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「えーと、つまり?」
「あの大食らいのいる畑をこれ以上
広げるな、という事ですか」
ウィンベル王国王都・フォルロワ―――
そこの冒険者ギルド本部にて、話し合いが
行われていた。
メンバーは、グレイス伯爵家現当主、
リーフ様。
その養子、ニコル様。
そしてその婚約者、アリス様。
そしてその相手は……
「は、はい。
彼女の話では、いきなり自分たちの住む林近くに
出来た、あの綿花畑を警戒していただけという事
ですので」
エメラルドの瞳を持つ、十才くらいに見える
少年―――
土精霊様が通訳をしながら話す。
通訳されるのは彼の隣りにいる、上半身は茶の
ロングカールをした少女の外見をし、
下半身は植物の花弁を持つ魔物であった。
どうしてこの話し合いが設けられたのかと
いうと……
グレイス伯爵家の領地、その綿花畑に出現する
不審な影の調査依頼を私たちは受けたのだが、
そこで複数の食人植物の亜種に遭遇、無効化して
無害化したところ、
アルラウネの彼女が駆け付け―――
抗議と思われる事を大声で叫んできたのだが、
何分にも言葉がわからず、困り果ててしまった。
食人植物の無効化を元に戻し、何とかなだめ、
ひとまず彼女を連れて王都へ帰還。
同時に公都『ヤマト』へアルテリーゼに行って
もらい、通訳として土精霊様を呼んだのである。
そして翌日、土精霊様の到着を待って―――
当事者同士の話し合いの場が持たれたのであった。
「しかし、シン殿の申していた注意点の通り、
水魔法の使い手を大勢確保し、水分量には
気をつけていたはずですが……」
ダークブラウンの長髪を揺らしながら、伯爵家
当主の女性が確認する。
「#▲▲※○○%×$☆☆!
!%△#%◎&@□……ッ!」
「それについては謝ると言っています。
事情を知らなかったので、とにかくあれ以上、
あの大食くらいの場所が増える事だけは、
絶対に阻止したかったとの事です」
そこで銀髪の少年が、おずおずと手を挙げて、
「そんなに水が必要なのですか、あの植物」
「公都でもアレを栽培していますけど、
確かに他の植物たちも、『あんなに水を食うヤツ
見た事ない』って言ってましたね。
だから周囲の植物にも、かなり気を使って
栽培しているようです」
土精霊様の答えに、ニコル様の隣りにいた
アリス様が、ショートカットのブラウンの髪に
手をやりながら一緒にうなずく。
元の世界でも、綿花って人類で史上初の環境破壊と
呼ばれるくらい、大量に水を使うんだよな。
だからこそ、諸条件の中でもそこを最大の
注意点としたわけだけど。
しかしまさか、直接植物からクレームが来るとは
思わなかった……
「公都には土精霊様がいるから、こうして
話を通して理解出来るけど」
「普通の、特に動けない植物に取っては
どうしようもないものなあ。
気持ちはわかるぞ」
同じ黒髪の、セミロングとロングの妻二人が
彼女たちの言い分に同調する。
アルラウネを初めとして、食人植物は動けるから
逃げ場があるが―――
他の植物はそうもいかないので、彼女たちは
人間を脅かして追い払い、仲間を守ろうと
していた……というのが実情らしい。
「今回の件、申し訳ありませんでした。
今後、雑木林方面への開拓は避ける事、
綿花の栽培における水やりは十分慎重に
行うという事で―――
承知して頂けませんでしょうか」
リーフ様の言葉を土精霊様が、アルラウネへ
伝えると、
「あ、いえ、ボクは何も……
ええと、その条件でよろしくお願いします、
と言っております」
彼女は土精霊様の方と、グレイス家とその身内
三名に向かって交互にペコペコと頭を下げ―――
何とか事態は収拾へと向かった。
「おう、話は終わったか。
しかし半人半植物の魔物とは―――
お前の世界ではアルラウネっていうのか?
