テラーノベル
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放課後の廊下で、偶然耳にした会話。
「先生、ずっと好きでした」
振り返ると、廊下の先でクラスメイトの女子が吉沢先生に告白していた。
笑顔で断ってはいたけれど、その距離感の近さに胸が締めつけられる。
(……なんで、こんなに苦しいの)
授業が終わったあと、誰もいなくなった教室。
プリントを取りに来たふりをして、まだ机で仕事をしていた先生の前に立つ。
「どうした」
声を聞いた瞬間、こらえていたものがあふれ出した。
気づけば、先生の胸に飛び込んでいた。
「……やだ、やだ……先生、誰かに取られたくない……」
言葉は震えて、涙が制服の胸元に染みていく。
しばらく黙って受け止めていた先生が、深く息をつく。
「……お前のこと、嫌いじゃない。むしろ——」
途中で言葉を切り、〇〇の肩に手を置く。
「でも今はだめだ。お前が卒業するまで……俺も我慢する。だから、お前も我慢してくれ」
その言葉に、胸が熱くなる。
我慢。
たった一言なのに、それがどれだけ難しいか、お互いもう分かっていた。
あの日から、日々の景色が少しだけ違って見えるようになった。
朝の教室、黒板にチョークを走らせる先生の横顔。
たったそれだけで、胸がざわつく。
(あと何回、こうして見られるんだろう)
卒業式まで、カレンダーの赤い丸が少しずつ近づいてくる。
授業中、ふと窓の外を見たら、冬の空の向こうに薄く春の匂いがした。
時間は止まってくれない。
放課後、廊下ですれ違うたびに、ほんの一瞬だけ視線を交わす。
その一瞬に詰められた「我慢してる」っていう約束が、余計に苦しかった。
「〇〇、帰らないのか?」
職員室からの帰り道、空っぽになった教室で声をかけられる。
振り向くと、夕焼けの光に照らされた先生が立っていた。
ただ名前を呼ばれただけなのに、泣きそうになる。
でも、それを見せたらきっと抱きしめたくなるから、笑顔でごまかす。
「……もう少し、この景色見てから帰ります」
先生は何も言わず、ドアを閉めた。
その背中が、やけに遠く感じた。
第14話
ー完ー
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