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「菊!来たんだぜ!」
西側の端っこの病室に、訪れる俺。扉を開けて、カーテンをめくると、其処には俺の会いたい人。
「いらっしゃい、勇さん」
菊はお昼ご飯の最中だったらしく、近くの棚には麦飯で作った塩むすびと、胡瓜の漬物が置かれていた。
菊は笑って言った。
「貴方がくれた胡瓜で作ったぬか漬けなんですよ。叔母さんが作ってくれて…………良ければおにぎりと一緒に、一口頂きますか?」
「そんな…………良いのか?お前の昼飯なのに…………」
「勇さん、お昼は食べましたか?」
「お昼?お昼は…………」
────ぐぅう。
「ふふ、まだなんですね」
「…………かたじけないんだぜ」
「良いんですよ、頂いて下さいな」
「…………分かったんだぜ。お言葉に甘えるんだぜ」
俺は塩むすびを一つ手に取り、大口でむしゃりとひと口頬張った。麦が少々かたいが、 塩気がきいていて美味しい。
そしてぬか漬けも一つ頂く。さっぱりとしていて、どこか大人の風味。普段はあまり食べない代物だが、実は好きな漬物のひとつでもある。
「美味しいですか?」
「ん!」
「…………ふふ」
俺が貪る様を、笑顔で見つめる菊。
そんなに可愛い顔で見つめられちゃあ、照れてしまう。
*
昼食を終えた後、菊が言った。
「私ね、残りの人生でもう一度、食べてみたいものがあるんですよ」
「もう一度食べてみたいもの?何なんだぜ?」
俺が訊ねると、菊は答えた。
「キムチです」
「っキム…………!?」
まさかのキムチ。予想外の答えに、俺は目を見開く。
「…………おや、意外でしたか?」
「意外も何も、お前の口から、朝鮮絡みの言葉が出てくるとは思わなかったんだぜ」
「昔、父が仕事で京城まで行って、そのときに私にくれたお土産がキムチだったんです」
「…………へぇ」
「初めて食べた時の衝撃たるや…………辛くて、少し酸っぱくて、でも旨味があって、すごく、美味しかった。白米との相性もとても良くて…………だからもう一度、食べてみたいんです」
「…………」
────ふと、こう思った。菊になら、打ち明けられるだろうか、と。
俺が、朝鮮人であることを。
そしたら、俺のオンマの自家製のキムチを、菊に食べさせてあげられるのにな。しかし、今はまだ…………とても怖い。
「…………どうしましたか、勇さん?」
「……何でもないんだぜ、菊」
菊が生きている間に、俺は果たして、彼に身を明かせるだろうか。
俺は俺として、彼に認められるだろうか。
徐ろに窓の外の空を見上げると、1機のB20がエンジンを轟かせながら、相変わらず軽快な素振りで、帝都へと偵察に向かっていた。
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