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(そ、うよね。私の手作りのお菓子なんて、迷惑よね……)
彼は優しいから、私を傷つけることなくこの場を回避するため、必死に策を練っているのだろう。
私はいまだクッキーを見つめたままのルキウスに、「ごめんなさい、ルキウス様」と苦笑する。
「私としましたことが、お身体を労わるべき立場にあるルキウス様に、場違いな贈り物をしてしまいましたわ。別のものを用意いたしますので、そちらのクッキーは私にお返しを……」
「駄目だ。駄目だよ、マリエッタ。これはもう僕が貰ったものだから、キミには返せない」
「ですが……。私はけして、ルキウス様を困らせるつもりでは」
「違っ、そうじゃないんだ。そうじゃなくて……」
ルキウスは顔を上げないまま口元を片手で覆い、
「すごく、うれしい」
彼の頬が、耳が。ぶわりと夕焼けのような朱に染まる。
その髪が銀色だからか、余計に赤みが際立って。
照れているのだと。気付いた瞬間、私の心臓がどくりと強く胸をうつ。
「あ……」
(どうして? この感情は、まるで……)
「ねえ、マリエッタ。これは僕のなのだから、食べてもいいよね?」
「へ!? え、ええ、問題がないのでしたら……」
私の言葉が終わる前に、ルキウスは一枚をはくりと口内に含んだ。
「い、いかがでしょう……?」
「……おいしい」
刹那、バタリとルキウスがソファーに倒れた。
「ルキウス様!?」
急ぎ立ち上がった私はテーブルを回り、ルキウスに駆け寄る。
「ですから、無理する必要はありませんのに!」
「あー、うん。どうしよ。一枚食べたちゃったから、一枚なくなっちゃった」
「はい?」
「クッキーってどうやったら永久保存できるかな? あーでもじっくり味わいながら腹の中に納めてしまいたい気持ちもあるし、でもやっぱり保管もしておきたいし」
「ル、ルキウス様!? しっかりしてくださいませっ!」
「大丈夫、僕は正気だよ」
ルキウスがふにゃりと目元を緩めて、私に向かって右手を伸ばす。
反射的にその手に自分の右手を乗せると、ルキウスはますます笑みを深めて、
「だって、嬉しすぎるのだもの。マリエッタが、僕のために。この手で作ってくれたんだよ? まさかこんな奇跡みたいな幸福が訪れるなんて……」
「奇跡だなんて、最初に作ってくださったのはルキウス様ではありませんか。私も本当に、嬉しかったのですのよ? そのお礼として考えてみましたら、やはり、私も同じようにと思いまして……」
「……ねえ、マリエッタ。物凄くキミを抱きしめたいのだけれど、駄目かな?」
「な! どなたが訪ねてくるともしれないのですのよ!? 慎んでくださいませ!」
「あれ? 人払いが出来ていたら許してくれるの? それじゃ、今すぐ鍵を……」
「ルキウス様!」
「あはは、大丈夫。しないよ」
よっとと上体を起こすルキウスの横で、私はほっと安堵の息を零す。
心臓がまだドキドキしている。
その中にほんの少しだけ、安堵とは別の感情が隠れているような……。
途端、ルキウスが私の顔を覗き込んできた。
にっと悪戯っぽく両目を細め、
「僕が相手だから駄目なんじゃなくて、人が来たら嫌だからなんだ。だいぶ僕の努力も実ってきたかな?」
「それは――っ!」
(ルキウスの言う通りだわ)
どうして私、アベル様ではないことを理由にしなかったの?
戸惑いに、思わず口を噤むと、
「……ごめんね、マリエッタ。調子に乗り過ぎちゃった」
ルキウスは今度こそ立ち上がり、
「帰りは僕が送るから、ゆっくりしていって」
「え? ですが、ルキウス様は浄化石がお戻りになるまでは本部を出られないのでは」
「送って帰ってくるだけだし、平気だよ」
「なりません! 万が一のことがありましたら、皆さまに申し訳が立ちません。当家の馬車で来ておりますし、中にミラーナを待たせてあります。無茶はなさらないとお約束くださいましたし、要件を済ませたら、帰りますわ」
「要件? このクッキー以外にも、何かあるのかい?」
「あ」
とっさに口を覆った私に、ルキウスが不思議そうにそうにして小首を傾げる。
(なにをためらっているの、私……! ちゃんと、伝えないと)
「マリエッタ?」
「……申し訳ありません、ルキウス様」
頭を下げる。どうして声が震えるのだろう。
私は両手をぎゅっと握りしめ、
「聖女祭、別の方のエスコートを受けることになりましたの」
「……え? それって、もしかして」
「……アベル様ですわ」
「!」