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帝都に於けるマンダイン公爵家、正確にはフェルーシア=マンダイン公爵令嬢による謀略は最高潮に達していた。本来ならば皇帝が死ぬまで時期を見るつもりではあったが、皇帝が当初の想定より長生きしていること、婚約者であるナインハルト第二皇子が早期の帝位継承を実現するために独自の行動を始めたのが切っ掛けである。
フェルーシアとしては、婚約者が勝手に動いて仕込みに影響が出る可能性を考慮せねばならず、かといって暗殺計画の全貌を明かすわけにもいかない。もう少し根回しや仕込みに時間を使いたかったのが本音ではあるが、策が露見するような事態だけは避けたかった。
そして、彼女の行動を決定的にした出来事こそシャーリィとの思わぬ再会である。シェルドハーフェンで生きている可能性が高いとの情報こそ得ていたが、精々娼婦の真似事程度だろうとそこまで関心を払うことはなかった。念のため闇鴉に暗殺を指示する程度であった。
そんな怨敵がレンゲン公爵家の縁者と言う肩書きと偽名を用いて帝都へ乗り込み、大貴族達が集うパーティーの場に姿を表したのだ。その衝撃は計り知れず、何としても叩き潰してやらねば気が済まなくなった。怜悧で謀略家ではあるが、時に感情の赴くまま激情を露にするのも彼女の性質なのである。
相手は少数、こちらは近衛兵を味方に付けて更に帝都中に展開している東部閥の領邦軍も待ち構えている。
レンゲン女公爵並びに西部閥の貴族達の身柄を拘束、或いは討ち取る事は造作もない。
土壇場で寝返らせた西部閥に属する数人の貴族も一緒に葬ってしまえば、主だった政敵は粗方片付く。少なくともフェルーシアはそう考えていた。
だが、今回は相手が悪かった。
「マクベス司令!信号弾です!」
「色と弾数は!」
「色は赤!弾数は三発です!」
「総員戦闘準備!速やかに翡翠城へ進軍、あらゆる脅威からお嬢様方をお守りせよ!馬車も全て使うのだ!」
「「「ハッッッ!!!」」」
予めシャーリィと打ち合わせを済ませていた暁の援軍百名は信号弾を確認すると、直ぐに行動を開始した。赤は緊急事態、三発は速やかに帝都を離れる必要があると言う意味がある。
直ちに数台の馬車が用意されて、完全武装の将兵が翡翠城へ向けて進軍を開始。
「あの信号弾は……露払いをするわよ!遠慮は要らないから!」
更にリナ率いる猟兵達も一斉に行動を開始。帝都各地に設けられた検問所を奇襲し、脱出路を切り開いていく。
翡翠城ではアーキハクト姉妹、エーリカ、セレスティンに護衛されたレンゲン女公爵以下西部閥の貴族達が廊下を突き進んでいた。捕まれば極刑は免れない。どんな弁明を行っても、身の潔白を証明されることはないだろう。
ならば本拠地である帝国西部に戻り起死回生を図る。少なくとも今現在彼らに取れる選択肢は他になかった。
「逆賊を逃がすなぁーっ!」
「奴らは皇帝陛下のお命を狙った!必ず捕らえるのだ!」
次々と現れる近衛兵達。当然である。ここは翡翠城、帝室の住まう最重要区域であるのだ。かといって、後々のことを考えれば安易に近衛兵を殺害するわけにはいかないし、武器も僅かなものである。絶体絶命の危機ではあるが、武器を必要としないアーキハクト姉妹が不利な状況を覆すべく奮闘する。
「足元注意!凍りつけぇっ!」
レイミが駆けながら掌を向けると、廊下が一瞬にして凍り付き、駆けてきた近衛兵達が足を取られて転倒する。
「どわっ!?」
「なんだこれは!?」
「廊下が凍り付いた!?奴らは魔石を持っているぞ!」
「流石ですね、レイミ。数人が危ない音を立てましたが」
「転倒した際に打ち所が悪かったのでしょうね。それについては責任を負いませんよ?」
「それで充分です」
姉妹は軽口を交わしながら集団の先頭を突き進む。一緒に駆ける貴族の中には裏切り者も含まれているが、レイミの実力を目の当たりにして妨害などの行為を行うことを躊躇してしまう。
最も、仮に脱出できてもカナリアによる徹底的な調査と処罰が待っているのだ。それに残ったとしても破滅する運命が待ち受けているだけなので、与する相手を見誤った故の悲劇と言うべきか自業自得なのだが。
とは言え、別の道から来る近衛兵は転倒させれば対処できるが、進路上の近衛兵については少しだけ面倒な対処となる。
「凍てつけぇ!!」
「スパーク」
「ぎゃああああっ!!!」
銃器を凍結させて射撃手段を奪い、強化魔法で急接近したシャーリィが触れて感電させると言う手間が必要になる。
当然将校クラスはサーベルを振りかざしてくるし、凍結したマスケット銃を鈍器代わりに使う手合いも現れる。
レイミは魔法を連発している関係で、少しでも彼女の消耗を抑えるためシャーリィが前に出て対処するのは変わらない。小柄で身軽な身体に身体強化魔法でバフを掛けたシャーリィは文字通り縦横無尽に動き回り。
「危ないですよ」
「ぎゃっっ!?」
「がぁああっ!?」
振り下ろされたサーベルを横に飛び退いて避け、すれ違い様に身体に触れて感電させ、振り回されたマスケット銃は身を屈めて避けて足に触れて感電させる。
しかし、手間が掛かるのは変わらず。
「この先へ進ませるなぁ!」
十数人の近衛兵が立ち塞がるのを見て、シャーリィは覚悟を決める。これまでは手間でも極力傷つけずに無力化してきたが、こうなっては個別に対処するのも難しい。レイミが纏めて凍結させても良いが、その場合死や四肢欠損は避けられない。ならばシャーリィのやることは一つである。
勇者の剣を強く握って魔力を込め、近衛兵の集団へ向ける。数少ない彼女の遠距離攻撃魔法を行使するためである。日々ワイトキングとの鍛練を重ねているが、出力の制御は完璧とは言い難い。下手をすれば感電死させてしまう可能性もあるが、一刻を争う事態で選択の余地はなかった。
「サンダーレイ!」
勇者の剣から稲妻が放出される。殺傷力の非常に高い電流が近衛兵達へ襲い掛かる寸前、間へ飛び込んだ人影が手をかざし。
「ロックウォール!」
突如出現した岩石が稲妻を防ぎ砕け散る。そこに居る人物を見てシャーリィは忌々しげに口を開く。
「……マリア」
「悪いけど、大人しくしてもらうわよ、シャーリィ」
いつもの修道衣を身に纏ったマリアであった。