文化祭の片付けがひと段落したころ、
吉沢先生は、最後の段ボールを片付ける〇〇を何気なく目で追っていた。
メイド服はもう脱いで、いつもの制服姿。
それでも、今日一日の姿が何度も脳裏に浮かんでしまう。
(……やばいな、俺)
教師としての理性が、それを「ただの文化祭」と片付けようとする。
けれど、無意識にさっきの光景を思い出してしまう自分がいた。
机を運んでいた時、ふいに触れた〇〇の手。
柔らかくて、あたたかくて、
一瞬だけだけど——そのまま離せなくなりそうだった。
(生徒だぞ、落ち着け)
頭では何度もそう繰り返すのに、胸の奥が静かに熱を持つ。
「……先生?」
不意に名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
〇〇が、小さく首をかしげていた。
「どうかしました?」
「いや……なんでもない」
そう言いながら、自然と目が合う。
一拍遅れて、視線を逸らすのは先生のほうだった。
(気づかれるな……でも)
その夜、帰宅してからも、
吉沢先生の脳裏には、メイド服姿で笑っていた〇〇の姿が、
何度も何度も、勝手に蘇ってきた。
文化祭が終わって数日後、放課後の教室。
片付けの延長で残っていた〇〇が、黒板を消していた。
夕陽が差し込む中、チョークの粉が空中でふわっと舞い上がる。
「もう帰れよ。遅くなるぞ」
吉沢先生が声をかけると、〇〇は振り返って微笑んだ。
「はい、もう少しで終わります」
その笑顔に、思わず足が止まる。
——文化祭の日、あんな格好で笑っていたことを、また思い出してしまう。
(くそ……本当に、なんでこんなに気になるんだ)
黒板消しを置いた〇〇が、机の上にあった落書き用紙を拾おうとして、
ぐらっとバランスを崩した。
「あっ——」
反射的に先生が腕を伸ばす。
〇〇の肩をしっかりと掴んで、倒れる前に支える。
「……大丈夫か?」
「は、はい……」
近い。
さっきまで触れることすら気をつけていたはずなのに、
距離を詰めたのは自分の方だった。
「気をつけろよ」
それだけ言って手を離す。
けれど、離した手のひらには、まだ〇〇の温もりが残っている。
(……これ以上は、だめだ)
そう思うのに、なぜか胸の奥が静かにざわついていた。
第12話
ー完ー
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