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山の奥深く、名もなき森のさらに奥――人の足がほとんど届かない場所に、それはあった。
朽ちかけた祠。
かつては白く塗られていたであろう柱は黒ずみ、
屋根は苔に覆われ、風が吹くたびに軋んだ音を立てる。
供え物が置かれていた石台はひび割れ、長い年月、誰にも触れられていないことを静かに語っていた。
それでも――そこには、まだ「神」がいた。
神、いるまは、祠の奥に腰を下ろし、目を閉じていた。
かつて自分がどれほど崇められていたか、もう思い出そうとはしない。
いや、正確には「思い出す価値がない」と切り捨てていた。
人は祈る。
だが、同時に忘れる。
村が豊かだった頃、人々は感謝を捧げた。
だが、飢えが訪れれば――神など無力だと罵った。
そして、去った。
祈りも、声も、足音も、すべて。
📢「……愚かだな」
ぽつりと、いるまは呟く。
その声は静かだが、芯に強さを宿していた。
かつて人々を導いた時と同じ、揺るがない響き。
彼は優しい。
だが、その優しさは甘さではない。
迷う者には道を示し、怠る者には叱責を与える。
言葉は鋭く、だが確かに人の背を押す力を持っていた。
だからこそ、かつては信じられていた。
――そして、だからこそ。
📢「……関わらないのが、正しい」
人は死ぬ。
どれほど笑い合おうと、どれほど心を通わせようと、必ず先にいなくなる。
自分は残る。
ただ、それだけだ。
何度も、それを繰り返してきた。
だから、もういい。
孤独は、慣れた。
静寂は、裏切らない。
そう思っていた。
――そのはずだった。
ガサ、と。
森の奥で、枝が折れる音がした。
いるまはゆっくりと目を開ける。
人の気配。
この森に?
こんな場所まで来る者など、ここ数十年、いや百年は――
📢「……誰だ」
立ち上がると、音のした方へと歩き出す。
足音はほとんどない。
風のように、気配を消して進む。
やがて、木々の隙間の先に、小さな影が見えた。
子どもだ。
……いや、あまりにも小さい。
五つほどだろうか。
ぼろぼろの服。泥だらけの足。腕には薄く残る赤い痕。
震えている。
まるで、何かから逃げてきたかのように。
🦈「……っ」
子どもは、こちらに気づいた瞬間、びくりと体を強張らせた。
そのまま後ずさる。
逃げる場所もないのに。
🦈「来るな……っ、来ないで……」
かすれた声だった。
怯えきっている。
いるまは足を止めた。
その瞳を、じっと見つめる。
(……壊れているな)
すぐに分かった。
恐怖に染まりきった目。
誰も信じられない者の目だ。
それでも――その奥に、かすかに残っているものがある。
消えかけているが、確かに。
📢「……なぜ逃げた」
低く、しかしよく通る声で、いるまは問う。
責めるようでいて、違う。
真実を引き出す声。
子供はびくっと肩を揺らし、言葉を詰まらせる。
🦈「ぼ、ぼく……っ、ちが、ちがくて……」
言い訳をしようとしている。
叱られると信じている反応だ。
いるまは眉をわずかにひそめた。
📢「答えろ。ここに来た理由を」
逃げ場を与えない言い方。
だが、その声には不思議と、拒絶ではなく「導く意志」が込められていた。
子供は唇を震わせながら、小さく呟く。
🦈「……にげてきた……」
📢「何からだ」
沈黙。
やがて、ぽろりと涙が落ちた。
🦈「……おとうさん、と、おかあさん……」
その言葉は、あまりにも軽く、あまりにも重かった。
いるまは、しばらく何も言わなかった。
ただ、子供を見ていた。
震えている。
壊れかけている。
だが――まだ、完全には折れていない。
(……妙だな)
なぜか、目を逸らせなかった。
本来なら、関わるべきではない。
人間だ。
いずれ消える。
それが分かっているのに。
📢「……立て」
短く言った。
驚いたように顔を上げる。
🦈「え……」
📢「ここにいれば、死ぬぞ」
森は優しくない。
特に、この奥は。
📢「歩けるなら歩け。無理なら言え」
命令口調。
だが、その内容は明確に「助ける」ものだった。
その子供は戸惑いながらも、ふらふらと立ち上がる。
そして――一歩、踏み出した瞬間。
ぐらりと体が傾いた。
🦈「っ」
倒れる前に、いるまが腕を掴む。
軽い。
あまりにも。
📢「……食べていないのか」
何も答えない。
ただ、ぎゅっと目を閉じる。
怒られると思っているのだ。
その反応に、いるまは小さく息を吐いた。
📢「……安心しろ」
ぽつりと、言う。
📢「お前を罰する理由はない」
その言葉は、不思議なほどまっすぐに響いた。
子供はゆっくりと目を開ける。
信じていいのか、分からないまま。
それでも――
🦈「……ほんと?」
かすかな声。
いるまは、迷いなく答えた。
📢「ああ」
その一言には、揺るぎがなかった。
子供の指が、そっといるまの袖を掴む。
まるで、溺れる者が掴むように。
その小さな温もりに、いるまは一瞬だけ、わずかに目を細めた。
(……愚かだな)
心のどこかで、そう思う。
関われば、また同じことの繰り返しだ。
分かっているのに。
それでも。
📢「来い」
手を引く。
その手を、離さなかった。
――これが、始まりだった。
神と、人間の。
決して交わるはずのなかった、ふたりの物語の。
題名【僕の神様】
コメント
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╰(*´ `*)╯♡✨ これはもしや...!!!😘😘😘