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その日、滉斗はいつもと少し違う元貴の様子に気づいていた。
昼休み、声をかけても、返事はあっても笑顔がなかった。
教室ではノートを開いたまま、ずっとぼーっとしている。
(……元貴、なんかあった?)
そう思いながらも声をかけられず、放課後になった。
—
「ねぇ、元貴」
「……なに」
帰り支度をしながら、少しだけ俯き加減の元貴に、滉斗がそっと声をかけた。
「……今日さ、元貴、元気ないよな」
「……そう見える?」
「うん、見える。ていうか、気づかないわけないって」
元貴はしばらく黙ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「……先生に、告白したんだ」
「……えっ」
「藤澤先生。前から、すごく好きで……音楽も、人としても。……でも、“生徒としてしか見れない”って言われた」
静かな言葉だったけれど、そのひとつひとつが、苦しそうに滲んでいた。
「……そっか……」
滉斗は固まったまま、うまく言葉を返せなかった。
(あぁ……“好きな人”って……藤澤先生だったんだ)
胸の奥が、きゅうっと締め付けられた。
元貴が何かに惹かれてることは、うすうすわかってた。
でも、それがはっきりと“恋”だったと知ると、なぜか苦しくなった。
元貴は、カバンの肩紐を握ったまま、少しだけ震えた声で続けた。
「……生徒って、枠の中でしか見られてないって思ったら、苦しくなって……
……でも、言ったことは後悔してない。ちゃんと、気持ちは伝えたかったから」
言い終わるころには、元貴の目に涙が浮かんでいた。
「元貴……」
滉斗はもう、黙っていられなかった。
気づいたら、その細い肩をぎゅっと抱きしめていた。
「元貴……いっぱい、泣いていいから」
頭を優しく撫でると、元貴は最初、驚いたように固まった。
けれど次の瞬間、小さく肩を震わせて、滉斗の胸元に顔をうずめた。
「……ごめん……」
「謝ることなんか、ないって」
廊下にはもう誰もいなかった。
放課後の空気が、ふたりの周りだけそっと静かになっていた。
「俺、なんもできないけど……でも、そばにはいるから」
滉斗の声が震えていたのは、きっと元貴の涙に、自分まで心を揺さぶられていたからだ。
元貴は、滉斗の制服をしっかりと掴んだまま、しばらく何も言わなかった。
そのまま、ふたりは静かに抱きしめ合っていた。