俺もこの目で見るのは初めてだけどよ。
しかも交渉可能なんてな」
冒険者ギルド本部の最上階にある本部長室で、
依頼達成の報告を兼ねて、俺はライさんと
対峙していた。
「珍しいんですか、やっぱり」
「それもあるが、そもそも討伐対象じゃ
ねえからなあ。
基本、人間を見たらすぐ逃げる臆病な魔物だし。
今回は仲間のためにやむを得ず、抗議に来たって
感じか」
彼は書類に目を通しながら、白髪交じりの
グレーの髪をかきあげる。
「じゃあ今回は、非常に珍しいケースだったと
いう事で……」
「それ以前、魔物と話し合いで依頼達成したって、
多分この冒険者ギルド始まって以来の快挙だぜ」
彼は手に取った書類をヒラヒラさせながら語り、
「まあ、魔物に対する依頼ってそんなもの
ですからね」
「探して出会って即交戦!
が基本ですし。
そもそも話し合いが通じないので、討伐依頼が
来るんですから」
サシャさんとジェレミエルさんが、ため息を
つきつつ感想を述べる。
確かに地球でも、野生動物が相手だったら
交渉もへったくれも無いしな……
「それでそれで、あのアルラウネちゃん?
いつ帰るんですか?」
サシャさんがそのロングの金髪を垂らすように、
ずい、と私へ顔を近付け、
「アルテリーゼさんで送るんですよね?
だったらまだ時間がありますよね?」
眼鏡をくい、と直しながらジェレミエルさんが
続く。
「ははは、まあ……
多分公都に戻るのは明日以降になりますので、
今日一日はいるんじゃないかと」
この二人、可愛いものに目が無いからなあ……
あの子はなるべく早く避難させてあげるか。
しかし、王都に来て翌日にサイリック大公家へ、
翌日に依頼を受けてグレイス伯爵領へ、
そのまた翌日にアルラウネを交えての会談と―――
なかなか目の回る忙しさだ。
これ以上は何事もありませんように……
そう祈りながら、私は本部長室を後にした。
「あれっ?」
昼食時、ギルド本部の食堂に家族と一緒に
向かった私は、その意外な光景に思わず声を発し、
「おや?」
「ふむ?」
「ピュッ?」
メルとアルテリーゼ、そしてラッチも
同じように驚く。
そこにいたのは―――
土精霊様、眷属の山猫、そしてアルラウネの少女。
それを囲むようにして、サシャさんと
ジェレミエルさんを筆頭に、女性の職員や冒険者が
集まっていた。
「あー! ラッチちゃんもこちらへー♪」
「これで完全な世界が出来上がる……!」
自分の名前を呼んでいる事はわかるのか、
ラッチは飛び込むようにしてその集団へ―――
そして私と妻二人はその隣りの席に座り、
食事を注文した。
「しかし、ずいぶんとアルラウネ、
土精霊様になついていますね」
彼に抱き着くようにして、植物タイプの魔物は
体を密着させる。
一方山猫はというと……
他の女性陣に頭や体を撫でられながら、
ゴロゴロと鳴いていた。
「あっあの、これでもボクは土の精霊なので、
それで植物である彼女は、逆らわないのだと
思います」
従うというよりは、どう見ても恋心MAXで、
という感じだが。
サラサラのグリーンの髪をなびかせながら、
やや困惑した表情で少年は答える。
「そういえばそのコ、何か食べた?」
「というより、食べられる物があるかのう」
メルとアルテリーゼが何気なく話を振るが、
「基本的には何でも、って感じですねえ」
「ミソスープを特に好んで飲んでいるようです。
『ひきわり汁』も」
へえ、と感心する。
やっぱり植物由来のものが、相性がいいのかな?
「まあ水だけでも生きてはいけるようですが、
やっぱり口から食べる物は、美味しい物の方が
いいと言っています」
土精霊様が通訳で、彼女の答えを伝えてくる。
「伯爵領で一緒にいた、他の食人植物たちは?」
「アレは肉食かのう?」
その質問に、アルラウネの少女はふるふると
首を横に振って、
「彼らも、基本的に水だけで生きているそうです。
そもそも彼女のように、歯も無いそうなので」
あー、確かにそうだった。
クチバシのようなものはあったけど、それは
複数の葉っぱで形成されていたし。
つまりあの食人植物たちは―――
本当に脅かすためだけに出てきていたって
わけか。
「シンさんの方は、今後のご予定は?
