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朝の薄明かりが森に差し込み、基地の中にほんのりとした光が広がっていた。
よもぎが目を覚ますと、すでにいくつかの人影が基地の外で動き出していた。
食満:「全員、集まれ。今日からが本番だ。」
指揮を執る食満留三郎の声に応じて、全員が地面に丸く座り込んだ。
まだ眠そうな顔の者もいるが、その目はどこか引き締まっている。
食満:「目的地はこの近くの町にある遊郭。その一角に、敵方の悪主が潜んでいるという情報が入った。」
久々知:「悪主の名は“霞屋御門(かすみや みかど)”。数々の密輸や情報漏洩の黒幕として知られてる。」
浦風藤内が地図を広げ、遊郭の構造を指でなぞる。
浦風:「ここが“霞屋”って名の遊郭。規模はかなり大きい。悪主はここの奥座敷を拠点にしてるらしい。」
食満:「よって、2つの班に分かれて潜入する。」
久々知兵助
綾部喜八郎
羽丹羽石人
夢前三治郎
善法寺蓬
食満留三郎
斉藤タカ丸
浦風藤内
加藤団蔵
食満:「潜入班は遊女として内部に入り、直接悪主に近づけ。女装だ。」
一瞬の沈黙——
三治郎:「……え?ぼ、ぼくも?遊女……?」(目をぱちくり)
久々知は無表情のまま立ち上がり、あっさりと頷いた。
久々知:「命令ならやるだけ。」
綾部:「あ〜、女の子の着物って意外と動きにくいんだよねぇ。でも面白そう〜。」
羽丹羽石人:「よ、よもぎさんも、もちろん一緒に……?」
よもぎは涼しい顔のまま、袋にしまった毒薬の調整を続けていた。
よもぎ:「ええ。任務ですもの。もちろん参加いたします。」
団蔵は苦笑いしながら、タカ丸と顔を見合わせる。
団蔵:「……俺たちは地味に情報集めだな、タカ丸兄さん。」
斉藤タカ丸:「地味でも地道にが基本だ。外から包囲する方が性に合ってる。」
食満:「よし、行動は夜。日が沈んでからが本番だ。それまでに準備を整えろ。」
夜の町に、灯篭の明かりが揺れていた。香の匂いと三味線の音が交錯し、妖艶な空気が漂う。
その中に、不自然に美しい遊女たちの姿があった。
よもぎは深紅の着物に身を包み、髪を結い、顔には薄化粧を施していた。
久々知は黒と紫の渋い衣装で、完全に遊女になりきっている。
石人:「ボク、似合ってる……?(小声)」
綾部:「おぉ〜蓬ちゃん、ほんとに美人さんになったねぇ。悪主も一発で落ちるんじゃない?」
三治郎:「ぼ、ぼくこんな格好するの初めてだよぉ……!」
その姿を少し離れた屋根の上から見守る偵察班。
食満:「……すげぇな。久々知、顔まで女になってる。」
藤内:「三治郎、緊張して転ばなきゃいいけどな……。」
団蔵:「よもぎさん、肝が据わってるなぁ……」
タカ丸は無言で頷き、遠眼鏡で「霞屋」の構造を確認していた。
潜入班の五人は、それぞれ遊女見習いとして「霞屋」に雇われることに成功。
案内役の女将に連れられて、奥の部屋へと通される。
女将:「今夜は特別なお客様がいらしてるからね。誰が選ばれるかは分からないけど……まぁ、運よ。」
よもぎは周囲を観察しながら、耳を澄ませていた。
よもぎ(心の声):「……悪主がここにいるなら、まずは使用人や給仕から情報を得るべき。」
久々知:「別れて動いた方がよさそうだ。綾部、石人、三治郎、女将の動きを観察してくれ。」
綾部:「うんー。じゃ、行ってくるね〜。」
そのとき、廊下の奥から重そうな足音が響いた。
男の笑い声と、獣のような香のにおい。
???:「……ふふ、また美しい娘が入ったと聞いてな。どれ、今宵は誰を指名しようかの?」
——悪主、霞屋御門が現れたのだった。
よもぎは目を細め、静かに着物の袖の中の毒薬の瓶に手を伸ばす。
夜の遊郭「霞屋」は、提灯の光が揺れ、客たちの笑い声と艶やかな音楽が混ざり合っていた。
久々知兵助と綾部喜八郎は、店前に立ち、他の遊女たちと並ぶように姿勢を正していた。
