青桃
曲パロ
🎲様の「Clutch」からです。
――――――
銃声が夜の港に跳ねた。
火花みたいな乾いた破裂音。
静寂に沈んだ倉庫街に、不協和音みたいに広がる不吉な轟き。
「……ったく。お前、また派手にやらかしよんなぁ、ないこ」
黒塗りの車の影から身を乗り出して、俺――まろは舌打ちした。
右手の銃は、引き金に力がこもりすぎて白くなるほど握りしめている。
遠くで、金属箱を蹴飛ばす音と怒鳴り声。
その中心には、もちろん――
「まろー! ヤベェ! 囲まれてるっぽい!」
……あいつや。
ないこは間抜けな声を上げながら、鉄製の貨物ケースの裏にへたりこんでいた。
スーツの裾が揺れて、彼の細い肩がびくついてる。
なのに、手に持ってる銃だけは、しっかり俺の方向に――いや、敵の方向に構えられてる。
ほんま変な男やで……恐怖と興奮で顔が一緒になっとる。
「お前が突っ込むからやろが!!」
俺は叫びながら、影から飛び出した。
銃を構えた瞬間、すぐさま三発撃つ。
弾は綺麗な軌道を描き、三人の男の手元を正確に撃ち抜いた。銃が落ちて、悲鳴が散る。
「ひゅ〜……さすが、俺の相棒。マジで外さんなぁ……」
「褒めとる暇あるなら逃げる準備せぇ!!」
ないこを腕で引っ張り、倉庫の奥に向けて走り出す。
金属と鉄の匂い。海風に混じるオイルの渇いた臭い。
走る靴音が、無駄に響く。
背後では数十人規模の敵がわらわら起き上がってくる音がした。
ヤバいに決まってる。
俺らはマフィア《鏡蝶会》。
今回の任務は、ライバル組織《黒薔薇》の取引データを盗む――それだけ。
なのに。
「……俺の目ぇ離した瞬間にコレやもんなぁ、お前は」
「いやいや聞いて! 聞いてよまろ! 俺ほんとに予定通り静かに忍び込んだの!」
「その結果がこれや」
「……まぁ、足滑らせてコンテナ倒したのは認める」
「致命的やんけ!!」
叫びながらも足は止めへん。
俺らは倉庫の奥に突入して、鉄の扉を蹴り開けた。
――その瞬間。
「ちっ……!」
目の前に銃口が三つ並んでた。
撃たれる、と思ったとき。
俺より先に飛び込んだ奴がいた。
ないこ――や。
「まろ、しゃがめっ!!」
反射的に指が動き、俺は膝をつく。
ないこが俺の前に飛び出すようにして、三連射。
銃声が一瞬で三つ重なり、敵は崩れ落ちた。
その隙に俺は立ち上がり、最後の男の顎へ蹴りを食らわせた。
床に転がる敵を確認しながら、まろは息を吐いた。
「……お前なぁ、危ないんやからほんま――」
「へへっ……でしょ? かっこよかった?」
胸を張って笑うないこ。
その笑顔が妙に楽しそうで、腹が立つほど眩しい。
「……死にたいんか?」
「いや、まろを守りたいだけだし」
「黙れ言うてるやろ」
俺の心臓の音まで聞こえそうで、ほんま腹立つ。
バカみたいに無鉄砲で、恐ろしく勘が良くて――
でも俺の言うことは聞かん。
それが、俺の相棒・ないこや。
―――――――――
「ほな、メインのデータは?」
俺は乱れた襟を直しながら聞いた。
ないこは胸ポケットから小型USBを取り出して見せる。
「ちゃーんと回収済み。ほら」
「どのタイミングで取ったんや……」
「そりゃあ、まろが気づいてない時よ。俺の手際舐めたらあかんて!」
胸を張ってるが、さっきまで銃にビビっとった男のセリフじゃない。
けど……こいつのこういう部分が頼りになるのも事実や。
「ほな帰るぞ。こんだけ騒いだら応援呼ばれてる可能性高――」
