「アーサーさん……これからもずっと一緒にいてくださいね」
「あぁ。もちろんだ」
「ずっとですよ?飽きませんか?」
「そんなことあるわけねぇよ。ずっと菊だけだ」
安心したようにはにかみながら笑う彼の顔が、今でも頭の片隅に残っている。
波と初めて出会ったのは6歳の頃だった。たまたま彼が転んでいるのを見かけ、絆創膏をあげたら好かれたのだ。重度の人見知りだった彼は友達もで きず園でも孤立していてたため、自然と俺の元へやってきた。菊の友達は俺だけ。優越感という感情が芽生えたのもこの頃だった。この年でよくそ んな感情に出会ったと思う。恋心には気づかないのにな。
そんな頃だった。家庭の事情で俺の引越しが決まり、菊と離れる事になったのは。まぁ当たり前にそん時は嫌すぎて、無駄に親に泣きついたが、そんな我儘を両親が受け入れてくれるはずもなく、引越しは決まった。
「アーサーさん……あっちに行っても目移りなんてしないでください……」
「菊は心配しすぎなんだよ。言っただろ?菊だけだって」
「でも、アーサーさんモテますし……」
「んじゃ、次お前と会ったその時には結婚しよう。それで心配事はなくなるだろ?」
「結婚?アーサーさんとですか?」
「嫌か?」
「い、いえ!とっても嬉しいです!」
「 私待ってますから!」
菊と結婚の約束を交わしたのは別れる直前のものだった。あれから何年経っただろう。
「ま、これがアイツとの出会いってわけだ」
「ヘ一良いじゃん。ロマンチックで」
「ガキの頃の話だよ」
休日の夜、俺から誘いで同僚のフランシスとパブで酒を交わす。酔いが回った頃、2人の昔話をしようという話題になりこの有様だ。休憩を挟むように酒を一口 運ぶと俺はそのまま話を続けた。
「社会人になった頃だったな。たまたまよった喫茶店に似たような奴がいて、話しかけてみたら菊だったって訳だ」
「え、もう運命じゃん」
「俺もそう思う」
「連絡先は?」
「もちろん交換したさ。なんなら最近から一緒に住んでる」
「え!?お前らもう結婚したの!?」
「バカ、ルームシェアだよ」
「なぁんだ、つまんないの」
あからさまにテンションを落とした彼に俺は変わらず話を進める。
「でさ、アイツ今でも結婚しようとか言ってたんだよ」
俺の一言に髭は目を白黒させ右口角だけを上げ俺に問いかけた。
「え 、まさかしないつもり?」
「いや、だってもう20年前に約束したことだぜ?」
「うわぁないわ。お前がここまで最低だったとはな」
「うっせ。しょうがねぇだろ」
「守れないぐらいなら約束しないの!分かる!?」
「……分かってる」
少しの沈黙の中、俺は口を開いた。
「いや、だって、あいつすげぇ寂しがりやなんだよ」
予想外の一言にまたもやフランシスは目を白黒させる。
「え、ごめんどういう事」
「 あー……どういう事って言ったらな……」
「例えばこうやって今パブでお前と飲んでるだろ?あいつ、男でも嫉妬する上に寂しがりやだからさ、帰宅するなり、すげぇ悲しそうな顔でおかえりなさい、って言ってくるんだよ」
「どっちも休日の日なんか絶対離れてくれないし、なんなら風呂も一緒に入ってる」
「 え、束縛とか厳しいタイプ?」
「そういうんじゃ、ねぇけど……」
寂しがりやで独占欲が特別強い菊でも束縛はしなかった。俺達の間にのるルールといえば、割り当ての家事はしっかりする。とか、帰ってくる時間 は知らせる。とかカップルらしいルールも無ければルームシェアのルールもだいぶゆるゆるだ。そんな曖昧な関係のまま、ルームシェアから3年半が経過していた。
「あー。メンタル的にきついやつね」
「友達としてだったらめちゃくちゃいい奴なんだよ、幼馴染だけあって意外と気合うし、聞き上手だし俺のこと理解してくれてるしさ、 あんなに気会う奴他にいねぇよ、」
口調に覇気がなくなり、体の力も抜ける。そんな俺を呆れたような目で見ながらフランシスは口を開いた。
「そんなこと言ってたらいつまで経っても進むもんも進まないでしょ。正直に腹割って話しなよ」
「ほら、お前の為もあるけど菊ちゃんの為にも……ね?」
「寂しがりやなら尚更、生涯ずっとひとりぼっちは可哀想でしょ」
珍しく真面目なアドバイスをしてくれるフランシスに、アーサーはさっきよりも低めの声で言った。
「………ねぇよ。アイツが俺以外の奴と結婚するなんて……アイツ俺のこと大好きだし……」
「えぇ……決めつけじゃん。分かんないよ?もしかしたらまた新しい人見つけるかもしれないし」
「だからねぇって」
少し強めの口調で否定してくるアーサーに違和感を覚え、フランシスは話題を変えた。
「てか菊ちゃんって男なんでしょ? そんなかわいいの?」
「当たり前だろ。俺の親友だからな」
「ふーん。顔写真とかってある?」
「………特別な」
仕方ないなという顔でアーサーはスマホを起動しアルバムを開く。出かけた時のモノだろうか。黒髪の小柄な男性がドーナツを笑顔で口いっぱいに頬張っている写真を向けられた。目を細め微笑む男はハムスターかリスの擬人化を疑うほど可愛らしく女の子と言われたら信じてしまうような顔立ちだった。眉毛が可愛いとほざくのも無理ない。
「かっわい。想像以上だわ」
「だろ?可愛いんだよ菊は」
「お兄さんゲイじゃないけど菊ちゃんならいけそうかも」
「あれだったらお兄さんに紹介してよ。結婚したくないならwin-winでしょ?」
ガタンッ__!
