テラーノベル
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ジョルノ国の王都から遠く離れた辺境の地に、モーメントという名の小さな街がある。
深い森の中心部に存在するモーメントは国から完全に隔離された街であり、外部から訪れる者はそういない。
そんな街の中にある小さな木造の家には、両親を亡くした若い姉妹が二人暮らしをしている。
決して豪邸ではない古びたボロ家の玄関のドアは全開になっていて、外では老若男女10人ほどが並んで順番待ちをしている。それは来客ではなく患者であった。
玄関から室内に入ると、リビングには大きめの四角い木のテーブルが1台置かれているのみ。ここを診察室として患者と薬師が一対一で向かい合って座る。
「ランナちゃんのお薬は本当によく効くから助かるわぁ~」
患者の初老の女性は、ニコニコと満足そうに微笑みながら正面に座る金髪の女性の手を握る。
「大した薬ではないですが、喜んでもらえて良かったです!」
ランナと呼ばれた女性は明るくハキハキとした口調で笑顔を倍返しする。金色のキラキラとした瞳は、室内なのに日の光を反射しているかのように輝いている。
金色の長い髪と金の瞳を持つ聖女のランナは、まるで太陽の化身であるかのように人の心までも明るく照らす。ここに来る患者は何よりもその笑顔に癒される。
「ランナちゃんのお日様みたいな笑顔が一番の薬ね。でも本当にお薬は私の腰痛や肩凝りに効くのよ。はい、これお代ね」
女性は床に置いていた大きな布の袋から大根やキュウリなどの緑の野菜を取り出してテーブルの上に並べていく。それを見たランナの太陽の瞳がさらに輝度を増す。
「わぁ、大きな大根! キュウリも美味しそう!」
「ふふ、立派でしょう。ウチの畑で収穫したのよ」
「ありがとうございます。いつも助かってます!」
「いえいえ、こちらこそ。またよろしくね」
ランナは女性を玄関先までまで見送ると、ついでに外の様子を確認する。玄関の外には、まだ患者が10人ほど並んで待っている。
時刻はもうすぐ午後5時。日が暮れ始めてはいるが、聖女の姉妹の診療所の仕事はまだ終わらない。
リビングに戻るとテーブルには長い黒髪の女性が着席している。彼女はランナの実の姉だが容姿は似ていない。共通するのは金の瞳の色だけで、ランナよりも大人の落ち着きがある。
「ランナ、お疲れ様。交代の時間よ」
「うん。ポーラ姉さん、あとは頼んだ!」
19歳のランナと、20歳のポーラは聖女で薬師の姉妹。昼と夜の時間で診療を分担している。昼担当の妹・ランナは明るい性格で、夜担当の姉・ポーラはクール。
二人は特殊な聖女の血を引いていて、診療と薬の調合を一人で行える。医者と薬剤師、両方の能力を持つ聖女と言える。
聖女の二人が着ているのは修道服でもドレスでもなく質素な白のワンピース。高貴でも裕福でもない二人にとって、薬師は生きるための職業でもあった。
そんなある日の昼下がり、診療所に見慣れない患者が訪れた。テーブルを挟んでランナの正面に座った男性は黒い貴族服とマントを身に着けている。
いつも明るいランナから笑顔が消える。人見知りではないランナが表情を強張らせるのは珍しい。
「初めまして、ですね……何が目的ですか?」
「あれ? 冷たいなぁ。患者に決まってるじゃん。普通は最初に名前を聞くもんだろ?」
子供のように無邪気に笑ってはいるが、この男性は20代前半くらいだろう。煌めく金色の髪と赤い瞳という容姿は珍しいどころか人間離れしている。
まるで天使の光と悪魔の瞳が融合したような得体の知れない存在。聖女の血を引くランナの本能が彼を警戒している。
「そうですね。では、お名前は? 私はランナです」
「オレの名はヒル・ヴァクト。どんな薬でも作れる聖女がいるって聞いてさ、王都から来たんだよ」
それを聞いたランナは眉をひそめる。それには2つの理由がある。まず第一に、聖女の血を引くからって魔法の万能薬を調合できる訳ではない。
「ヴァクト様、それは思い違いです。私は大病に効く薬は作れません。せいぜい風邪薬、あとは肩凝りや腰痛を和らげる薬くらいです」
「え~、嘘だね! だって外は大行列だったよ? あ、分かった! みんな薬じゃなくてランナちゃんが目当てなんだ。そうだろ?」
「…………」
テーブルから身を乗り出して楽しそうに迫ってくるヴァクトとは逆に、ランナは怪訝な顔をして身を引く。
(この人……なんなの? 見た感じは高貴な身分っぽいけど)
ランナとポーラの姉妹の母親は聖女だが、二人とも受け継いだ血は薄く聖力は弱い。それでも魔法薬を作れる聖女は今ではこの姉妹のみなので、噂を聞きつけて遠方からやってくる者がたまにいる。
どうやって追い返そうかとランナが考えていると、先に何かを思いついたヴァクトはポケットから小さな布の巾着袋を取り出してテーブルの上に置いた。
「分かった、お金だろ? もう、そう言えよ。ほら、金貨なら山ほど持ってきて……」
「はぁ……。だから、お金じゃないの。バカにしてるの?」
