コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
死んだはずの仁美が生徒に挨拶しつつ教室に入ってくる。
「京子ちゃん、おはようー」
仁美はひらひらと手を振って京子に挨拶した。
京子は変わらず、いつもの態度で仁美に尋ねた。
「風邪もう治ったん?」
「うん、すっかり良くなったよ。心配させちゃってごめんね」
仁美がこちらに近づいてきながら、クラスメイトと気さくに会話をしている。ごく自然に。
そして仁美と私の目が合うと、
仁美はにこっと笑いかけてきた。
「一花ちゃん、おはよー」
「え? あ、そ、その……お、おはよう」
「なんか一花ちゃんも風邪ひいてたんだって? なんかお揃いだね♪」
「そ、そうなんだ」
「ねえ一花ちゃん、今日なんだけど――」
「はい、ホームルーム始めますよー」
チャイムが鳴り、話が中断された。
「……………………」
隣の席に座る仁美は、ごく普通に授業を受けている。
授業中、私は気が気じゃ無くなって、先生に分からないようにスマホを覗き見た。
そして「蓼原仁美」で検索するが、不思議なことに彼女の自殺についての記事は一つもなかった。
(どういうことなの、こんなのおかしいよ)
確かにあったはずの仁美の死。
だが久しぶりに学校に投稿した私の目の前には、何一つ変わらない仁美がそこにいた。
クラスメイトたちもごく平然と仁美と接している。
まったく理解ができなかった。
もしかして私、本当に何か変な病気だったりする?
統合失調症だっけ? なんかそういう病気があった気がするけど……。
「ツンツン、ツンツン」
「――――――――ッ!」
ペンで仁美につつかれて、私は我に返る。
「ねぇ、そろそろ当てられそうだよ?」
「え? あ、そう」
「クスクス♪ 一花ちゃん、ぼーっとしてる♪」
仁美はクスクスと笑う。
「それでは次の問題を東雲さん」
「は、はい……えーっと」
本当にあてられた。
チャイムが鳴り授業が終わり、仁美や京子のみんなで食事をとって、また授業。
ぼんやりとしているうちに、あっという間に放課後になってしまった。
「一花ちゃん、帰ろ?」
「う、うん。いいよ」
放課後、私は仁美と一緒に河川敷を歩いていた。
ただ世間話をしているだけなのに、仁美はなんだか楽しげだった。
そんな楽しそうな彼女を見て、私は今朝まで緊張が嘘のようにだんだんと気持ちが緩んできた。
「そういえば仁美、今朝何か言いかけなかった?」
「あ、そうだ、わすれた! ねぇ一花ちゃん、私、おままごとしたいな♪」
「お、おままごと?」
「うん、今朝テレビ見ててね、ママが赤ちゃんのことをあやしてるの見てたら、私までなんかしたくなってきちゃった。それでなんか急におままごとしたくなってきちゃったの。私がママで、一花ちゃんは赤ちゃん。だからさ、今日一花ちゃんのお家、行ってもいい?」
「う、うん、別にいいけど」
「やったー☆」
仁美は楽しそうにはしゃいでいた。
頭から空気が抜けたようなふわふわした感じの仁美。
そんな仁美が子供のように楽しそうにしているのを見て、私の顔がほころぶ。
(……ねぇ、もしかしたら私は本当に酷い風邪をひいてて、そのせいでおかしな夢を見ていただけなんじゃない?)
(だってそうじゃないとおかしいよ。そもそも、仁美が死ぬなんてありえないよね。私は風邪で変な夢を見て、それが現実だと思ってた。そう、ここ最近の私は、ずっと体調がおかしかっただけ。何もかも風邪をひいて私が見た夢だったんだ)
「フフ♪ 良かった♪」
「え? なにが?」
「仁美と今日も会えてよかったなぁって」
「一花ちゃん……」
「じゃあ行こっか、私のお家」
そう言って歩き出そうとして――、
私は足を止めた。
「? 一花ちゃん?」
「あのね、仁美。私、仁美に謝りたいの」
「…………………………………………」
「私はその、あなたとの夢を――」
「一花ちゃん」
気付けば、仁美はずいっと顔を近づけてきていた。
そしてねっとりとした笑顔を浮かべていってくる。
「私はおままごとがしたいの♪」
「――――――――ッ!」
仁美の顔が、目と口がくりぬかれた真っ白なマスクで覆われたようになる。
そして顔にはまるでサソリを模したような黒いあざが浮かんでいた。
突然意識が遮断される。
気付くと見慣れた私の家の天井だった。
「……………………」
「ほーら、一花ちゃーん。ママでちゅよー♪ カランカラーン♪」
仁美がベビーチャイムを振ってからからと音を立てている。
(このガラガラって……)
ピンク基調でウサギのプリントがされたガラガラ。
それは今朝、仁美の屋敷で不可解な出来事に襲われた時、なぜか私が握っていたものとそっくりだった。
それを仁美は、仰向けになっている私をあやすようにカラカラと振って、私の頭をなでている。
静かなリビングに、赤ちゃんが好きそうな可愛らしい音が響く。
「ふふ、一花ちゃんはいいこいいこでちゅねー♪」
「なに、これ?」
「なにって、赤ちゃんごっこでちゅよー♪。あっ、もしかして一花ちゃん、ねむねむでちゅかー♪」
喉が干上がるのを感じる。
気付けば私は、私の家で仁美のおままごとに付き合わされていた。
いったいいつの間に?
途中の意識がない。
仁美の顔が一瞬、屍のように感情のないソレにすり替わったと思ったら、
気付いたらこんな風に寝かされ、仁美にまるで赤ちゃんのようにあやされていたのだ。
まったく理解ができなかった。
突然仁美は時計の方を見た。
「あ、もうこんな時間だ。暗くなる前に帰らないと。楽しい時間ってすぐ終わっちゃうね」
いきなりそんなことを言いだした。
仁美は立ち上がり、帰り支度をする。
「じゃあそろそろ帰るね」
「あ……、う……」
私は理解が追い付かないまま、玄関へと向かう仁美の後に続く。
「……………………」
仁美はじーっとこちらを見てくる。
そして突然顔を近づけたかと思うと。
「――――ッ!」
私の頬にキスをしてきた。
「おやすみなさい、また明日♪」
そう言ってそのまま出ていってしまった。
「…………………………………………」
一人きりになって、頭の中が整理されていく。
そしてようやくいまになって、私の背筋に霜柱が立つような得体のしれない冷たさが這い上がってくる。
それはただの直感だった。
「仁美は、やっぱり、死んでる……?」