ごきげんよう、絶体絶命のシャーリィ=アーキハクトです。マンダイン公爵家による謀略で今まさに皇帝暗殺未遂の濡れ衣を着せられている最中です。反論しようにもうちと月光草の取引を行ったのは事実ですし、一般的には月光草は毒薬として知られていますからね。
あれは調合次第で回復薬を作り出せるのですが、それは薬学に相当精通している人物しか知りませんし、そもそも伝説扱いされるくらい貴重なものですからね。農園では放っておいてもどんどん増えていきますが。
何より不味いのは、取引先が黄昏商会ではなく暁と記されていることです。黄昏が暁の本拠地であることは公然の秘密扱いですし、貴族達も黄昏の産物を手に入れる際は、以前ならばターラン商会。今は黄昏商会を経由して購入しているのが実情です。
では何故暁とレンゲン公爵家が直接取引を行ったのか。これはカナリアお姉様からの案で、一つは暁が公爵と取引を出来るだけの力があると証明するため。まあ箔を付けてくれたんです。
もう一つは、私に対するカナリアお姉様からの信頼の証。いくらでも悪用できるものを残すことで、私を信用していると言う証明になります。それは私も同じですし、カナリアお姉様を敵に回すくらいなら逃亡の道を選びますね。
そして今、その信頼の証は部外者によって悪用されているのです。手を回したのはあの糞女であることは間違いありません。
反応から見るに、皇子もマンダイン公爵も知らなかったみたいですし。身内すら平然と利用して欺く、それがあの女です。
「今すぐにでも詮議したいが、この場が相応しいとは思えぬ。近衛兵!レンゲン女公爵の身柄を抑えよ!女公爵も身の潔白を証明してくれるならば、抵抗はするまいな?」
ナインハルト殿下の号令で近衛兵達が続々と集まって私達を取り囲みました。南部閥は離れて静観していますし、東部閥の貴族達はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべています。
身内の西部閥の貴族達は皆困惑しながらもカナリアお姉様やジョゼを護るように……いや、違う?一部の動きが鈍い!
「今回は特に信用できる者を選んで連れてきたのだけれど……何気にショックね。私もまだまだだわ」
私と同じく動きの違いに気づいたカナリアお姉様が小声で呟きました。身内に裏切られるなんて、身を引き裂かれるような思いでしょう。
「事実無根です!身の潔白を証明しないと」
「無駄よ、ジョゼ」
「お母様!?」
「カナリアお姉様の仰る通りですよ、ジョゼ。拘束されたが最後、断頭台まで一直線です」
「そんなっ!」
あの女が手抜かりをする筈がありません。身柄の拘束から処刑までのシナリオを用意しているのは当然と言えますし、こちらの弁明などは一切意味を為さないでしょう。
ならば、手は一つしかない。
「カナリアお姉様、ちょっと乱暴なことをしてしまいます。お許しを」
「構わないわ、シャーリィ。私とジョゼの命、貴女に託すわ」
「責任重大ですね」
まあ、このような事態を想定していないわけではありませんでしたし。最悪の事態で、確率は低いと考えていたのですが……備えてみるものですね。
しかし問題は裏切った貴族達の詳細が掴めておらず、しかも追求する暇が無いと言う点です。私個人としてはカナリアお姉様とジョゼが無事ならば問題はないのですが、忠誠を尽くしている身内まで置き去りにしては外聞が悪すぎますし、西部閥に混乱を招きレンゲン公爵家の求心力にも大きな傷を残す結果となります。
……仕方ない。その辺りはお姉様の手腕を信じるしかないでしょう。
「レイミ」
ずっと私を見ている最愛の妹に声を掛けると、レイミは頷いて右手を高々と掲げ。
「氷霧!」
膨大な魔力で冷気を産み出し、霧を発生させました。曰く、大気中の水分が凍結することによって発生する霧の一種だとか。
詳しい原理は分かりませんが、本来ならば一キロ先のものを見え難くしてしまう程度のものですが、レイミは意図的に氷結する割合を増やしてしまう。つまり何が起きるのかと言えば。
「うわっ!?」
「なんだこれは!?」
「煙幕!?何処に隠し持っていた!?」
冷たい煙幕のようになるんですよね。これには近衛兵はもちろん貴族達もビックリです。種も仕掛けもありませんよ、魔法を使っているのですから。
「此方へ!早く!」
「スパーク」
「ぎゃっ!?」
レイミは霧の中でも視界が広く、直ぐに出口へと私達を呼び寄せて誘導を開始しました。
私はと言えば、勇者様の剣を持って進路上の邪魔な近衛兵に触れて感電させていきます。殺害するのは不味いので、気絶するかしばらく動けなくなる程度。マスターから学んだ術ですね。
放出系はやっぱり苦手なので、直接触れないといけないのが難点ですが。
「お嬢様!?」
「エーリカ!信号弾を!赤を三発です!」
「分かりました!」
会場の外で待機していたエーリカに指示を出すと直ぐに窓から信号弾を打ち上げて、そのまま私達に追従します。
護衛すべきはお姉様を含める西方貴族二十名!数は多いですが、大半が男性であるのは助かりました。
信号弾を打ち上げたことで、市街地で待機しているマクベスさん達やリナさん達も動き始めているはず。一刻の猶予もありません。
「セレスティン、エーリカは最後尾を。先頭は私達が務めます」
「承りました。どうか背後を気にすることなく前を向かれてください」
「お任せを!」
二人から頼もしい返事を受けて。
「止まれ!」
「凍てつけぇ!」
「スパーク」
「がっ!?」
進路上に現れた近衛兵のマスケット銃をレイミが凍結させ、その隙に身体強化魔法で加速した私が意識を刈り取ります。ふむ。
「邪魔ですね、これ」
動き難くなるのでスカートを破き、ヒールの付いた靴を脱ぎ捨てます。せっかくエーリカが仕立ててくれた大切なドレスではありますが、命には変えられません。また作って貰うとしましょう。冬場なので足元はすんごく寒いですが。
「さっさとシェルドハーフェンへ帰りたいですね」
「直ぐですよ、お姉さま」
絶体絶命の状況ではありますが、問題はありません。レイミと、大切なもの達と一緒に切り開くだけです。
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