店主:「ふむ……そこの二人。新入りか?」
久々知:「はい。兵助と申します。」
綾部:「喜八郎、って名前で〜す。」(にこやかに)
店主は一瞥したあと、頷いた。
店主:「14歳か。悪くないな。今夜は大事なお客様が来る。選ばれるように頑張れ。」
その言葉に綾部はほっと胸をなでおろす。
本当はまだ13歳だが、堂々と「14歳」と言い切り、年齢確認を切り抜けていた。
—
一方、年齢が足りない夢前三治郎(10歳)、善法寺蓬(11歳)、羽丹羽石人(11歳)は「禿(かむろ)」として裏方に回されていた。
よもぎ(蓬)は落ち着いた様子で、酒の用意や着物の手入れをしながら店の様子を観察していた。
三治郎:「ねえよもぎちゃん、ぼくたちって禿だから、表には出られないんだよね?」
よもぎ:「……ええ、でも禿は禿で、見られる立場ではあります。油断せず、観察を。」
石人:「あ、あの人……さっきからずっとこっち見てます……!」
三治郎と蓬の視線の先、奥座敷へと続く廊下の影から、ひときわ派手な着物をまとった中年の男が立っていた。
彼こそが、噂の悪主「霞屋御門(かすみや みかど)」であった。
—
御門はじろじろと禿たちを眺めた後、目を細め、ニヤリと笑った。
御門:「……今夜は禿の子たちが、なかなかの器量よのう。」
女将:「まぁ御門様、禿などより遊女を……」
御門:「いいのだ。わしの気分じゃ。そこの若草色の目の子(蓬)と、丸顔の子(夢前)……名を教えよ。」
三治郎:「え、えっと……治子です……。」
よもぎ:「蓬子と申します。」
御門は満足げに頷いた。
御門:「その二人を、今宵の宴に通せ。」
女将:「しかし……まだ若く……」
御門:「構わぬ。眺めるだけじゃ。」
その命令に、女将も渋々頷く。
女将:「……承知いたしました。」
—
久々知と綾部は、店前でその一部始終を目にしていた。
久々知(心の声):「まずいな……御門が目をつけたのは三治郎と蓬か。予想外だ。」
綾部(心の声):「うーん、でも逆にチャンスかも? 御門の懐に入り込めるかも〜。」
久々知は静かに頷き、後ろに控えていた石人に目で合図する。
久々知:「蓬と三治郎の様子を監視しろ。危険があれば、すぐに知らせろ。」
石人:「わ、わかりました……!」
—
その夜、夢前三治郎と善法寺蓬は、華やかな奥座敷へと通された。
御門:「うむ、可愛らしいな……さて、何を語ろうかのう……」
蓬は静かに笑いながら、杯に酒を注ぎつつ、目線を逸らさずに観察していた。
よもぎ(心の声):「この男……身につけている香……かすかに毒の匂い。調べてみる価値はあるか。」
三治郎はぎこちないながらも笑顔を作り、緊張した声で話す。
三治郎:「あ、あの……お酒、お強いんですね!」
御門:「ふふ、まだ子供じゃのに気が利くな。気に入ったぞ。」
外の屋根から、その様子を見つめる斉藤タカ丸と団蔵。
団蔵:「……あれ、蓬さんと三治郎が座敷に……!」
タカ丸:「やられたな。まさか御門が禿を指名するとは……だが、これで情報は取れる。」
団蔵:「でも、万が一ってことも……」
—
屋敷の奥、悪主の目の前に立つ二人の禿。
夜は深まり、宴は熱を帯び始めていた——
御門の奥座敷。
赤い絨毯の上、香炉から漂う甘い香の中、三治郎と蓬は御門の前に正座していた。
御門:「ふふ……それにしても、二人とも良い器量よのう。遊郭も年々不作じゃが……お前たちは別格じゃ。」
三治郎(心の声):「うぅ……この人、やっぱりただ者じゃない……!」
蓬は、わざと伏し目がちに、控えめな声で口を開いた。
蓬:「……あの……御門さま……寒くないですか……?」
その声音は、いつもの冷静な「優麗」ではなかった。
少し鼻にかかった、か細く甘えるような声。
そして不安げな目つきで御門を見上げる。
御門:「ほう……お主、名前は何といったな?」
蓬:「……蓬子……です。」
御門:「蓬子、か……。ふむ。お主は礼儀も仕草もよい。だが、他の子たちとは少し違うな。」
