テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
レジスト・ドラゴン・オーガニゼーション。略称RDO。
設立当初は国連の一部署に過ぎなかったが、すぐさま独立した組織になっていった。なぜなら、国連など早々に機能しなくなったからである。
ドラゴンの出現と共に現れたデミオンの発見、ドラゴンスレイヤーの開発、対竜武装の開発、対竜防壁の開発など、現代人が生き残る上で基盤となったあらゆる技術を最初に生み出してきた。
それがゲオルギウス機関。
RDOの中核をなす研究機関である。
「リシャール主任! キャトル用の測定器ですが、実験車に設置完了しました」
「ありがとうシモン君。ところでキャトルの状態はどうだね?」
「ヴァンサンがチェックしてくれているはずです。しっかり調整もしていますし、特に問題はないかと」
「よろしい。極東で行う実験は向こうの時間で五月二十日に決まった。我々は輸送機で機材と共に向かうことになっている。くれぐれも慎重にな。我々の理論を実験する貴重な機会なのだ」
ゲオルギウス機関のある研究プロジェクトを担うダニエル・リシャールは今から高揚していた。実験が実験だけに、何度も挑戦することは難しい。理論構築とシミュレーションを重ね、十五年以上の歳月をかけてこの日を待った。
「主任、キャトルの状態チェック完了です。問題なしでした」
「ヴァンサン君か。今日もよくやってくれた」
「はい。ありがとうござます。これでキャトル計画も完遂できそうですね」
「ああ。トロワ計画が失敗して二十四年。そこから新しくキャトル計画を立ち上げ、ようやくここまできた。デュランテ博士にも礼を言わねばならないな。キャトル計画の初期には随分と協力してもらった」
リシャールは随分とご機嫌だった。
彼の頭にあるのは二十年以上かけた計画の実行と、そこから生まれる結果である。当然ながら、実験失敗における被害のことなど考えてはいなかった。
◆◆◆
五月十七日、キサラギは三機の大型輸送機を迎え入れた。全てRDOが有するものである。軍用に設計されたものであり、戦車を輸送することすら可能だ。それがキサラギの航空基地へと降り立った。
降りてくるのは統一された装備のドラゴンスレイヤーたち。そして次に技術者や科学者と思われるスーツの集団だった。
「来たわね」
「はい。水鈴様、あの方が今回の実験主任、ダニエル・リシャール博士です」
航空基地で待っていた水鈴も、今日はドラゴンスレイヤーとしての制服を着こなしていた。彼女はキサラギの統治者でもあるが、本来は前線で戦うドラゴンスレイヤーである。それにキサラギには礼服など作っている資源の余裕がないため、正装として通用する制服を着用していた。
水鈴は秘書の夏凛を連れ、一歩前に出る。
それに反応し、リシャールも護衛を引き連れて早足に寄ってきた。
「おお! あなたがキサラギの責任者、ミスズ・キサラギさんですね? 出会えて光栄です」
「ええ。ダニエル・リシャール博士ということでよろしいわね?」
二人は英語で挨拶を交わす。
互いにフランス訛り、日本語訛りこそあれ、通じないことはない。
人類はドラゴンという脅威に晒されて以降、より協力的な体制を取るために言語の共通化を進めてきた。日本も例に漏れず英語教育の強化を実行し、特に竜殺一族ともなれば子供でも英語でのコミュニケーションが可能だ。論文にしろ交易にしろ協力関係を結ぶにしろ、言語の壁が立ちはだかっては話にならない。
ただ、その反動として日本語教育は徐々に薄れ、漢字も最低限になりつつある。世代を経て、カタカナの名前も増えているほどだ。
#コンプレックス
「さて、紹介しましょう。私の助手のパスカル・シモン君とアレクサンドル・ヴァンサン君だ。そして今回の実験を支援するべくゲオルギウス機関が送ってくれた勇士たちもいますよ」
