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芙月みひろ
92
#王子
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浴室の壁に背を預けたまま、白石さんはずるずると床に座り込んでいた。 乱れた髪が濡れた頬に張り付き、その瞳は完全に虚ろで焦点が合っていない。
(……ハッ!?)
僕は、自分の脳内に残された「直近の実行ログ」を読み返し、血の気が引いた。
「し、白石さん! すみません! 僕は、僕はなんてことを……っ!」
慌ててバスタオルで彼女を包み込み、僕は彼女を横抱きにすると、寝室のベッドへと緊急搬送した。
「申し訳ありません! 完全にバッファオーバーフローでした。白石さんの『最大受容スペック』を完全に無視して、高負荷コマンドを連続実行してしまった……!」
ベッドの傍らで正座し、僕は冷蔵庫から持ってきたペットボトルの水を差し出しながら、パニック状態で謝罪を続けた。
「腰が立たないなんて、物理レイヤー(肉体)に深刻なダメージを与えてしまった証拠ですよね!? 今すぐ救急……いや、まずは水分補給と、明日一番で精密検査(病院)を……!」
水を一口含んだ白石さんが、僕のパニックをなだめるように、僕の手をきゅっと掴んだ。そして、指を絡める。 見上げた彼女の表情はとろとろに甘く溶けていた。
「……ふふ。……あやまって、ばっかり……」
白石さんは幸せそうな溜息を漏らし、ゆっくりと僕を見つめた。
「……ちょっとのぼせちゃったけど……最高、でした。だいぶ体力がつきましたね。……週3でお兄ちゃんのジムに行ってるおかげ、かな?♡」
「え………………っ!? なんで、それを……」
「……だって、スマートタグのGPSとGoogleのタイムラインを見れば、どこで何をしているかくらい分かります♡」
白石さんは僕の手を握りしめたまま、とろけるような笑顔を向けた。
「週3日、ジムにアイコンがいるのを見て……愛おしいなって♡」
僕のプライバシーという名のファイアウォールが、最初から無意味だったことを知って戦慄する。先程までぐったりしていたはずの彼女の指先が、僕の胸板へ這い上がってきた。
「……水着が濡れて、身体が冷えちゃった。……今度は、陽一さんが私をあっためてくれるでしょ?」
彼女は僕の耳元に顔を寄せ、吐息と共に囁いた。 それと同時に、濡れて肌に張り付いた水着の細い紐に、彼女は自ら指をかけた。
抗う術など、最初から持っていなかった。そうして僕は、本日三度目の強制シャットダウンを迎えることになったのだった。