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冒険者ギルド。銀行の窓口のようなカウンターに横長のイスがずらりと並んでいて、壁には大きな掲示板。そこには仕事の依頼書が所狭しと貼り出されていた。
確かにこの量から察するに、依頼の処理は間に合ってなさそうだ。
「では、ここで少々お待ちくださいね」
カウンターの一つに案内されると、ソフィアは『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた部屋に入っていく。
それを不思議そうに見つめていると、カイルがそれを教えてくれた。
「鑑定水晶を取りに行ったんだ。簡単に言うと適性を診断してくれるマジックアイテムみたいなもんだ」
「おまたせしましたぁ」
パタパタと足早に戻ってきたソフィアは、ハンドボールほどの大きさの水晶をゴトリと俺の前に置き、ポケットから黒っぽいタグを取り出した。
それは人差し指と中指を合わせた程度の大きさで、薄く砕いた玄武岩を適当に磨いただけのざらざらとした質感の黒いタグ。
色は違うが、カイルやソフィアが首から下げている物と酷似していた。
「それでは適性鑑定を始めます。まずは利き腕じゃない方で、水晶に触れてください。触れたらそのまま離さないでくださいね」
言われた通り水晶に触れる。ひんやりとした感触と共に水晶がうっすらと輝き、ソフィアとカイルは目を細めつつもそれを真剣に覗き込む。
「やはり魔法系ですね……。えーと……黒は……死霊術ですね。あとは……物理系もお持ちですね。鈍器適性です」
「へえ、ハイブリッドかあ」
「ハイブリッド?」
「ああ。物理系と魔法系、両方の適性を持っている冒険者をハイブリッドクラスって言うんだ」
「めずらしいんですか?」
「そうですね、基本的には持っている系統の方が成長しやすいので、魔法系適性なら座学などで得意分野を学び、物理適性であれば体を鍛えるのが一般的です。なので魔法と物理、どちらも持っている方は比較的珍しいと言えますね」
「死霊術というのは?」
ソフィアの表情が僅かに陰る。
「……正直申し上げにくいのですが、あまりお仕事の役には立たないかと……。死霊術は霊を自分に降ろしたり、その声を聞いたり……。後は骨を使った占いなどが一般的ですが……」
「ですが?」
「降霊は、ご家族の依頼で故人と話したい……なんて時があれば役に立ちますが、限定的すぎて……」
「死霊術というと、骸骨を操ったりするってイメージなんですが……」
「確かに昔はそういうこともできたみたいですが、戦闘向けの死霊術の魔法書は、とうの昔に廃版になってしまっていて……」
「なぜ?」
「骸骨や死体を操るのは、墓荒らしとして罰せられますし、倫理的にあまりよろしくはなくてですね……」
そりゃそうだ。だが、自分の持っている適性には思うところがあった。それは自分の実家が、仏寺であったからだろう。
盆の忙しい時期には、一家総出で手伝ったものだ。兄が寺を継ぎ、俺は親父のコネで知り合いの葬儀屋に就職したが、意外と棺桶が重く、それで腰を悪くしてしまったのだ。
鈍器適性の由来はなんだろう……木魚を叩いていたからか、DIYが趣味だからだろうか?