大きな音がアーサーの近くで鳴り響いた。その音は店中に響き、フランシス含め他に来ていた客もこちらに視線を向ける。音の正体はアーサーがジョッキを机に力強く置いた音だった。
「おま、どした…?」
苦笑いだ。地雷だったか?顔を上げないアーサーの顔色を伺いながらフランシスは彼に声を掛ける。
「………だから、菊は俺のことしか好いてねぇって言ってるだろ……」
「う、うん?分かったから…とりあえず落ち着けよ、な?」
フランシスは作り笑いでアーサーに酔い覚ましの水をあげた。
「………悪い。少し酔いすぎた…」
「お、おう……。俺も悪かったよ。その…地雷?踏んで」
あげた水をアーサーは飲み干し、深呼吸をした。
「てかこんな遅くまで飲んで大丈夫なの。菊ちゃん寂しがってんじゃない?」
空気を直すために話題を戻す。だけど純粋な疑問だ。話を聞く限り、菊ちゃんは相当眉毛の事が好きで依存してるみたいな感じだったし。
「アイツも今日は会社の飲み会らしくてな。いつもは断ってんのに、今日はお偉いさんが来るから出席するって言ってて」
「帰りは10時ぐらいらしい…」
弱々しい声とは正反対に、彼はジョッキをガブガブと飲み干す。
「へぇー」
安心したような、どこかつまらなさそうな。そんな声でフランシスは反応する。
「……アイツ、俺が飲みに行くって言ったら泣くほど嫌な癖に、いざ自分がこっち側になったら悲しい顔すらねぇんだよ。しかも笑顔で誘われた話ししてくるわけ」
「おう…」
「いや別に嫌なわけじゃねぇよ?ただ、アイツ寂しがりやで俺が側にいないと駄目な癖に、誘いを笑顔で話すなんておかしいなって思うだけなんだけど」
「俺が1番好きな癖に、俺を1人家に差し置いてそのお偉いさん方と今頃キャッキャして話してんだぜ!?」
「キャッキャは知らないケド…」
「絶対そうだ……アイツかわいいから絶対言い寄られてる。俺の忠告無視して飲みになんて行くからだよばかぁ…!」
「……」
何かを察したようにフランシスは口を閉じた。酔いつぶれて寝そうになるアーサーを叩き起こし、財布の中身を確かめる。
「お前もう帰れ。そして菊ちゃんと話せ。自分の気持ちちゃんと気付くまでな。今日はお兄さんが出してあげるから」
「……はぁ?俺はまだ飲める…」
「そういう問題じゃないって」
まだ飲むと駄々をこねるアーサーを無視し、強制的に支払いを終えたフランシスとは、そこでお開きになった。
(なんだよ髭の野郎…ツれねぇなぁ……)
夜中の帰り道。とぼとぼと歩く道の途中で、見慣れた姿が目に入った。
「アーサーさん?」
菊だ。街頭で不自然に照らされた菊の顔は、驚いた顔から、すぐに優しい笑顔に変わった。
「アーサーさんも外出してたんですね。途中で出会わして良かったです」
「あぁ、悪いな。少し飲みたくて」
「いえ。お互い様ですので」
「………ちなみに、お相手さんって…」
「安心しろ。髭の野郎だよ」
心配した顔はすぐに笑みえと変わる。
「そうですか」
心配性なのは昔と変わらないな。
本当に、菊は俺のこと大好きなんだから。
「そういえば、今週の土曜日出かけますね。今日同僚さんから釣りに誘われたんです」
「そうか。せっかくその日は一緒に映画を見に行く予定だったんだが、」
わざとらしく俺は眉を細めた。
「え、あ、じゃあ今からその誘い断ります、!釣りはいつでも行けますし!」
焦りながら菊は俺の服にすがる。俺は苦笑い気味になりながら笑いかけた。
「はは、しょうがねぇな菊は」
コメント
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これはもしや…どっちも重たい系ですかッ…?!最高ですッッ!(違ってたらすみません)