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「菊!来たんだぜ!」


 西側の端っこの病室に、訪れる俺。扉を開けて、カーテンをめくると、其処には俺の会いたい人。


「いらっしゃい、勇さん」


 菊はお昼ご飯の最中だったらしく、近くの棚には麦飯で作った塩むすびと、胡瓜の漬物が置かれていた。


 菊は笑って言った。


「貴方がくれた胡瓜で作ったぬか漬けなんですよ。叔母さんが作ってくれて…………良ければおにぎりと一緒に、一口頂きますか?」

「そんな…………良いのか?お前の昼飯なのに…………」

「勇さん、お昼は食べましたか?」

「お昼?お昼は…………」


 ────ぐぅう。


「ふふ、まだなんですね」

「…………かたじけないんだぜ」

「良いんですよ、頂いて下さいな」

「…………分かったんだぜ。お言葉に甘えるんだぜ」


 俺は塩むすびを一つ手に取り、大口でむしゃりとひと口頬張った。麦が少々かたいが、 塩気がきいていて美味しい。


 そしてぬか漬けも一つ頂く。さっぱりとしていて、どこか大人の風味。普段はあまり食べない代物だが、実は好きな漬物のひとつでもある。


「美味しいですか?」

「ん!」

「…………ふふ」


 俺が貪る様を、笑顔で見つめる菊。


 そんなに可愛い顔で見つめられちゃあ、照れてしまう。





 昼食を終えた後、菊が言った。


「私ね、残りの人生でもう一度、食べてみたいものがあるんですよ」

「もう一度食べてみたいもの?何なんだぜ?」


 俺が訊ねると、菊は答えた。


「キムチです」

「っキム…………!?」


 まさかのキムチ。予想外の答えに、俺は目を見開く。


「…………おや、意外でしたか?」

「意外も何も、お前の口から、朝鮮絡みの言葉が出てくるとは思わなかったんだぜ」

「昔、父が仕事で京城まで行って、そのときに私にくれたお土産がキムチだったんです」

「…………へぇ」

「初めて食べた時の衝撃たるや…………辛くて、少し酸っぱくて、でも旨味があって、すごく、美味しかった。白米との相性もとても良くて…………だからもう一度、食べてみたいんです」

「…………」


 ────ふと、こう思った。菊になら、打ち明けられるだろうか、と。


 俺が、朝鮮人であることを。


 そしたら、俺のオンマの自家製のキムチを、菊に食べさせてあげられるのにな。しかし、今はまだ…………とても怖い。


「…………どうしましたか、勇さん?」

「……何でもないんだぜ、菊」


 菊が生きている間に、俺は果たして、彼に身を明かせるだろうか。


 俺は俺として、彼に認められるだろうか。


 徐ろに窓の外の空を見上げると、1機のB20がエンジンを轟かせながら、相変わらず軽快な素振りで、帝都へと偵察に向かっていた。

キムチとぬか漬けと、空飛ぶB29

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