何かあります?」
今度は土精霊様の方から質問してきた。
彼を呼び出した案件はもう済んだんだし……
他にする事と言えば、
「こちらの用事は終わっているので、公都に
戻ろうと思います。
その前に、王都の児童預かり所の様子を見て、
ドーン伯爵家にあいさつに行こうかと。
それから『乗客箱』で帰還するつもりです。
土精霊様もお疲れ様でした」
私が頭を下げると、
「王都の児童預かり所ですか……
ボクも同行してもいいでしょうか?」
「興味がありますか?
いいですよ、子供たちも喜ぶでしょうし」
こうして私たちは食事の後、王都の児童預かり所を
訪問する運びとなった。
「シン殿!
お久しぶり……でございます……?」
「えーと……
ずいぶんとお疲れのようですが」
私たちが王都のドーン伯爵邸を訪れたのは―――
冬とはいえ、すでに日が傾きかけた頃であった。
精悍な顔立ちをした、ブラウンの短髪の
ドーン伯爵家嫡男・ギリアス様と、
彼の婚約者である、巻きロールの金髪をした、
イライザ・フォス子爵令嬢は、目を丸くして
出迎える。
「いやあ……ハハハ、こちらの児童預かり所へ
寄ったのですが、ちょっとした騒ぎに」
「ラッチに土精霊様、眷属の山猫、それに
半人半植物の女の子―――
そりゃあ子供たちも大喜びですわぁ」
「少しうかつだったのう……」
ドーン伯爵邸を訪れたのは―――
私とメル、アルテリーゼの三人。
ラッチたちは休ませるため、冒険者ギルド本部へ
戻していた。
そして私たちの疲労困憊の原因はというと、
訪れた王都の児童預かり所で……
そこで保護している子供たちはおよそ三千人と
聞いていたのだが、今では四千人ほどに
膨れ上がっていて、
そんなところへドラゴンの子供や精霊様、
大きな猫、亜人のような少女モンスターを
連れていったものだから、
触りたい撫でたいという子供たちで、預かり所は
一時パニックとなり―――
結局、ラッチ・土精霊様・山猫・アルラウネで
四つの行列を作り、どれか一つに並んで順番で
『対応』する事になった。
ちなみに人気はラッチと山猫がほぼ互角、
土精霊様には女子が、アルラウネには男子が
中心となって列を成し……
某アイドルの握手会もかくやという状況に
なったのである。
「とまあ、そんな感じでして……
今日は疲れたので、明日帰ろうかなあ、と」
「それはまた何とも……」
「お疲れ様です」
私の説明に、ギリアス様とイライザ様は、
どんな顔をしたらいいのかわからない、
という表情をしていたが、
「そういえばさー、イライザ様。
もうギリアス様と同居しているの?」
「えっ!?
