テラーノベル
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次の日の夜。遊郭の灯がぼんやりと通りを照らし、店の中は華やかな笑い声と三味線の音に包まれていた。
だが、その夜、蓬子(蓬)と善子(喜八郎)が待っていたあの悪主の姿は、ついに現れることはなかった。
淡雪花魁がそっと扇を仰ぎながら、蓬子に言った。
淡雪花魁:「あら、昨日のお客様は今日は来ないのかい?ちょっと気に入ってる様子だったけどねぇ。」
蓬子:「ええ……けれど、来ないなら来ないで……」
(少し考えて)
蓬子:「他にお話を伺える方がいらっしゃるかもしれません。」
花魁たちの支度部屋では、蓬子、善子、羽丹羽(偽名:小羽)、三治郎(偽名:三葉)らがそれぞれ、他の遊女や禿たちと自然に話を交わしながら、悪主に関する手がかりを探していた。
**善子(喜八郎)**は、化粧中の遊女に話しかけた。
善子:「あの……昨日いらしてた背の高いお客様、いつも来られているんですか?」
遊女:「あら、あの方?うふふ、あの人ね……うちでも有名よ。よく香を振りまいてくるけど、あれ、正直キツくてかなわないのよ~。おまけに手を出すわけでもない、変わったお人。」
善子:「そうなんですか……どちらのお方か、ご存知ですか?」
遊女:「あたしは知らないけど、奥のほうにいる『紫苑姐さん』なら知ってるかもね。」
**三葉(三治郎)と小羽(羽丹羽)**は、禿たちの集まりでおしゃべりしていた。
禿A:「ねぇねぇ、小羽ちゃん、三葉ちゃん。あのお香くさいおじさん、知ってる?」
小羽:「うん、昨日、蓬子お姉さんにくっついてた。」
三葉:「どこから来たの?」
禿B:「たしかね、裏門から入ってきたって聞いたことあるー。おつきの人が店の人と話してたの、こっそり見たことあるよ!」
小羽:「へぇ……裏門……」
(小声で)
小羽:「それって、店の人とつながってるってことかな……?」
蓬子はというと、淡雪花魁と並んで座りながら、柔らかな会話の流れで情報を探っていた。
蓬子:「淡雪花魁。……昨日のお客様、たくさん香をつけておられましたね。」
淡雪花魁:「うん、あれはね、”黄香水”って言うのよ。かなり上等で、お金がないと手に入らないの。でも……」
蓬子:「でも?」
淡雪花魁:「あの香り、実は”禁じ香”って呼ばれてる。濃く吸い込むと、少し気が遠くなる人もいるのよ。妙な噂もあるの。」
蓬子は一瞬だけ目を細めた。やはり、香に毒が混じっている可能性は高い——。
淡雪花魁:「ま、私たちみたいに毎日吸ってりゃ慣れるけどねぇ……ふふ。よもちゃんはあまり近づかないほうがいいわよ。」
蓬子:「はい……ありがとうございます、淡雪花魁。」
夜も更け、灯が落ち始めた遊郭の裏では、もうひとつの動きがあった。
食満、タカ丸、浦風、団蔵たちは、それぞれ遊郭の周囲で見張りや探索を行い、悪主の出入り口や従者の動きを探っていた。
浦風:「裏門に馬車の跡……最近誰かが出入りしてるな。」
タカ丸:「香の残り香が強い。昨日のやつか……」
団蔵:「あの悪主、どうも店の一部の者と通じてるかもしれません。」
食満:「なら、明日こそ逃がさねぇようにしないとな。」
その夜、悪主は現れなかったが、彼らは確かに近づいていた。
情報は集まり始め、蓬たちは少しずつ悪主の正体に迫りつつあった——。
支度部屋の奥、香の煙がゆるやかに漂う空間。
蓬子は、淡雪花魁への挨拶を終えたあと、そっと鏡台に座る一人の遊女へと近づいた。
高く結い上げた髪に深紫の簪を差し、白粉の下に冷静な目元を覗かせるその女——それが時雨姐さんだった。
蓬子︰「時雨姐さん。お疲れ様です。」
時雨︰「ふふ、よもちゃん。そんな丁寧に呼ばれると、年を取った気がするわ。」
鏡越しに微笑んだ時雨は、うちわを静かにあおぎながら、蓬子に目を向けた。
どこか涼しげで、全てを見透かしているような瞳。
蓬子︰「あの……昨日いらしてたお客様のことで、少しお伺いしてもいいですか?」
時雨︰「あら、あの“香りのきつい殿方”のことかしら。うちでは、御門(みかど)様って名乗ってたわね。」
蓬子︰「はい。あの方、どこか変わったところはなかったでしょうか?」
時雨︰「変わってるも何も……あの方ね、言葉選びが独特なのよ。」
蓬子︰「言葉、ですか?」
時雨︰「ええ。昨日少しお話したけれど、あの人、まるで“何かを伝える役”のような口ぶりだった。……本心じゃなくて、“命令された通りに話してる”ような感じ。」
