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#文学
かんすい
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かんすい
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消灯のアナウンスが流れ、静まり返る車内。アスファルトを走るタイヤの振動、疲れ切った乗客の寝息、揺れるカーテンの音が微かに聞こえる。
その中で僕は、不意に開いたトーク画面を見返していた。
思えば不思議な体験をしたと思う。
彼女と出会ったのは四月の暮れだった。桜も姿を消し、日に日に暑さを増していく。公園の草や木も、より一層深い緑を見せていた。しかしその反面、夜はまだ肌寒く、昼間の世界が嘘だったかのように微かに冬の匂いがしたように思えた。
ある晩、僕は久しい友人と飲んでいた。
難波駅の裏手。平日だというのに人は多く、喧騒や誰のものかも分からない笑い声が飛び交っている。少し細い道を通ると、煙草や焼き物の煙の匂いが漂っていた。ここが飲み屋街だと言わんばかりに。
その一角に、ひっそりと構えている小さな餃子屋があった。
店は小さく、都会の居酒屋にしてはやけに古びた内装をしている。何十年も前から飾られているのだろうポスターは劣化がひどく、煙草の煙で変色し、端々がほつれていた。
この店には何回も来ていた。
都会の中で周りに流されず営んでいる、この店が好きなんだと感じている。
「高校卒業してからもう4年か〜」
そう言いながら、やけに泡の多いビールを飲んだ。
「就活は終わったんか?」
そう言って、やつはニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んだ。
「おかげさまで決まったよ。第一志望に」
「まじかよ、おめでとう」
悔しそうにしながらも、やつは笑った。
「お前こそ仕事どうなんだよ、看護師やろ? 忙しいんちゃうん?」
そう言って、してやった顔をしながら自分もビールを一口飲んだ。
「あー、忙しいな、めちゃくちゃしんどい」
そう言うと、やつは苦笑いをした。
「朝は早いし、上司のばばあには嫌味を言われるし、残業なんか当たり前。寮なんかIHの一口コンロだけだぜ? あんなんじゃあ焼き飯だって満足に作れない」
「焼き飯ぐらい作れるやろ」
「分かってないなーこれだから学生は、焼き飯は火加減が命なんだよ」
「なんだそれ」
こいつはこういうどうでもいいこだわりを見せることがある。
高校の時も、どっちがエロい女性の絵を描けるか勝負したことがある。高校生らしく、実にくだらない。
こいつが徹夜してきたと知ったときは、流石に距離を取りたいとも思った。
「そういえば、美咲ちゃんとはどうなんだよ。もう結構長いだろ?」
僕がそう言うと、やつは少し神妙な顔をして見せた。
「あー、美咲な」
そう言いながら、やつは煙草をくわえて火をつけた。
今思えば動揺していたのだろうか。火は全然ついていなかった。
「あいつ、浮気してたんだよ」
「は、」
思わず、気の抜けた言葉が出た。
「まじで?」
「まじ、大まじ」
そう言って、もう一度ライターの火をつける。
白い煙だけが天井へ漂っている。
「いつ知ったん?」
「1ヶ月ぐらい前かな、そんで1週間前に別れた」
「そっか」
どうしていいか分からず、自分も煙草に火をつけた。
ただ沈黙だけが過ぎる。
周りの笑い声やグラスがぶつかる音だけが、絶え間なく響いていた。
「何処までいっても他人は他人なんだよな」
やつがそうつぶやいた。
「運命の人なんて安っぽい言葉があるけど、俺はそうじゃなかったらしい」
僕は言葉が出なかった。
二つの煙が立ち上る。
それからも時間は過ぎていった。
どんな状況であっても、僕らは友人なのだ。他愛もない会話を交わし、一つの話題が終わるかと思えば別の話題が出る。
気付けば、空のビール瓶が並べられていた。
「やべ、終電やん」
「うわ、マジやん」
「明日も仕事かよ」
「それはやばいな」
そう言いながらスマホで明日の予定を見直しているやつの姿を見て、少し焦りにも似た感情が湧き出た。
「おごってやろうか?」
ニヤけ面を見せながら、やつは言った。
「お前も金ねえだろ」
そう言って呆れ顔をしながら伝票を奪った。
今思えば、ただの意地だったのだと思う。
社会人としてのやつの姿を見ると、なぜかそう思ってしまった。
コメント
1件
うわ、めっちゃいい雰囲気の話だった…🥀 煙草の煙とか、古びた餃子屋の空気感とか、全部がリアルで胸に刺さったよ。 特に「火がついてないのに煙草をくわえる」仕草、あれで友達の動揺が一瞬で伝わってきた。 「他人は他人」って言葉も重いな…。まだ1話だけど、この先どうなるのかすごく気になる。続き、読みたいです🌙