い、いえ今日はたまたまで」
メルの別方向の質問に、なぜかイライザ様は
焦った様子で、
「まあ、我らの教えが生きているようで
何よりじゃが……」
「―――ッ」
すると子爵令嬢はメルとアルテリーゼを
連れて、離れた場所へ移動した。
残された私とギリアス様は顔を見合わせ、
「な、何でしょうか……?」
「さ、さあ。
女性同士での話もあるでしょうし」
困惑する男性陣をヨソに、女性陣は声が
聞こえないほど離れたところで、
「あ、あれ以降―――
情報の更新はありますか?」
「まーそこそこね」
「あまりがっつくでない。
落ち着いて聞くのだぞ」
時間にして三分ほどだが、それで三人は元の場所へ
引き返して来て、
「いったい何を話してたの?」
私が聞くと、メルとアルテリーゼはぐいぐいと
押してきて、
「まあまあ♪
そろそろお暇しましょう」
「若い男女の時間を取るのはヤボじゃぞ、シン」
その言葉にギリアス様・イライザ様の方を見ると、
二人とも顔を赤くしていて……
まだ婚約段階とはいえ、確かにこれ以上は
お邪魔虫になると思い―――
「あの、ではこれで失礼します」
「は、はい。お気を付けて」
こうして挨拶を終え、私たちは冒険者ギルド本部へ
戻る事にした。
「ではお世話になりました」
翌朝―――
私とメル・アルテリーゼは……
土精霊様と一緒にギルド本部を後にした。
アルラウネの少女も同行しているが、これには
理由があり、
彼女は土精霊様と共に公都『ヤマト』へ
行く事を希望してきたのだが、
その前に一度グレイス伯爵領へ行って……
あの綿花畑にいた仲間の植物の魔物たちに
話を通してから、という事になった。
つまりこれから『乗客箱』で、まずいったん
グレイス伯爵領へ行き、それから公都『ヤマト』へ
向かう運びになったのである。
「結局、5日ほど王都にいたのか。
ホントにお前が来るといろいろあるよなあ」
「自分の意思と無関係なんですけど!?」
ライさんの指摘に、即座に私は反論する。
「また来てね~♪
ラッチも土精霊様も、アルラウネも」
「来なければこちらから行くぞ……!」
サシャさんとジェレミエルさんも、名残惜しそうに
見送りに来てくれて―――
私たちは王都・フォルロワから飛び立った。
「というわけでして……
アルラウネを児童預かり所で受け入れて
頂けたらと」
すっかり暗くなった頃に公都へ帰還した私は、
家族を先に家へと帰し―――
まず冒険者ギルド支部に行って事情を説明
していた。
「トラブルとか起こさなけりゃ、
別に構わねぇよ。
しかし、『ハロウィン』以来ハーピーも
何人か残っているし……
人外も多くなってきたなあ」
ゴツイ筋肉質の体をした支部長が、いつもの事
とでも言うように話を流す。
「植物タイプの亜人ッスか」
「土精霊様が一緒なら、大丈夫でしょうけど」
次期ギルド長であるレイド君と、その妻である
ミリアさんが、右から左に書類を処理しながら
慣れた感じで語る。
「ただまあ―――
『ハロウィン』の協力を大公家に取り付けた、
というのはデカい。
あそこならそうそう逆らう連中もいない
だろうし」
ジャンさんの言葉に、黒髪褐色肌の青年も
うなずき、
「そうッスねえ。
そこからさらに、王都の児童預かり所まで
巻き込めれば」
「そういえば、児童預かり所にも寄って
きたとか」
丸眼鏡の位置を直しながら、タヌキ顔タイプの
女性が続く。
「滅茶苦茶疲れましたけどね、ハハ……」
遠い目をした私に、三人は苦笑する。
「何にせよお疲れさん。
春まではこれといった行事も無いし、
ゆっくり休んでくれ」
ギルド長に労いの言葉をかけられ―――
私は支部長室を後にした。
「こんにちはー」
「あら、シンさん。
いらっしゃい」
公都に戻ってから二・三日ほど体を休めた後、
私は妻二人と一緒に、児童預かり所を訪問した。
上品そうな五十代の女性―――
所長であるリベラさん自らが出迎えてくれた事に、
少し驚くも、
「今、お時間は大丈夫なんですか?」
「職員の方々も増えましたからね。
それより、今日はどのようなご用件で?」
「あ、ええと―――
アルラウネさんですけど、何か問題は
起こしてないかな、と」
さすがに預けた後、投げっぱなしにするのは
無責任なので、様子を見に来たのだが、
「今は西地区の北の……
果樹や野菜のところへ、土精霊様と一緒に
出かけてますわね。
問題、というほどの事は起こしてませんわ。
あ、でも」
所長の言いかけに思わず身構えるが、
「みんなライバルが増えたと思ったのか―――
女の子たちがアルラウネのコと、土精霊様を
奪い合っていますわ」
微笑むリベラさんに、私は苦笑で返す。
そういえば冒険者ギルドでも、女性冒険者や
女性職員に囲まれていたもんなあ、彼。
「精霊様といえば……
風精霊様、あのコは男の子なんでしょうか、
女の子なんでしょうか?」
メルの問いに、リベラさんは困った顔をして、
「それは私も聞いた事があるんですけど、
『どっちに見えるー?』
ってはぐらかされてしまいました」
「それは完全にわかってて言っておるな」
呆れながらアルテリーゼが話す。
多分、彼女の言う通り……
わかってて遊んでいるんだろうなあ、
風精霊様。
「そうですか。
他に変わったところは―――」
「ピュー!」
世間話に戻ろうとすると、預けていたラッチが
母親であるアルテリーゼに飛び付いてきた。
「あー、ラッチ?
