テラーノベル
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「この花、知ってる?」
そう言って初兎が差し出したのは、一輪の紫のアネモネだった。
風が吹き抜ける屋上。放課後の空の下、Ifはそれを見つめて小さく頷いた。
「…アネモネ。花言葉は『君を愛す』だったよな」
「そう。…でも、紫は違うんよ」
「へえ、なんて意味?」
初兎は少しだけ笑って、花を握りしめるようにしてから答える。
「『信じて待つ』…なんやって」
沈黙が落ちる。いつもは冗談ばかり言ってくる初兎が、今日はやけに真剣だった。
「待つって、何を?」
Ifの問いに、初兎は視線を逸らしたまま言う。
「――まろちゃんの気持ち、かな」
それは突然の告白だった。けれど、Ifの中には少しだけ予感があった。
最近の初兎の視線。さりげない手の距離。笑いながらも、どこか不安げな目。
「…そんなに、俺のこと好きだったん?」
冗談まじりに言うと、初兎はうつむきながら苦笑した。
「うん。ずっと前から、だよ」
屋上を吹き抜ける風が、二人の間の空気をかき乱す。
その音に紛れるように、Ifはそっと答えた。
「…俺、今すぐ応えられへんかもしれん。でもな、初兎が持ってるその花、枯れへんうちに……ちゃんと向き合うから」
初兎はゆっくり顔を上げ、Ifの目をまっすぐ見つめた。
「じゃあ、信じてる。待つって、決めたから」
紫色のアネモネが、夕陽に照らされて揺れる。
その日、春の風は少しだけ暖かかった。
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