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水が滴る髪を掻き上げた。
アイボリーの壁が、ライトのせいかオレンジ色に煌めいて目に映った。それをボーッと眺めたまま蛇口を捻ってシャワーを止める。
クリアになった視界で見渡せば家の風呂場から随分と物が減ったことを今更ながら実感した。
ここに限らずだけれど、女が持ち込んでいた化粧品やバス用品や小物類。それらを処分したならこんなにも自分の部屋は殺風景になるのか……と。
坪井はここ最近、しんみりと実感する。そんなことを何度か繰り返していた。
(まあ、処分したところで……なんだけど。あいつに言い訳するみたいに見せてさ、謝れるわけでもないし)
そう思ったなら、自分を嘲笑うかのような声が漏れ出る。これも、最近のいつもの流れだ。
ドアを開けて、バスタオルを手にし、左横にある鏡を見る。
代わり映えのない、けれどなんとなく頼りない。そんな自分の顔が映っていた。
坪井は、昔から朝が弱い。夏はもちろん冬でも、目を覚ますためにシャワーを浴びるのが日課となっている。
もともと定時よりも早めに出勤するようにはしていたが、ここ最近はそれよりも早く家を出ることが多かった。
理由は『忙しいから』『早く帰りたいから』そんなふうにさまざま自分を誤魔化してきたけれど。今ならそうじゃないと迷わず言える。
“彼女”に会いたかったからだ……と。
(今更言えてもなぁ、どーしようもないんだけどさ。ほんとバカじゃん、俺)
下着とスラックスだけを身につけて、エアコンが効いた部屋でぬくぬくとバスタオルで上半身を拭きながら、ベッドの上に置いてあるスマホが目についた。昨晩は眠気に負けて無視していたけれど、何度もチカチカと画面が光り、何らかの通知を繰り返していた。
(立花からは連絡くるわけないしなー。って、なると、見る気なくなるんだよね)
考えて、その事実にどっと身体が重くなってしまった。今日は始まったばかりだというのに。
歯ブラシ片手にスマホを触り確認していく。
やはり何件もメールが来ていたみたいだ。
『明日ってなにしてるのー?』
『ちょうど金曜じゃん、久々に会いたいんだけど、予定埋まってる?』
『彼女いないんなら会わない?』
内容を見て「またかよ」と歯ブラシを加えたまま首をコキコキと鳴らしてスマホをベッドの上に投げ置いた。
数日前から、似たような内容のメールが増えた。
それが昨晩から今朝にかけては、さらに増えている。
(どれも誰だかわかんないってゆう……)
文面からも画面にある名前からも女であることはわかるが、いつどこで関わった女だったのかがわからない。
こっちはそれどころじゃないって。と内心悪態をついて、次は会社のスマホを手に取った。こちらは特に何の通知もなさそうでホッとするが。画面をタップして見えた日付に、ストンと納得してしまう。
(あーー、マジか、今日って24日)
ちなみに12月だ。何故だか世間が煌めき浮かれる、あげく仕事も忙しい……そんな日だ。
要するに、今日はどうやらクリスマスイブで明日はクリスマスと。そういうわけだった。
先程見ていたスマホのメール画面を思い浮かべる。
(あー、なるほどね。男がいない奴から連絡きてんのな、多分)
ここ最近の、坪井自身のクリスマスといえば。
咲山に引っ張られるようにして飲みに連れて行かれたか。その前も、確か当時の彼女と過ごしていた気がする。
思えば、全く予定のないクリスマスなど中学の頃以来かもしれなかった。