「では、水晶に触れたままで、こちらのプレートに利き手で触れてください」
それは机に置かれた先ほどのタグ。
「こうですか?」
言われた通りそれに手を添えると、ビシッという何かが弾けるような音と共に無数の亀裂がプレートに奔る。
その隙間から漏れ出る閃光は次第に強さを増し、黒かったプレートの薄皮が剥がれ落ちると、薄紫色に淡く輝く金属が露出した。
「「えええええぇぇぇぇぇぇぇ!」」
急に隣で大声を上げられれば誰だって驚く。ビクッと僅かに身体が跳ねると、沸き上がる恥ずかしさ。
二人の反応は、予想外とでも言いたげなものだ。
「ちょ、ちょっと九条さんは、そのままお待ちいただけますか? カイルは一緒に来てください」
「お、おう……」
ソフィアはそう言うと、俺の返事も聞かずに、カイルと共に奥の部屋に籠ってしまった。
なんとなく二人の雰囲気から察せられるのは、期待外れの落胆だ。期待以上であるならば、こそこそする必要はない。
そのまま待ち続けること数分。奥の扉がゆっくり開くと、ソフィアとカイルは何事もなかったかのようにカウンターへと戻ってくる。
そんな二人の表情は、なぜか少々ぎこちない。
「お、お待たせしてすみません。あっ、もう手は離してもらって結構ですよ?」
俺がプレートから手を離すと、ソフィアはカイルに片付けを頼み、カイルは水晶とプレートを持って奥の部屋へと消えていく。
「それでは本部に登録しますね。【|通信術《コネクト》】」
ソフィアが胸元のプレートに手を添えると、それは淡く輝き出す。
「新規登録をお願いします。……はい……コット村支部、専属です。……はい……名前は九条、カッパーです。……はい……」
|通信術《コネクト》という魔法は、電話かトランシーバーのようなものなのだろう。なんだかスマホの契約と似てるな――などと考えていると、カイルが裏から戻ってきた。
――が! 次の瞬間。カイルがソフィアの後方を通り過ぎようとした時、その手がごく自然な動きで、彼女の腰のくぼみから下へ、かすめたように見えたのだ。
痴漢かセクハラか……。どちらにしろアウト……だと思ったのだが、ソフィアはそれに動じることなく登録作業に集中していた。
気づかなかったのか、それとも公認の仲なのか……。
セクハラが許される世界だったら嬉しいが、そんなことはないだろう。
若干の迷いはあったものの、結局は俺の見間違いということにして口を噤んだ。薮蛇で面倒なことに巻き込まれるのも御免である。
「はい、登録が終わりました。これで九条さんは、コット村の専属冒険者となりました。おめでとうございます」
「わあ……」
カイルが横で拍手してくれているが、やはりどことなくぎこちない。笑顔ではあるが、瞳の奥は笑っていないわざとらしさ。
「で、こちらが九条さんのプレートになります。身分証明ともなりますので、なくさないようにしてくださいね?」
そう言ってソフィアは後ろのポケットからプレートを取り出し、俺の前に置いた。
ソフィアとカイルが首から掛けている物と同じ、茶色のプレート。同じように、紐が付けられている。
「さっきのタグ……プレートは?」
「さっきの……ですか?」
「俺が触っていた銀色のやつ……」
「えぇっと……。ああ! あれはギルドで管理する用の物なので……」
何か引っかかる気がする。すぐに返事が返ってこなかったのも怪しいと言えば怪しい……。
――が、ソフィアがそう言うのであれば、そうなのだろう。たとえ何かを隠していたとしても、俺から盗れる物など何もない。なんといっても無一文だ。
仕事と寝床を確保できただけでも恩の字。ここまでよくしてくれた人を疑うのも悪いかな? という気持ちもあった。
「では本日はこれで終了です。明日は九条さんの担当職員を決めるのと、簡単な講習があるので、お昼前にギルドに顔を出してください。お泊りなら三階に部屋を三つご用意していますので、一ヵ月間はお好きな部屋を自由に使っていただいて結構です。ギルド専用のお部屋ですので」
笑顔で説明するソフィアは自然体で、おかしな部分は見られない。
「お食事は一階で――ってのは知ってますよね」
「よし、じゃあ俺は見張りに戻るわ。これからよろしくな、九条」
「ああ。こちらこそよろしく」
カイルは階段を降りていき、ソフィアはギルドの仕事へと戻っていく。
ひとまずは、一難去ったと言っていいだろうか。転生者ということがバレなかったことに安堵する。
まだ知らないことは多々あるが、懸念点であった仕事は決まった。
二人は登録だけでいいと言っていたが、そうはいかない。自分にできることは少ないが、受けた恩を返すためにも早く仕事を覚え自立できるようにしなければ……。
一か月後には、自分のカネで宿を確保しなければならない。
自分の生活のことばかり考えていた今の俺には、二人を疑う余地も余裕もなかったのである。