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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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ユカリとエーミとカーサがビアーミナ市の隠れ家へ戻ってきた時、街も屋敷も夢すら見ない深い眠りに就いていた。あいかわらず世界は淀んだ沼のような緑がかった薄明に覆われているが、どうやら夜と定められた時間帯だったらしい。ハーミュラーの時を告げる歌声すらなく、数日間も野宿が続けば徐々に時間がずれ、繰り返す営みに取り残されてしまう。


腹を空かせた野犬の気配も秘密を盗み見る梟の鳴き声も聞こえないが、ユカリたちの屋敷も凍り付いたように寝静まっている。それでも屋敷に入る方法は他にないのでくたびれた扉を遠慮がちに叩くとソラマリアがすぐに出迎えてくれた。まるで扉の裏で待っていたかのような素早さだ。


「ただいま、ソラマリアさん」とユカリは疲れを見せないように努めて明るく振舞う。

「ああ、おかえり」とソラマリアは寝不足の衛兵のように不愛想だが柔かい声色で応える。「エーミ? そっちはエーミだな。よかった。見つかったのか」


「シャリューレ!」エーミは仔犬のように駆け寄ってソラマリアに飛びつき、抱き締める。「お陰でシグニカから逃げ果せたよ!」

ソラマリアは仰け反りつつも抱きとめて、「もっと厄介なところに迷い込んでるではないか」と指摘する。

「迷い込んでないよ」とエーミは抗弁する。「もともとビアーミナ市に来るつもりだったし」


「ではモーブン領に迷い込んだのだな」

「もう! エーミのことはいいの!」エーミは矛先を変える。「それよりネドマリアは? シャリューレの妹だったんでしょ? エーミはネドマリアにもお礼を言わないといけない」

「ああ、それはだな……」と言ってソラマリアは言葉に詰まり、小さく頷く。


表情の変化は乏しく、何を考え、感じているのか、ユカリには分からなかった。


妹を失った姉は言うべき言葉が見つからないようなので代わりにユカリが話す。「エーミには色々と説明しないとね。でもとりあえず今夜は休んで明日にしよう」

「ユカリ」とソラマリアが囁く。「ベルニージュはどうした?」

「そのことも明日話すよ」


ユカリは悪い報せであることだけは表情で伝えた。




「それじゃあケブシュテラはレモニカで、シャリューレはソラマリアなんだね」とエーミはあらためて確認する。

「ええ、その通り」レモニカは気まずそうに硬い笑みを見せる。「ごめんなさい。あの時はこの身を明かすわけにはいかなくて。貴女はわたくしの恩人なのに」

「ううん。そんなの、気にしないよ」エーミは強い語気でレモニカを気遣う。「事情が、事情だし。それに恩人じゃなくて友達だよ」


その微笑ましいやり取りを見守って少しばかり心安らいでいたユカリとレモニカの目が合う。


「ユカリさま、お辛いようでしたら今しばらくお休みになってください」


レモニカに声をかけられ、ユカリは民に見送られて怪物退治に向かう英雄のように暗い感情を押し込め、行く末の戦いを見据えて一層気を引き締める。

クヴラフワの外ならば深い夜に活動する者たちが塒へと帰還するまでの時間を休んだ後、留守番をしていた皆に報告する為に暗くも明るくもない居間に会した。同様にたまたま報告に来たヘルヌスもいる。本当に偶然なのかは怪しいものだ。


いつもの通りソラマリアが立ったままで、ヘルヌスが立たされたままだが、皆で机を囲んでいる。

そうして全員が集まるまでユカリは軽食の用意をしながら留守番していた時のことを聞いていた。屋敷の掃除やユビスの様子見、それ以外にもシシュミス教団の手伝いをしたり、必要物資を買ったりしたそうだ。


「私は大丈夫だよ。それにベルだって」ユカリは信じる者の光を瞳に輝かせる。「たぶんベルがこの中では一番したたかだよね。順応性が高いというか何というか」


それでも記憶喪失のベルニージュの生命線である覚書は全て背嚢に入っていて、その背嚢を抱えたエーミとカーサだけがユカリと合流したのだ。再び記憶を失ったベルニージュは寂しい思いをしているだろうと思い、ユカリは悔しい気持ちになるが表に出さないように気を付ける。


そうしてユカリは軽食をつまみながら、モーブン領はジェムリーの街で、そのそばの湖で起きた出来事を報告する。『騙り蟲の奸計』のこと。シシュミス教団のこと。飴坊アメンボの姿の祟り神のこと。