蓬子は目を見開く。
そう、それは喜八郎が感じた違和感とも一致していた。
時雨︰「それにね、身につけてた香——“黄香水”。あれ、普通の客が持ってこれる代物じゃないわ。」
時雨は自分の香箱から、小さな香袋を取り出した。
時雨︰「これ、以前似た匂いのものがあったから、記憶してるの。“黄香水”には、“眩香(げんこう)”が少し混ぜられていることがあるの。」
蓬子︰「……眩香。強く吸い込むと意識がぼやける……。」
時雨︰「ええ。遊女の中には、あの香りを嗅ぎ続けて、倒れた子もいたわ。裏で禁止されてるはずの香……なのに、あの御門様は堂々とつけてくる。」
蓬子︰「つまり……あの方は、裏の仕入れに通じている……?」
時雨︰「私にはそこまで分からないけれどね。でも、ひとつ言えるのは——」
少し言葉を切って、時雨は真剣な声で続けた。
時雨︰「あの御門様は、私たちを見て“楽しんでいる”のではない。“観察している”。そんな目をしていたわ。」
蓬子︰「……!」
その言葉に、蓬子は思わず背筋を伸ばした。
確かに、昨日の視線。自分たちの仕草を、一つ一つ測るような、冷たい目だった。
時雨︰「あまり深入りしないほうがいいわよ、よもちゃん。ああいう男は、表の“逢瀬”を楽しみに来てるわけじゃない。」
蓬子︰「……はい。ご忠告、ありがとうございます。」
時雨はそれ以上何も言わず、再び鏡に向き直る。
うちわの風が静かに頬をなでた。
(蓬子・心の声)
「時雨姐さん……あの人の正体に、何か気づいてる……でも、深入りしない。その賢さこそ、遊女としての“強さ”なのかもしれない。」
蓬子はそっと頭を下げ、その場を離れた。
御門の背後には、まだ見えぬ影。
だが——その輪郭は、確かに浮かび始めていた。
灯の揺れる夜——
艶やかに着飾った遊女たちが、笑い声を交わす華やかな表の顔とは裏腹に、裏では静かな緊張が走っていた。
蓬子・喜八郎・石人・三治郎。
彼らはそれぞれ、密かに掴んだ情報をひとつに重ねていた。
蓬子︰「……やっぱり、御門は“偽名”だった。正体は、将軍家に仕えていたかつての香師《こうし》。香を兵器に転用する術を持っていた人物……。」
善子︰「爆香(ばっこう)を使うって……まさか、ここを吹き飛ばすつもりなんじゃ……!」
小羽︰「なんで!?遊女たちを巻き込んで、何がしたいの?」
三葉︰「証拠を消す気だ。——この店の中に、御門と繋がっていた者がいる。たぶん、その誰かが“情報を漏らす”のを恐れてる。」
蓬子︰「……もしかしたら、私たち忍びを見抜いていて、“ここで仕留める”つもりかもしれない。」
喜八郎の喉がごくりと鳴る。
そのとき——
どんっ……!
突如、遠くから鈍く爆ぜるような音がした。
続いて、奥座敷のほうから「煙だ!」「咳が出る!」と、遊女たちの悲鳴が飛び交った。
蓬子︰「来た……!!」
廊下に広がる香のにおい——あの黄香水に似た匂い、だがさらに異様に濃く、胸が詰まるような苦しさがあった。
淡雪花魁の部屋でも、煙が立ち込め始めていた。
蓬子は振り返る。
蓬子︰「——みんな、急いで!こっちに!」
遊女たちを戸口に誘導し、咄嗟に手拭いを水で湿らせて渡す。
蓬子たちは、人々の避難を最優先に動いた。
だがそのとき——
天井裏で「カチ……カチ……」と、何かの装置の音が聞こえた。
三葉︰「爆香だ!!もう仕掛けられてる!!」
小羽︰「もう時間がない……!」
蓬子の目が鋭くなった。
蓬子︰「……女装は、ここまで。」
襟元に手をかけ、着物の中から忍び装束の袖を引き出す。
帯をほどき、一瞬で姿を変える蓬子。
その横で、喜八郎・羽丹羽・三治郎も、それぞれ女の顔を捨て、忍びの本性を露わにする。
薄紅の灯に浮かぶ、忍びたちの影。
石人︰「悪主は、すでにこの建物のどこかにいるはず……!」
三治郎︰「必ず捕まえる。……これ以上、命を弄ばせるものか!」
蓬︰「うん。」
その瞬間、爆香の煙がさらに広がり、遊郭の外では火の手が上がり始めていた。
悪主の狙いは、忍びたちの抹殺、証拠の抹消、そして何より「自分の姿を闇に沈めること」。
だが——
闇に沈むことを許さぬ影が、今、音もなく走り出していた。
つづく
コメント
2件
おk!雑部屋見とくね‼️めちゃ作品見てくれてうれpー😂
夢小説(二次創作)もクオリティー凄いね⁉️✨️ 時間あればleafちゃん専用雑談部屋見て欲しいな〜!