テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
森は、夜になると別の顔を見せる。
昼間は柔らかく差し込んでいた光は消え、木々は黒い影となり、
風の音すらどこか冷たく感じられる。
獣の気配も濃くなるこの時間、本来なら人間の子どもが歩ける場所ではない。
だが――
📢「……遅いな」
いるまは、振り返らずに言った。
その声に、数歩後ろを歩いていた子供がびくっと肩を震わせる。
🦈「ご、ごめんなさい……」
息は荒く、足取りは頼りない。
無理もない。
どれだけの距離を逃げてきたのか分からない上に、
まともに食事も取っていなかったのだろう。
それでも、倒れないように必死に歩いている。
(……弱いな)
冷静にそう判断する。
人間の子どもなど、本来この程度だ。
だが同時に――
(それでも、折れてはいない)
それもまた、はっきりと分かる。
📢「謝るな」
いるまは短く言った。
📢「遅れる理由があるなら、それをどうするか考えろ。謝罪は状況を変えない」
強い言葉だった。
普通の子どもなら、さらに怯えるかもしれない。
実際、この子供の肩はまた小さく揺れた。
🦈「……じゃ、じゃあ……どうすればいいの……」
消え入りそうな声。
だが、逃げてはいない。
いるまはわずかに視線を落とし、こさめを見た。
📢「考えろ。自分で」
突き放すようでいて、見捨ててはいない声。
こさめは唇を噛み、足元を見つめる。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、小さな声で言う。
🦈「……やすむ……?」
いるまは一瞬だけ、目を細めた。
📢「そうだ」
即答だった。
📢「限界のまま進めば倒れる。倒れれば終わりだ。なら、どうする」
🦈「……やすんで、うごけるようにする……」
📢「正解だ」
その言葉は短く、しかし確かな肯定だった。
こさめは驚いたように顔を上げる。
褒められると思っていなかったのだろう。
その表情を見て、いるまはわずかに視線を逸らす。
(……単純だな)
だが、その単純さが悪いとは思わなかった。
📢「ここで休め」
近くの大きな木の根元を指す。
こさめは恐る恐るそこに座り込んだ。
ほっとしたように息を吐く。
その様子を見ながら、いるまは少し離れた場所に立ったまま周囲を見渡した。
夜の森は危険だ。
だが、この程度の気配なら問題ない。
――しばらくして。
🦈「……あの」
こさめが小さく声をかけた。
📢「なんだ」
🦈「……なんで、たすけてくれるの……?」
その問いは、あまりにもまっすぐだった。
疑いと、不安と、ほんの少しの期待が混じっている。
いるまはすぐには答えなかった。
答える理由が、自分の中で整理できなかったからだ。
(……なぜだ)
人間とは関わらないと決めていた。
それが最善だと、理解している。
なのに――
📢「……気まぐれだ」
結局、そう答えた。
それが一番近い。
そして一番遠い答えでもあった。
🦈「そっか……」と呟き、それ以上は聞かなかった。
それ以上踏み込んではいけないと、本能で分かっているようだった。
その距離感に、いるまはほんのわずかに違和感を覚える。
(……子どもらしくない)
だが同時に――
(いや、違うな)
本来は違うのだ。
そうさせられているだけだ。
抑え込まれているだけ。
その証拠に。
今だって手が震えている
🦈「……ねえ」
また口を開く。
🦈「ここって、すごいね」
さっきまで怯えていた声とは、少しだけ違う響き。
周囲を見回している。
夜の森を。
普通なら怖がるはずの景色を。
🦈「木、おおきいし……なんか、ひかってるのもある……」
小さな光虫が、ふわりと宙を漂っていた。
その光に、目がわずかに輝く。
🦈「……きれい」
ぽつりと、そう言った。
その瞬間。
いるまは、はっきりと感じた。
自由に世界を見て、感じて、言葉にする。
それがこの子どもの本質。
だが、それはすぐにかき消される。
🦈「……あ、ごめんなさい……」
また、萎縮する。
自分の感想を言っただけなのに。
いるまは、静かに息を吐いた。
📢「謝るなと言ったはずだ」
🦈「……でも……」
📢「美しいと思ったのなら、そう言えばいい」
きっぱりと言う。
迷いはない。
📢「それを否定する権利は、誰にもない」
その言葉は、強く、まっすぐだった。
こさめは呆然と、いるまを見る。
まるで初めて聞く言葉のように。
🦈「……いいの?」
📢「いい」
即答だった。
📢「お前が感じたものは、お前のものだ」
こさめの目が、少しずつ揺れる。
恐れではなく、別の感情で。
やがて――
🦈「……きれい」
もう一度、言った。
さっきより、少しだけはっきりと。
いるまは何も言わなかった。
ただ、その言葉を否定しなかった。
それだけで、十分だった。
しばらくして。
🦈「……もう、いける」
こさめが立ち上がる。
足元はまだ不安定だが、さっきよりはしっかりしている。
いるまは頷いた。
📢「なら、行くぞ」
再び歩き出す。
今度は、ほんの少しだけ速度を落とした。
気づかれない程度に。
子供はその後ろをついていく。
さっきよりも、少しだけ軽い足取りで。
――やがて。
森の奥に、朽ちた祠が見えてきた。
足を止める。
🦈「……ここ……?」
📢「ああ」
いるまは振り返らずに答えた。
📢「ここで休む」
その場所は、かつて神が祀られていた場所。
そして今は――
誰にも忘れられた場所。
だが。
🦈「……へんなかんじ」
こさめがぽつりと呟く。
🦈「こわくない……」
いるまはわずかに目を細めた。
📢「そうか」
その一言だけ返す。
だが、その胸の奥で。
何かが、ほんの少しだけ揺れた。
静まり返っていたはずの時間が。
止まっていたはずの何かが。
わずかに、動き始めていた。