蓬:「……え?」
御門は目を細める。
御門:「普通、こういった場では調子に乗るものだ。だが、お主は……なんというか、少し物静かすぎる。怖いのか?」
蓬はわざとらしく、肩をすくめて小さく震えるふりをした。
蓬:「……すこしだけ……。でも蓬子、お役に立ちたいの。」
御門の目が細くなり、口元に笑みが浮かんだ。
御門:「……ふふ、面白い子じゃな。気に入ったぞ。」
(——演技成功)
—
座敷の片隅では、久々知と綾部が監視の名目で近くの部屋に控えていた。
久々知(心の声):「よもぎさん……“優麗”じゃない……あれは完全に別人格……。任務のために性格を変えたのか。」
綾部(ぼそっと):「ねぇ久々知久々知先輩、今のよもぎちゃんって…けっこう大胆だよねぇ……」
久々知(小声で):「ああ。でも、やり方は上手い。御門は完全に油断してる。」
—
その頃、団蔵とタカ丸は屋根裏に潜んで御門の動きを記録し、
浦風藤内と食満留三郎は外の見張りをしつつ、遊郭の裏口からの逃走経路を確保していた。
—
御門は膝を曲げて、蓬の肩に軽く手を乗せる。
御門:「蓬、お前のような子なら……わしのところで特別に育ててもよいのだがな……」
その言葉に、蓬の眉がわずかに動いた。
蓬(心の声):「……やはり、ただの遊び客ではない。“育てる”など、力を持つ者の発言。」
しかし、表情は一切変えず、蓬は甘えるように微笑んだ。
蓬:「……ほんとに? 蓬子、お役に立てるの、うれしいです……」
—
そのまま、御門は蓬に酒を注がせながら、商売の話や裏の人脈のことをぽつぽつと語り始めた。
三治郎(心の声):「よ、よもぎさん……すごい……! 話、引き出してる……!」
御門:「……そのうち、“彼”にも会わせてやろう。お前のような子は、あの人もきっと気に入る。」
蓬(心の声):「“彼”……やはりこの裏には、さらに上の存在が……!」
—
夜は更け、蓬は完璧に“蓬という別の仮面”を被りきり、悪主に取り入ることに成功していた。
御門が香炉の煙をゆったりと扇ぎながら、静かに話を続けている。
蓬はそっと鼻をひくつかせ、すぐにその香りに違和感を覚えた。
蓬(心の声):「この香り……ただの香ではない……。少しの匂いでわかる……これは……毒……!」
蓬は冷静を装いながらも、ゆっくりと息を吸い込み、微かに顔をしかめた。
蓬:「……あの、御門さま……」
御門は怪訝そうに蓬を見下ろす。
御門:「ん?どうした、蓬子。」
蓬はか細く、小さな声で話し始める。
蓬:「……昔、わたしの家の近所で……“アセビ”という植物を食べた方がいらして……翌日、亡くなったのです。」
御門:「アセビ……?」
蓬:「はい……あの香りに似た匂いがして……御門さまがお持ちの香にも、そういった毒は入っていませんか……?」
御門は一瞬だけ目を細めたが、すぐに冷静に答える。
御門:「……ほう……そんな話をするとは……なかなかの知識じゃな。だが、これは特別に調合された香でな。無害……とは言わんが、客に害を及ぼすようなものは入れておらん。」
蓬:「そう……ですか。安心しました。」
蓬は一瞬だけ息を整え、言葉を続けた。
蓬:「……ですが、もし御門さまがこの香を持ち歩いておられるのなら、少しはご注意を……。」
御門は蓬の言葉を軽く笑い飛ばした。
御門:「お主、よく知っておるのう。心配してくれて、ありがとう。だが、わしにはそんな心配は無用じゃ。」
蓬(心の声):「……毒を持ち歩いているのは確かだ……。だが、単なる脅しではない。彼の手には、より強力な力がある。」
蓬は表情を崩さずに、優しく微笑みながら話を切り上げた。
蓬:「はい……気をつけてくださいね、御門さま。」
—
その後、蓬は仲間にこっそり報告した。
蓬:「御門の香には、確かに毒が混じっている。だが、彼自身はその毒を致命的に使うつもりはなさそう。」
久々知:「なるほど。警戒を緩めず、接近し続けるしかないな。」
