、“届ける”は違うからね」


「届ける、かぁ……」


「今日はそれ、少し掴んでみよう」






試しに、一度弾いてみる。


左手のアルペジオは滑らかに進み、右手は旋律を支える。

技術的には、問題はない。

けれど——




「うん、きれいに弾けてる。でも……なんだろう、少しだけ“気持ち”が遅れてる感じがするかも」


「……やっぱり、そうですよね」


「悪いことじゃないんだよ。音を綺麗に弾く意識が強すぎて、感情の波が入る余白がない感じ」


「……余白」


「強く弾く、とか、速く弾く、とかじゃなくて。息を吸うように、“間”を意識してみて」




藤澤先生は優しく言いながら、もう一度同じパートを弾いてみせる。


その旋律は、空気を震わせるように繊細で、途中に置かれる“間”が自然だった。




「……すごい。止まってるように聞こえないのに、ちゃんと止まってる」


「そう。呼吸みたいにね。そこに“自分”を乗せていくんだよ」






再び鍵盤に指を置く。

今度は、先生の呼吸を感じながら。


1音目を押す瞬間、隣の先生の姿勢と指の角度を意識する。

息を合わせて——音が、重なる。


静かに、でもしっかりと絡み合う音。


ふたりで1つの音楽を生み出しているという実感に、元貴の胸が高鳴る。




(この人と一緒に音を重ねられる。それが、嬉しい)






演奏が終わったあと、ピアノの上に手を置いたまま、元貴はつぶやいた。




「……先生の音、あったかいです」


「ありがとう。でも、元貴くんの音も変わってきてるよ。さっきよりずっと素直だった」


「……うれしいです」


「ねえ、元貴くんってさ。音楽に、自分を込められる人なんだよ。もっと自信持っていいと思う」




その言葉に、胸の奥が熱くなった。

誰かに“自分の音”を認めてもらえることが、これほどまでに嬉しいなんて。




「……先生」


「うん?」






「僕……先生のこと、好きです」






——口からこぼれたのは、静かだけど真っ直ぐな気持ちだった。


藤澤先生は、一瞬だけ驚いたような顔をしたあと、少し目を伏せて、そしてやさしく言った。







「…ありがとう。そう言ってもらえるのは、すごくうれしいよ」




「……でも」







「うん……ごめんね。僕は、先生だから。元貴くんのことは、生徒として大事にしたい」








「わかってます。でも、どうしても伝えたくて」





「その気持ちは、大切にして。ありがとうね」






その日、連弾の音は、空気に残ったまましばらく消えなかった。







🍏mga🍏短編集🍏#1

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

6,012

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