「勇猛な方々のようね。流石は世界最大の竜に抗う組織といったところかしら」
「何をおっしゃる。極東のシノビたちの噂は我々にも届いているとも。君たちの装束……それが伝統的なニンジャをモチーフにしているという最強の装備か」
「いえ、そういうわけではないのだけど……」
水鈴は少し困ったように首を傾げる。
確かに、このキサラギのドラゴンスレイヤー制服は忍者を思わせる。初期はプロパガンダの意図もあり、侍をイメージして着物に似せた服を強化繊維で作ろうとした。だがいかんせん、着物という服は動きにくい。ドラゴンと命懸けで戦う以上は戦いやすさが優先され、デザインは身体のラインに沿うように変えられた。様々な試行錯誤の結果、侍の着物と忍装束が融合した漫画やアニメにありがちなデザインとなったのである。
要するに、海外の人々が想像するステレオタイプな見た目となったわけだ。
そういった経緯があり、キサラギのドラゴンスレイヤーをシノビなどと呼ぶ人物もいる。
「まぁ、情報収集や暗殺風の竜殺を重視しているし、あながち間違いでもないわね」
「ほう! やはり君たちに実験協力を依頼して正解だった。私も未知の領域、竜の巣は怖くてね。君たちほどの実力があれば、未知の場所での実験も問題ないだろう。構想二十年……いや、それ以上の時をかけた私の全てなのだ。どうか頼むよ」
「全力を尽くしましょう。さて、立ち話もなんですし、私たちの本部へ。ドラゴンスレイヤーの方々は宿舎を用意しているから、そこで自由に過ごして貰って構わないわ。機密もあるからある程度の制限はさせてもらうけどね」
「ありがたい。ただその前に私たちの実験機材の積み下ろしをしたくてね」
「確か実験車両があったのよね……夏凛」
意図を理解した夏凛はデバイスを操作しながら説明する。
「今回の実験において、実験車両一つ分と事前に聞きましたので専用倉庫を用意しました。倉庫のパスコードを渡します」
夏凛が小さなデータチップを見せる。
「このタイプのデータチップは対応していますか?」
「勿論だとも」
「ではこのパスコードを利用して倉庫の管理を行ってください。倉庫は後で私が案内いたします。また今後の予定ですが、本日は小さなミーティングの後お休みいただき、明日の早朝より詳細の会議を行います。明後日、十九日には出発しますので、そのつもりで準備をお願いします。では早速、案内いたします」
「お願いするよ。さぁ、みんなも手伝ってくれ」
リシャールが呼びかけると、ドラゴンスレイヤーたちは積荷を降ろすために動き始める。デミオンで強化されたドラゴンスレイヤーの体力なら、重労働も苦にならない。
その間、水鈴は夏凛に日本語で指示した。
「夏凛、監視は怠らないようにしなさい」
「分かっています。『シノビ』の実力を見せてあげましょう」
「あら。見せちゃダメじゃない」
「そうでした。では密かに、任務を遂行したします」
水鈴とて大人しくRDOに従うわけではない。
彼らが言うシノビのやり方で、抵抗しようとしていた。
◆◆◆
作戦を控えたシオンは暇を持て余し、キサラギの街を歩き回っていた。地上は居住区や工場区になっており、特に面白みはない。この都市に住む六十万の人々ほぼ全てが工場区の労働力なのだ。ただし一部の人は二月機関の職員だったり、研究員だったりする。また子供は全て義務教育により中学レベルまでの教養を身に付けることを強制される。研究職や医療従事者などを望むならば高等学校に進学し、卒業後は二月機関の研究室や病院で専門分野を学びつつ従事していくことになる。
ちなみに高等学校以上になると英語や数学や理科しか学ばせて貰えない。
だが、シオンは学校に行ったことがなかった。
(子供か……それに母親も)
ふと立ち止まり、居住区で遊ぶ子供たちを眺める。まだ義務教育年齢に至っていない幼い子供たちで、ドラゴンという脅威すら知らないはずだ。こうして対竜防壁に囲まれて一生を過ごす彼らは、もしかすると死ぬまでドラゴンを見ることがないのかもしれない。