そこにいたんだ?」
そして噂をすれば、というふうに風精霊様も
ふらっと姿を現す。
「相変わらず元気ですね、風精霊様」
「こんにちはー?
シンさん、メルさん、ドラゴンさん」
何でアルテリーゼだけ種族呼びなのか
わからないが、手を振って挨拶を返す。
「あっそうだ?
ちょうど良かった。
あのね、シンさん。
今公都に、何か向かって来てるんだー」
「??
ここに、何がです?
またマルズ国とかから?」
以前、アラウェンさんたちが来るのを教えてくれた
事があるので、また彼らかと聞き返すが、
「人じゃないなー、コレ?
群れで来てる。
方向はあっちから」
そう言って風精霊様が指差した先は―――
北東の方角。
そちらは王都だが、しかし人間であれば
たいていドーン伯爵領を経由するはずなので、
真北から来ないとおかしい。
それに……
「群れ、とは?」
「100体くらい?
の何かが―――
あ、これ地上じゃない。
空飛んで来てる」
その言葉に、私の家族とリベラさんに
緊張が走る。
「メル、アルテリーゼ!」
「りょー!」
「すぐ上がるぞ!
リベラ殿はラッチを頼む!
あとギルドにも報告を!」
私と妻たちは児童預かり所から駆けるようにして
出ると、庭の広いスペースに出て、
「―――よし!
シン、メル! 早く乗れ!!」
ドラゴンの姿になったアルテリーゼは騎乗を
促すと、私たちを乗せて上空へと飛び立った。
「しかし、王都の方角からとは……
ワイバーン騎士隊はどうしているんだ?」
そちら側から来たのであれば、王都の警戒網に
引っ掛かっていてもおかしくはないのだが―――
「群れと言っているだけで相手はわかんないし、
もしかしたら小さいのかも?」
「虫とかではあるまいな。
もしかして、風精霊にかつがれたとか」
ありそうで怖いんだが……
いやしかし、別に性格が悪いというわけでは
ないからなあ。
そこまでの悪ふざけはしないだろう……多分。
「それに虫と言っても―――
ハイ・ローキュストみたいな魔物もいるんだし。
……ん?」
そこで私は前方に、何か黒い点を発見。
「アルちゃん、アレ!」
「うむっ!」
妻たちも気付いたのか声を上げ、それとの
距離を詰めていく。
「えっ?」
「んっ?」
スピードを出し過ぎたのか、目標物とすれ違う
ようになってしまい―――
すぐにUターンさせる。
しかし接近時に姿は確認した。あれは……
「蜂、か?」
地球でいうところの、針で刺してくるあの蜂。
ただしそのサイズはおよそ五・六十センチ。
デカいのは一メートルほどあったような。
「グリーン・ビー……
もしくはハニー・ホーネットだね」
「危険なのか? メルっち」
メルの説明に―――
下からドラゴンの姿のアルテリーゼが問う。
「危険っちゃ危険だけど、魔物の中では
大人しい部類かな。
巣に危害を加えたり、こちらから襲い掛かったり
しなければ、害は無いらしいよ」
「それを聞いたら殺すのはちょっとなあ。
アルテリーゼの炎なら一撃だと思うけど―――」
単に公都が通り道なだけだとしたら、
全滅させるのはあまりに気の毒過ぎる。
「進路を変えてもらえばいいんだけど。
アルテリーゼ、ちょっとけん制して飛んで
みてくれないか?」
「やってみよう」
そこで私たちは、後方からその蜂の群れに
接近を試みた。
「う~ん……」
「ダメじゃのう」
妻二人が、呆れたような声を出す。
横から上から下から―――
アルテリーゼがプレッシャーをかけるように
飛んだのだが、
