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「カナデちゃん、一緒に晩御飯でもどう?」
いつの日からか、カナデの部屋のドアは開け放たれたままで閉まっている事が無くなっていた。
俺は、その空きっぱなしのドアをノックしてカナデを食事に誘う。
ジェイが帰って来なくなってからもうすぐ3週間になる。恐らくカナデはその間、何も口にせず過ごして来たのではないか。空腹も、渇きも忘れる程、ジェイの事を想っている。
腹が立った。でもその矛先が何処に向いているのか今一つ掴みかねている。
「・・・」
カナデは顔を背けて返事をしない。
俺は、気持ちを抑えて肩をすくめ、カナデの側まで行った。
「ジェイが居ないと駄目なのは分かるけどさ、たまには俺の相手もしてよ」
ジェイの名が出て思い出したのか、カナデは胸を押さえて丸くなる。
苦しそうだ。見てて痛いよ。
俺はベッドの横に腰掛ける。ベッドが少し沈んで軋む。
何の反応も無いカナデの頭を撫でてみた。ろくな手入れをしていない髪は硬く傷み、本人同様元気が無い。
小せぇ頭・・・。
「ふぅ・・・」
俺は溜息を吐いた。何かな?という表情のカナデの細いウエストに腕を回し、グッと引っ張り上げる。
「わぁっ!」
驚くカナデに構わず、俺はカナデを肩に担ぎ上げた。そのまま部屋から出て一階に運ぶ。俺は終止無言。ちょっと怖い、とか思われてんだろうな。
ダイニングに着くと、俺はカナデを椅子に降ろした。
俺に振り回されて目が回ったのか、カナデは視線が揺らいだまま暫く治らない。
少しの間動けないでいる間に、俺はテーブルの上に手早く配膳する。
フォーク、スプーン、グラスに炭酸水、冷蔵庫から大皿のチキンサラダ、冷製スープ、取り分け皿。
俺は、カナデの前のスプーンを掴むとスープを掬い、カナデの口に突っ込んだ。良く冷えたヴィシソワーズの味が広がった事だろう。
「美味しい」
カナデが小さな声で呟いた。
「だろ?」とドヤ顔。
「俺が作ったんじゃ無いけどな」
正面に座って俺も食事を始める。
「すぐそこのデリバリー。近辺じゃそこが1番美味いわ」
言いながら棚からバゲットの入った籠を引き寄せる。俺のとカナデの皿に一つずつ乗せると、豪快に噛み付く。
「食わなくても死なないけどさ、ココロは痩せ細って行くもんよ?ちゃんと食え」
『別にココロが痩せても構わないのに』とか考えてるんだろうな。だんだんカナデの考えてる事が分かる様になってきた気がする。
そうは思うが、ここのスープは美味いから止まらないのだろう。カナデはスプーンでスープを掬って次から次へと口に運んだ。
してやったり。自然と口元が緩んだ。
「しっかり食ってさ、やれよ。償い」
・・・。
俺の言葉に、無言の睨みが帰ってくる。苛立ってるな。
「放って置いて」
カナデが小声で言った。怖い怖い。
俺はチキンサラダを取り分けてカナデに聞いた。
「何でそんなカタクナな訳?」
カナデは答えたく無いのだろう。黙っている。
どうせ『ジェイが居ない間に、私の償いが終わってしまったら?そして私が殺されてしまったら・・・?』とか考えてるんだろう。
俺は、黙り込んで俯くカナデの顔を覗き込んだ。
「・・・ジェイの事待ってるつもり?」
聞いた俺に、カナデは何も答えない。
これ言ったら危ないかな?と思いながらも、俺は天井を見ながら呆れた声で言った。
「こんだけ帰って来ないんだ。もう償い終わって死んでんじゃね?」
・・・。
無言の空気が流れた後、カナデの顔付きが変わった。
ヤベッ。
カナデは、グラスの中の炭酸水を俺の顔に掛けてきた。思わず目を閉じた俺に向かって何かを投げる気配。またあの針か!さっき頭撫でた時には入って無さそうだったが。
俺の胸に激痛が走る。何かが深く刺さった。フォークだ!左右の肋の間に深く刺さっている。
「うっ・・・」
俺は思わずくぐもった声を上げた。
カナデはすかさずダイニングテーブルを蹴り上げ、浮かんだカトラリーの中から俺のフォークを掴み取り、なんと俺の胸に刺さったフォークを足で思い切り踏み付けてくる。
「ぐぅぉ!」
より深く刺さったフォークに、俺の口から断末魔が漏れた。
カナデは、刺された箇所を守ろうとして丸くなった俺首筋に、手に持った俺のフォークを刺そうとしてくる。
俺は咄嗟に左手を出してそれを阻んだ。カナデの手首を握り締める。
すると、反対の手で首を絞めようとしてくる。
俺は右手でそっちの手首を掴んで止めた。
顔を上げた俺と、カナデの目が合う。
「く、空気読めない事言って悪かったよ・・・。あや、まる。ゴメン・・・」
切れ切れの声でなんとかそう謝った。
カナデは、目から涙を流した。
ゴメン、そんなに傷付けちゃったか。
「カ、ナデちゃん・・・痛い。救急車、よん、で・・・」
涙を流すカナデの前で、俺は哀願した。
今俺は気絶寸前だ。
カナデは、体から力を抜いた。
俺も手から力を抜いて左右にだらりとたらす。
「医療費は自分で払ってね」
涙声でそう言って、カナデは俺の為に救急車を呼んでくれた。
チキショー、またかー!