シオンにはそれが羨ましく見えた。
(今度の任務に失敗すれば、あの子たちもドラゴンを見ることになる。それも最悪の、超大型かもしれない)
ドラゴンスレイヤーは誰でもなれる職ではない。
デミオンに適合しなければならないのだ。僅かとはいえドラゴンの因子を取り込むため、赫竜病という大きなリスクも孕んでいる。実際にドラゴンスレイヤーとして適合できる可能性は千分の一とも万分の一とも言われていた。
(あんな風に何も考えずに、純粋なままでいられたらどれだけ幸せか)
キサラギが都市を維持できるほどのドラゴンスレイヤーを確保できている理由は、かつての人体実験のお蔭だ。日本各地の機密研究所でドラゴンスレイヤーを生み出す研究が行われ、ドラゴンに適合した一族を生み出した。
その最初の一族が二月機関の如月家であり、シオンも系譜を継ぐ一人となる。
また如月家をベースとして新たな竜殺一族も作り上げられ、その名に『二』以外の数字が当てられた。
「……行くか」
自らにそう言い聞かせ、居住区の中心部へと向かう。
シオンの目的地は遠くからでも見える石の塔だ。形状としてはオベリスクのようで、わざわざこれのために一区画が整備されていた。限りある資源を有効活用するキサラギの方針に反するようだが、これには理由がある。
「今日も、多いな」
シオンは周囲に佇んでいる人々を見て呟いた。
彼らは目を閉じ、祈りを捧げているようにも見える。いや、事実として祈っていた。亡くなった家族や友人のために。
これはキサラギに存在する唯一の慰霊碑。そして墓地の代わりだ。
全ての死者を埋葬するだけの土地を確保できないため、代用として石の塔を建てた。この下に遺体や遺灰が埋まっているわけではないが、キサラギの住民はこれに向かって祷る。
勿論、シオンもそのために来た。
(こんなところで祈ったとして、赦されはしない)
殺した竜人のために。
あるいは竜人になりかけて、介錯した同胞のために。
(だが、せめて安らかに眠り、願わくば竜が消えた世で新たに生まれるように)
祷りが届くか、あの世があるのか、生まれ変われるのかは分からない。
しかし、シオンはそう願わずにはいられない。それは死者のためではなく、己のためにも。
「あなた、如月シオン?」
唐突に背中から声をかけられ、シオンは目を開いた。
振り向くと、そこには非常に顔の合わせ辛い人物、神無月セリカがいた。先日のこともある。とても仲良く会話という気持ちにはなれない。
「何か、用か?」
「別に。あなたがこんなところにいたからよ。まさか自分の罪悪感を紛らわせようとしている、なんて言わないわよね?」
否定できず、返す言葉を失う。
だがセリカにはそれで充分だったようだ。
「最低なのね。”仲間殺し”の如月シオン」
「そう、かもな」
「あんたがここに来る資格なんてない。さっさと消えてよ」
あの武器管理庫でのことを思い返せば、今は随分と落ち着いているようだ。しかしそれでも嫌悪と憎悪は消えていない。
命を預け合い、明日の希望を語り合う。ドラゴンスレイヤーたちにとって、仲間殺しは禁忌中の禁忌だ。それに小隊の仲間たちは、家族よりも強い絆で結ばれることすらある。必要なことだと頭で分かっていたとしても、手をかけることなどできない。それが普通だ。
「……あのまま竜人化した三一七小隊が更なる被害を増やしたとしてもか?」
「黙ってよ!」
慰霊碑の広場がシンと静まった。
祈っていた人々も何事かと驚き、真摯な静寂さは破られる。
「ああ、悪かった。俺は行くよ」
正論は時に相応しくないこともある。シオンは自分が少し感情的になっていたことを自覚した。悪し様に言われ、自分の言い分をつい口にしてしまった。
(そうだよ。俺にそんな資格なんてない。分かっているだろ)
自罰的に己を戒め、この場を去ることにした。