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冷や汗を流す川口と、ニマニマと笑い続ける高柳を眺めながらついに笹尾が吹き出す。
「……ぶっ、あはは! 二課ってこんな空気だったけ? なーんかもう毒抜かれますね。 ……立花さん、色々とすみませんでした」
そして、改まった様子で真衣香にペコリと頭を下げた。
「え!? な、なんで、笹尾さん!?」
「……急いで着替えてくるんで、少しだけ待っててもらってもいいですか? 誘ってくれてありがとうございます」
フフっと気の抜けたような笑い声と笑顔で、笹尾は真衣香を見る。それに対して、驚いていた表情から徐々に笑顔へと変化し。
「うん、待ってるね」と。やがては満面の笑みで笹尾に応えた。
「川口さん、私のパソコンの電源切っててくださーい」と言い残して、更衣室へ向かった笹尾を見送った後「なんか居心地悪いしエントランスのとこで待ってよっか?」と。小野原が真衣香と森野の背中を押しながら営業部のフロアを離れた。
楽しそうに2人に挟まれて歩く真衣香の後ろ姿。
駆け寄って、抱きしめたい衝動が心臓に突き刺さるように襲ってきて。けれど、キツく拳を握り締めながら、それを押さえ込んだ。
その衝動の理由なら知っている。焦っているだけだ。
(俺しか、知らなかったのにな)
真衣香の優しさや、芯の強さ。思わず絆されてしまう柔らかな空気。
孤立して自分以外の全ての人に見下されている気がすると、会社での自分を語っていた。真衣香が、その”会社”で楽しそうに人に囲まれている。
どこかで自分だけが知っている彼女の姿だと思ってた。けれど、その実、八木はずっとそんな真衣香を知っていて見守ってきていたわけだし。キッカケさえあればみんな、こうして彼女を認めていくのだろう。
そこに、もう自分は必要ないのだと。身勝手にも落胆の色を隠すことができないでいる。
(立花が、俺のおかげだとか、言ってくれちゃってたからさ……調子乗ってたよなぁ。今なんか嫌われてるし、現実見ろって)
どこかで、また特別な存在に戻れるんじゃないかなんて、自惚れていたように思う。
(けど、今のあいつにとって特別になれる要素、ないじゃん。こうなったらほんと、会社で頼る相手なんていくらでもいるし)
開く距離が、止まってはくれない。加速して、いつか見えなくなってしまうのではないだろうか。
どこにも行かないで、と。縋りつきたいのに、できないだろう、そんなこと。坪井は自分に言い聞かせるように心の内で叫んだ。
真衣香が許してくれていた、その権利を自分で切り捨てた事実が。じわじわと心を追い詰めていく。