キィィィン……
耳がひっくり返るような金属音。
天井の鉄梁がねじれる音がして、俺は反射的にないこの腕を掴んだ。
「しゃがめ!!」
続けざまの爆発。
上から鉄の塊や破片が降ってくる。
俺はないこを抱き寄せ、身体を盾にして床へ倒れ込んだ。
衝撃が背中に叩きつけられ、息が一瞬止まる。
けど、腕の中のないこは無事や。
「まろっ……大丈夫!?」
「……これぐらい……問題あらへん」
呼吸は荒れてるけど、傷は浅い。
ないこの手が、俺の腕をしがみつくみたいに掴んでる。
心配そうな瞳。
それがやけに近い。
「お前……震えとるやん」
「ま、まろが急にかばうからだろ……!」
「俺が倒れたところで、誰も困らん」
「困るに決まってんだろ!」
怒鳴られるなんて思わんかった。
あいつの声は本気で震えてて、怒りとも不安ともつかん。
「まろがいないと……俺、嫌なんだよ」
胸の奥が、爆発より厄介に揺れた。
俺は視線を逸らす。
こんな状況でドキドキしてる自分がアホみたいやから。
「……立て。来るぞ」
「……うん」
ないこは小さく頷き、俺に手を差し出した。
握ると、驚くほど温かい。
ほんま、こんな時に限って――
こいつは俺を弱くする。
―――――――――
「……えらい数やな」
爆発音に釣られた敵が集まってくる。
倉庫の通路の奥から、足音と銃声の予兆みたいな雰囲気が伝わってくる。
二十……いや三十はおるかもしれん。
逃げ場はもうない。
「まろ」
ないこの声が低くなった。
さっきまでのおちゃらけた声色とは違う、仕事の顔や。
「ここで決めるぞ」
「……ああ。どっちが多く倒せるか勝負や」
「っはは! それ出してくるかぁ。負けんなよ?」
背中合わせに立つ。
ないこの肩が、軽く俺の背中に触れる。
合図なし。
呼吸が揃った瞬間、同時に飛び出す。
――Watch me clutch.
勝負はここからや。
銃声が連続で響き、俺らの影が跳ねる。
まるで死神の鎌が通り抜けるみたいに、敵が倒れていく。
ないこは軽い動きで弾を避ける。
冗談みたいなタイミングで当ててくる。
まさに“天才肌の問題児”。
俺は正確無比の射撃で補完する。
二人の動きは、誰よりも速く、無駄がない。
これが――俺とないこの戦い方や。
息を吸う余裕もないほどの攻防が続き、最後の一人が倒れた瞬間。
ないこが銃をクルクル回してホルスターに戻した。
「っしゃああ! 俺の勝ちーー!!」
「お前……どっからその余裕湧いてくんねん」
「まろと組んでる限り、負ける気せんもん」
その言葉の方が、銃弾より心臓に刺さる。
俺は横目でないこを見る。
真っ暗な倉庫に差し込む月明かりに、汗に濡れた横顔がやけに綺麗に見えた。
「……ちゅーわけで帰ろ、相棒!」
「……はいはい」
そう言いながら、俺はほんの少しだけ口元が緩んでしまった。
こいつとおったら面倒事ばっかり。
けど――悪くない。
むしろ。
俺の人生の弾丸より速く駆け抜ける唯一の存在が、こいつや。
(次回予告)
帰還した二人を待っていたのは、
鏡蝶会のボスからの“追加の依頼”。
それは――
ないこが過去に隠していた、とある“裏の顔”に繋がっていく。
そしてまろは知る。
“俺の相棒は、俺が思ってる以上に危険で、
そして……俺でしか止められない。”
コメント
1件
やっぱ青桃と言えば相棒関係だよねぇ...互いを大事にしてるのがよくわかるわ...