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翌日、日曜午前九時。僕はPersonal Gym DAICHIにいた。
昨日、白石さんによる「強制蘇生処置(ベッド編)」で、僕の体力リソースはすでに空っぽ。OSを維持するのが精一杯の状態だった。
そんなボロボロの僕の前に立ちはだかるのは、魔王である。
「……九時ちょうどだな。逃げ出さなかったことだけは評価してやるぞ」
大地さんは、丸太のような腕を組んで仁王立ちした。
「……お、おはようございます、お義兄さん」
「……。お前、その顔は何だ。精根尽き果てたような、漂う締まりのないツラは」
大地さんの鼻腔がピクリと動く。僕から漂う「妹の気配」を、彼は一瞬で見抜いたに違いない。
「……ちくしょう!あいつ(ひより)が本気じゃなければ絶対シメてやるところだ!昨日窓越しに言った通り、いつものメニューにデッドリフト百回追加! 煩悩をすべて汗と一緒に絞り出せええ!」
「ひっ、……はいぃッ!!」
バーベルを握り、重力という名の絶望に抗おうとしたその時――手首のスマートウォッチが「ブルッ」と震えた。
【新着メッセージ:白石さん】
『心拍数、上がってますね♡ 共有設定のおかげで、離れていても陽一さんの『今』を感じられて幸せ♡ 実は私も別のジムで同じメニューをこなしてるの。二人で一緒に、限界を超えましょうね♡』
(……白石さん、これ『応援』じゃなくて、逃亡を許さない『デジタル首輪』だよ……!)
魔王の怒号と、愛する人からの執拗なリアルタイム・モニタリング。僕はただ、筋肉が断末魔を上げる音を聞きながら、鉄の塊を上げ続けるしかなかった。
「……はぁ、はぁ……っ、……お、終わ、りました……」
肺が焼け付くような感覚。視界にノイズが走る。その場に崩れ落ちた僕の視界を、巨大な影が遮った。
「……フン。数か月かけて、ようやく『モヤシ』から『ゴボウ』にはなったな。……飲め」
投げつけられたタオルが顔を覆い、続けてプロテインが差し出される。一気に飲み干すと、大地さんは窓の外を見つめながら、シェイカーを振り始めた。その横顔には、魔王の威圧感ではなく、どこか寂しげな兄の表情が混じっている。
「……おい、ゴボウ」
「は、はいぃッ……」
「……正直、今でもお前のツラを見ると、逆立ちさせて階段を登らせたいほどムカつく。……だが」
大地さんはシェイカーを置き、僕を真っ向から見据えた。
「……あいつが、あんなに楽しそうに笑うのは、お前の前だけだ。……変人のあいつを受け止められるのは……世界中探しても、お前一人なんだろうよ」
大地さんは僕の背中を、前のめりに倒れそうになるほどの力で一度だけ叩いた。
「……癪だが、ひよりを頼む。……もしあいつを泣かせたら、次こそは本当にお前をプロテインの原料にしてやるからな。分かったか!」
「……っ!! はいっ、お義兄さん!!」
恐怖と、それ以上の熱い何かが胸を突き上げた。
芙月みひろ
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#王子