テラーノベル
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──本当に、最低なやつだ。
階段裏を離れた日下部は、廊下を歩きながら拳を握っていた。
蓮司の顔も声も、頭から離れない。
あの余裕、嘲笑、挑発。
一言一言が、的確に急所を突いてくるのがわかる。
「……触れたいんじゃない?」
冗談のような声。
だが、それが冗談にならなかったのは──図星だったからだ。
(俺は……あいつを見て、何を思ってる?)
あの、ぎこちない笑い方。
誰かに作らされたような表情。
壊れたようで、それでも壊れきれずに、黙って耐えていた。
蓮司と一緒にいるときの遥は──たしかに、少し違って見えた。
けれど、それが“幸せそう”だなんて思ったことはない。
(演技だ。全部、無理してる。自分を守るために……いや、誰かから隠すために)
なのに。
「付き合ってる」だとか、「彼氏」だとか、
そんな言葉を、自分の口で言うようなやつじゃなかったはずなのに。
(じゃあ、なんで──)
蓮司の言葉がまた脳裏に蘇る。
「俺の方が、遥にとって“本物の悪役”になれる」
(……それは、違う)
でも、本当に違うのか?
蓮司のあの余裕は、遥が“何も言えない”ことを知っているからだ。
関係性が歪んでいるとわかっていながらも、壊すでも、止めるでもなく、“楽しんで”いる。
そして──遥もそれを、黙って受け入れている。
(……遥、おまえは──なにを信じて、誰を信じて、それでも笑ってる?)
日下部は足を止めた。
教室に戻るドアの前。
そこに遥がいて、蓮司がいて、
その間に自分が立つ意味は、あるのか。
(でも──だからって、見過ごせるわけがない)
あんなふうに笑うやつじゃなかった。
あんな目をするやつじゃなかった。
(今、おまえを壊してるのが、もし本当に蓮司なら──)
握った拳が震えていた。
怒りなのか、悔しさなのか、焦りなのか。
それすら自分でもわからないまま。
──それでも、彼はドアを開けた。
演技でも、嘘でも。
おまえがそれを選ぶなら──それを引き剥がしてでも、本音を聞かせろ。
そう思っていた。