一時的に方向を変えたり、速度を落とすものの、
それでも蜂の群れは公都を目指し続ける。
さすがにドラゴン相手だと勝ち目が無いのは
わかっているのか、こちらに襲い掛かってくる
事は無いが……
「どーする? シン」
「意思疎通は出来ぬが―――
交戦の意思が無いのはわかる。
我も殺すのは気が引けるのう」
敵対していれば攻撃もやむを得ないけど、
ただ飛んでいるだけだし。
公都周辺だけ追っ払うようにして、
安全を確保するか……
いやでも、公都を素通りしてくれる保証も
無いわけで―――
「そもそも群れの目的は……ん?」
多分、こうまでして公都を目指すという事は、
目的があって移動しているのだろう。
そしてそのためには統率者がいなければ
ならない。
それがあの一番大きな蜂なのだとしたら―――
「アルテリーゼ、あの群れの下の方に
潜り込む事は出来るか?」
「造作も無い事じゃ。
何じゃ? 何か考えついたのか?」
「うん。ガルーダとの戦いの時にやった事だが……
メルも手伝ってくれ」
「りょー!」
そして私たち2人を乗せたドラゴンは、
高度を落とし始めた。
「ここらで良いか?」
やや前方の上空に蜂の大群をとらえ、
一定のスピードを保ちながら追跡する。
「ああ、このままの状態を維持してくれ。
今からあの女王蜂だけを『無効化』させる。
落下してくるだろうから、メルはそれを
キャッチ。頼めるか?」
「ガルーダや獣人族の子供たちの―――
救出作戦よりは楽かね?
んじゃシン、いつでもどーぞー」
空中戦もある程度経験してきたからなあ。
こういう時は心強い。
(■96 はじめての りゅうがく(だんたい)
■109 はじめての きょうどうさくせん(そら)
参照)
そこで私は、前方やや上の目標へ視線を向ける。
ハイ・ローキュストもそうだが、空を飛ぶ昆虫は
体の軽量化が前提であり条件だ。
巨大な昆虫もいるにはいるが、その質量に
比例して―――
俊敏な動作や飛行性を犠牲にしている。
ましてやサイズ的にも、羽が大きくなるか体が
小さくなるかしなければ……
そのままの飛行能力は絶対に維持出来ない。
「その羽と体のサイズ比で……
空を飛べる『女王蜂』など、
・・・・・
あり得ない」
そう私がつぶやいた瞬間―――
「!?」
目標とした一匹が、はじかれるようにして
群れから離脱。
後方やや低いところに位置付けていた、
私たちのところに、重力に従って落ちてきて……
「いらっしゃいませ♪」
「回収完了♪」
メルが『女王蜂』と見られる大きな蜂を
キャッチして、統率者を確保した。
それを見た群れはこちらと相対するが、
一定の距離を取り―――
『女王蜂』が人質というか、捕虜になった事を
理解しているのだろう。
「殺したりはしないから安心してください。
ただ公都から離れた場所へ案内しますので、
ついてきて……」
言葉は通じないだろうが、誘導くらいは
出来るだろう。
そして次の指示をアルテリーゼに伝えようと
した時、
「シンさんー!!」
「#▲※○%×$☆~!!」
聞き覚えのある声と姿が、飛んで迫ってきた。
「あり? 土精霊様とアルラウネのコ?」
「なぜにここへ?」
アルラウネはもちろん飛べないので、
土精霊様が抱える形で飛行しているが、
「あのっ、その蜂たち!
彼女の知り合い? だそうで……!
ですから攻撃を止めてくださいー!」
「◎&@□!%△#%ー!!」
「「「……へ?」」」
それを聞いた私たちはポカンと口を開け、
互いに顔を見合わせた。