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〈佐伯 霞 の真実〉
「人は無償の愛を得て育つ」
そんな話をよく叔母は私にしていた。
「貴方は可愛いんだから、きっといいお嫁さんになるよ。」
何度も聞いた言葉だ。
5時間目の数学に飽き飽きしていたとき、
私がふと思い出したことである。
窓から香る塩素の匂い、強弱をつける蝉の声。全て鬱陶しい。燦々と輝く太陽は私を愚かな姿にする。
__私は可愛くない。
とびきり美人というわけでもないし、薄く何の特徴もない自分の顔が嫌いである。
高校生になると皆が化粧をし始めた。
私だけがフワフワと浮く醜い姿のままである。
そんな私が唯一好きになった人間がいる。
生物を担当する女教師だ。
眼鏡越しには茶色く輝く瞳、黒くきめの細かい長い髪は波打つように巻かれていた。コツコツとヒールを鳴らし、無駄のない動きで授業を淡々と進める。魅力的な容姿とは裏腹に、冷ややかな性格であったため身を縮める生徒も数多くいた。
しかし、彼女が歩く度に柔らかい花のような、安心できる香りがしたのだ。
彼女の名は 早乙女 裕香(さおとめ ゆか)。
私は先生に恋をしている。無理に干渉しようとせず、話を持ちかけられた時には真面目に対応する、そんな優しい彼女に惹かれたのだ。
ある日の放課後、教科書の忘れ物に気づいた私は担任教師の元へと急いだ。階段の往復で疲れきっているはずが、足がまるで泡のように軽かった。
「先生と話せるかもしれない」
私は耳を赤らめながら、
職員室の扉を2回叩いた。
「早乙女先生はいらっしゃいますか?」
机の位置を確認し、いないことをわかっていながらも精一杯の声を出す。それに応えたのは、中年の国語教師だった。
「あー早乙女先生なら生物室かなぁ?もしかして忘れ物か?怒られるぞ~」
「生物室…生物室…」
そう唱えながら4階に向かう。するとコツコツと徐々に大きくなる音に私は即座に反応した。
振り向くとそこにはスラリと立ちつくし、片手に脳味噌の模型を持った早乙女先生がいた。
「どうしたの。もう5時半だけど。」
「あ、あの教室に忘れ物をして…か、鍵を貰いにきて…その…」
うまく話せずに目も合わせられなかった。
__「ねえ、佐伯さん」
彼女が私の顔を覗き込んだとき、私は顔が熱くなるのを感じた
が、彼女の一言が凄まじい勢いで、氷のように私の熱さを溶かしていくのであった。
__「貴方、私が一昨日”松上君”と居たのを
見たでしょ?」