—
こうして蓬は、自らの観察力と演技力で敵の動きを読み取りながら、次の作戦へ備えた。
月が高く昇り、夜の帳が遊郭を覆っていく。
提灯の赤い灯が風に揺れ、町の喧騒も徐々に遠のいていく中——
蓬の前から、御門は何事もなかったかのように静かに立ち去った。
その背中を、蓬はしばらくじっと見つめていた。
蓬(心の声):「……毒を持っていたのは間違いない。あの落ち着き……きっと“慣れている”。何度も使ってきた毒……」
御門の影が路地裏に消えた瞬間、蓬はふっと力を抜いた。
蓬:「……ふぅ。」
—
その頃、遊郭の奥では、夜に向けた支度が進んでいた。
花魁たちは重たい衣を纏い始め、髪を結い直し、紅を引き直している。
若い遊女たちも静かに身を整え、控えの間に並び始めていた。
店の奥では、蓬と同じく変装していた久々知兵助と綾部喜八郎が、化粧の直しをしながらこっそりと話していた。
綾部:「……御門、帰った?」
久々知:「ああ。蓬さんの様子、どうだった?」
綾部:「んー、まぁ、うまくやってたんじゃない?甘えん坊なふり、ちょっと可愛かったかも。」
久々知:「……そうか。本人は真剣だったんだろうけどな。」
綾部はぼんやりと天井を見上げる。
綾部:「でも、やっぱり気になるねぇ。毒を持ち歩くって……普通じゃないよ。」
久々知:「ああ。それが“趣味”なのか“仕事”なのか……そこが分かればいいんだが。」
—
一方そのころ、禿(かむろ)として扱われている三治郎、蓬、石人は、花魁の支度を手伝いながら、控えめに動き回っていた。
三治郎:「蓬さん、大丈夫だった?すごく長かったよ。」
蓬は微笑んで、小さく頷いた。
蓬:「大丈夫。でも……あの人は危ない。きっと、“ただの客”じゃない。」
石人:「御門って、名前も偽名かもしれないね。」
三治郎:「ねぇ、僕たちって、このまま“禿”のふりを続けるの?」
蓬:「うん。敵の目を引かないほうがいいから……しばらくはね。」
—
夜の始まりとともに、店の前にも客が集まり始め、笛の音とともに遊郭の喧騒が戻ってきた。
衣擦れの音、紅の香、提灯の揺れる明かり——
そのすべてが、忍たちにとっては“敵の懐”の中での静かな戦場だった。
久々知(心の声):「さぁ……これからが本番だな。」
夜が更け、遊郭の明かりも徐々に落ち着いていった。
艶やかな一日の終わりを迎え、遊女たちはそれぞれ寝支度に入っていた。
控えの間の片隅、偽名「蓬子」として店に潜入している蓬は、布団を敷きながら静かに息をつく。
そこへ、しなやかな足取りで近づいてきたのは、店でも特に名の知れた花魁——
淡雪花魁。
優しく、穏やかで、禿(かむろ)や若い遊女たちから「若いお母さん」のように慕われている存在だった。
淡雪花魁:「よもちゃん、今日もお疲れさま。大丈夫だったかしら?」
蓬子:「はい……ありがとうございます。花魁がいてくださるので、なんとか……」
淡雪はふんわりと笑いながら、蓬の髪をそっと撫でる。
淡雪花魁:「お行儀も良いし、芯の強い子ね。すぐ人気が出そう……だけど無理はしないのよ?」
蓬子は少し照れたように笑い、こくりと頷いた。
—
少し遅れて、同じく店にいる偽名「善子」こと綾部喜八郎が、のんびりとした足取りで現れた。
善子:「あれ〜、淡雪花魁、蓬ちゃんと仲良くしてたのぉ?」
淡雪花魁:「善ちゃんも、こっちにいらっしゃいな。今日は二人とも頑張ったわね。」
二人は淡雪花魁の両脇に並んで座ると、自然と肩に寄りかかるような形に。
淡雪はそっと彼らの頭を撫でるように優しく抱きしめた。
—
蓬子(心の声):「偽りの名でも、こうして寄り添ってくれる人がいるのは……心強い。」
善子(心の声):「まさか、潜入中にこんなにホッとするなんて初めて…。」
—
夜の遊郭の中、淡雪花魁のもとで心の緊張が少しほどける蓬と喜八郎。
次に来る試練を知らぬまま、静かな夜が更けていった——。
—
つづく