ただしヘルヌスの前なので魔導書の手に入れ方だけは伏せた。前にヘルヌスがいた時にユカリはうっかり喋ってしまったのだが、結果的に『呪いを解けば魔導書が手に入る』は間違いだった。ほぼ手段は同じだが、本当は『呪われた土地神、祟り神を調伏すると手に入る』だったのだ。

大王国の戦士としてシシュミス教団に潜入中のヘルヌスがどこまで教団に話すのか、そもそも大王国陣営に報告できているのかはユカリたちにも分からないが、できていたとしても徒労に終わることだろう。


机の上には強大な力を秘めた一組の耳飾りが置かれている。首飾りの紫水晶アメジストに比べても遜色のない紅玉ルビーが炎の如く輝いている。


「こっちも試してみたけど、首飾りの時と全く同じ姿に変身出来た。使える魔法も全く同じっぽい。私とベルの変身した姿は違っていたから姿は行使者に準拠するのかもね。でも魔法は同じ解呪の魔法。楽器の種類は違ったけど」


話がカーサの下りになると皆が居間を見回す。蛇の影も形もない。


「今もこの場にいらっしゃるのですか?」とレモニカが誰とはなしに尋ねる。

「そのはず」とユカリは言う。「いますよね?」

「ああ、見ての通り」とどこかから聞こえる。


この類の冗談は姿が見えない者にとって必須の教養なのだろうか。ユカリはしばらく冗談の一つも聞けていない姿の見えないグリュエーを想い、悟られぬように落ち込む。


カーサは主であり友人でもあり、ユカリラミスカの母でもあるエイカを探して彷徨っていたところユカリたちを見つけ、追ってきたのだった。


皆が特に興味を惹かれたのはカーサそのものよりも、その透明状態が謎の闇に呑みこまれたことで引き起こされたという事実だった。

特にレモニカは喜色に頬を染め、歓声を上げる。


「つまりユカリさまのお母さまをお救いすることとユカリさまの心臓を取り戻すことが繋がりますわね!? どちらかを成し遂げれば自ずともう一方の問題も片付くということですね!?」


そしてクオルの魔物から庇われたことでユカリの心臓を失わせてしまったレモニカの罪悪感も払拭されるのだ。ユカリは少しばかり心が軽くなる。願ったり叶ったりだ。

そしてエーミの番となるとお互いに質問攻めだ。


「なぜクヴラフワに来たのですか?」とレモニカ。

「どうしてモーブン領にいたの?」とユカリ。

「なぜ機構にこれほど執着されているんだ?」とソラマリア。

「シシュミス教団に何か関係が……、別に良いだろ、質問くらい」とヘルヌス。

「ネドマリアはどうしたの? ソラマリアとはあの後ちゃんと会えたの?」とエーミ。

悲しみから醸される苦い沈黙と渋い静寂に包まれる前にソラマリアが説明する。「ネドマリアには会えたが、その後に死んでしまった。聖女アルメノンと相討ちになった形だ」


ネドマリアが聖女を死へと引きずり込んだのは、姉ソラマリアを攫った黒幕が救済機構だったことに起因する。ある種の復讐だ。聖女アルメノンもまた攫われた大王国の王女リューデシアであるはずなのだが、その人となりは機構の悪事を全て肯定しているかのようだった。


エーミは言葉を失う。自身を救った姉妹の片割れが亡くなったのだから、その悲しみは想像に難くない。


しかしユカリはヘルヌスの表情の変化の方に目を引かれた。信じられないとでも言いたげな、疑義を示しているようだった。正確に何を疑っているのかまでは分からない。聖女アルメノンが大王国の王女リューデシアであることは大王国でも広く知られているようなので、何かしら思うところがあるのだろう、とユカリは決めつけた。


そして今度はエーミが質問に答える番だ。


「用があるのはシシュミス教団の巫女ハーミュラーだよ。モーブン領にいたのはただの通り道。ハチェンタから南の亀裂蓋を越えてクヴラフワに入ったからね。機構がエーミに執着するのはエーミが一番聖女の席に近かったから、だと思ってたけど。こんな時のための沢山いる予備だろうに。変な話だね」

ユカリは疑念を抱く。「モーブン領が通り道だったとして、呪われた湖に近づいた理由は?」

「……ちょっと、その、探し物、というか」


「湖に……? あ! もしかして! ちょっと待ってて!」ユカリは急いで合切袋の元へ行き、浄化した湖の岸辺で見つけた硝子の人形を持ってくる。「もしかしてこれ!?」

「それ!」エーミは飛びつくようにしてユカリから受け取る。「見つけてくれたの!?」

「たまたまね。運が良かったよ。それで、それ、エーミの……、大丈夫!?」

エーミは硝子の人形を握りしめ、大粒の涙を零す。そして「ありがとう。見つけてくれて。ありがとう」と繰り返した。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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