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蝉の鳴き声が、夏の始まりを告げていた。
屋上のベンチに座る初兎は、いつものように袖をまくりながら、空を見上げていた。
隣にはIf。二人きりの時間は、変わらないようでいて、少しずつ色を変えていた。
「最近さ、思うんよね」
初兎がぽつりと呟く。
「何を?」
Ifは風に吹かれる髪を片手で抑えながら、横顔だけで応じた。
「“待つ”って、すげえ苦しいけど――嬉しいことでもあるんやなって」
「……それ、どっちが強いん?」
「どっちも。だって、まろちゃんが見てくれる時間が増えたから」
少しだけ沈黙が落ちたあと、Ifがそっと呟いた。
「この間さ、花屋に寄ってな」
「ん?」
「紫のアネモネ、もう一輪買ったんよ。枯れへんように、押し花にしてみた」
初兎は目を丸くした。
「押し花…って、もしかして、あの日のアネモネ?」
「そう。ずっと持ってたから、ちゃんと残しときたくて」
Ifはバッグから、小さな手帳を取り出す。中には、薄く、けれど確かに形を残した紫色のアネモネ。
初兎はそれを見つめ、目を細める。
「それ、僕にくれるの?」
「……ちゃうよ」Ifはちょっとだけ照れたように笑う。
「これは俺の、“待たせた証”やから。初兎が信じてくれた時間、忘れへんように残しとくんや」
そして彼は、もうひとつの小さな紙袋を差し出した。
「こっちは、今日のぶん。生のアネモネ。花言葉、ちゃんと覚えてるよな?」
初兎は袋を受け取って、中を覗く。
そこには、真っ赤なアネモネが入っていた。
「…『君を愛す』」
Ifは頷く。
「ずっと言えへんかったけど、やっと言える。――好きやで、初兎」
言葉が胸に落ちて、熱を灯す。
初兎は笑って、でも少し涙ぐんでいた。
「うん、僕も。ずっと、ずっと好きだったよ」
紫色の花が、真紅に変わる瞬間。
“待つ”恋は、ついに咲いた。