大きなため息をついて対応するランナは自然とタメ口になっていた。無礼で嫌われても構わない。外で待っている患者は大勢いるので、早くこの男を帰らせたい。
しかしヴァクトは不快な顔をしない。むしろタメ口が嬉しかったのかテンションが上がり続けていく。
「お金いらないの? タダって訳じゃないでしょ。どうやって生活してるの?」
「野菜とか衣類をもらってるの」
この診療所では診察代として食料や服などの物品を対価として受け取る。贅沢とは言えないが、それだけで十分に暮らせている。
ヴァクトは視線をそらして何かを考えた。その時の彼の赤い瞳は暗い闇を纏っていたが、すぐにランナに向かって明るく微笑む。
「なるほどね、分かった。金目の物なら持ってるし。じゃあ診察してよ」
こんなに元気で顔色がいいのに、どこが不調なのか。それでもランナは薬師として対応をしなければならない。
「……今日は、どうされたのですか」
「うーんと、あ、そう! ちょっと風邪気味でさ、咳と鼻水が出て。風邪薬が欲しいな」
明らかに今、適当に考えた症状だろう。鼻声でもないし咳なんて一度もしていなかった。嘘だとも言えないので、ランナはそれを真面目に受け止めるしかない。
「分かりました。では診察します」
ランナはテーブルの上に置かれたヴァクトの両手を握る。両手で握手をしているような状態だ。ヴァクトは驚いて赤い瞳を見開いて丸くしている。
「へっ? なに、ランナちゃん、オレに惚れた?」
「ちがう、生気を読み取ってるの」
「聖気? オレは聖者じゃないぞ」
「生命力の事よ。その人の生気に合わせた薬を調合するの」
生気は一人一人、色も強さも違う。ランナは聖女の能力で生気を読み取って、患者の心身に効果的な薬を調合できる。
ランナは目を閉じて、ヴァクトの手の平から伝うようにして彼の心臓、心の奥へと意識を入り込ませて生気の状態を確認する。
(え、なに……この色?)
ランナの脳裏に映ったのは、今までに見た事のない生気の色。複数の色が混ざっていて何色とも呼べない。
朝日のように眩しい白の中に、昼間の太陽のような金色が差し込み、夜の闇のような漆黒も渦巻いている。
それらの色は馴染む事がなくマーブル状に絡み合い、ランナの意識の中で禍々しい渦となって迫り来る。
身の危険を感じたランナは目を開けると、両手の握手を解いて素早く手を引っ込める。その手は小刻みに震えている。
「あなたの生気、普通じゃない。人間? 何者なの?」
「失礼だなぁ、オレは王都から来た普通の人間だって。なぁ、早く薬をくれよ」
「……風邪薬でいいのね?」
「いいよ」
ヴァクトが何者かは知らないが、深く関わらない方がいい。そう思ったランナは感情を抑えて立ち上がると、背後の木製の棚から小さなガラス瓶を取り出して持つ。
手の平に収まるくらいの小瓶の中には白い細粒が入っている。それをテーブルの上に置いて再び着席する。ヴァクトは相変わらず無邪気な赤い瞳で興味津々だ。
「お、それが風邪薬なのか?」
「まだ、ただの米粉。これから調合するの」
「米粉から薬を作るのか! 面白いな」
ランナは瓶を両手で包んで目を閉じる。先ほどのヴァクトの生気のイメージを脳内で再現して瓶の中に注ぎ込むと、瓶の中の白い粉が色付いていく。
やがて白と金色と黒が混ざった、なんとも禍々しい色合いの粉薬が出来上がった。ヴァクトは瞬きを忘れて食い入るように見ている。
「わぁ、すげぇ……! でも変な色だな。毒薬みたいだ」
「これはヴァクト様の生気の色。ヴァクト様の身体に合う風邪薬よ」
とは言うものの、見た目はまさに毒薬。これを調合したランナ自身が苦笑いをしてしまう。
生気の色は人それぞれだが、今まで診てきた患者は必ず単色だった。しかしヴァクトは複数の色を持っていて混沌としている。その色味は不気味としか思えない。
色は悪いが調合は失敗してないので、魔法の薬に間違いはない。ランナはその薬の瓶をヴァクトに手渡す。
「1つだけ注意して。その薬はヴァクト様の身体に合わせて調合したの。他の人には絶対に飲ませないで。体に毒だから」
「分かった、オレ専用の薬だね。じゃあ、診察代を渡すよ」
ヴァクトは再びポケットの中に片手を入れると小さな金属の輪を取り出した。そして突然、ランナの左手を取って握る。
「え、診察は終わったってば!」
驚いて手を離そうとするランナだが、ヴァクトの手の力が強くて振り解けない。ヴァクトは素早くもう片方の手でランナの薬指に金属の輪をはめる。
そしてヴァクトの手から解放されたランナが自分の左手を見ると、薬指には金色の指輪が輝いていた。
「え? これって……?」
「診察代。受け取ってよ」
それだけ言うと、ヴァクトは席を立って早々と帰ろうとする。ランナは薬指を見つめていた視線をヴァクトの背中に向ける。
「ちょっと待って、この指輪って純金? こんな高価なもの受け取れない!」
遠ざかろうとするヴァクトの黒衣の背中が止まった。かと思うと、その背中は上下に軽く振動している。明らかに笑っている。
ゆっくりとランナの方を振り返ると、その顔は太陽のような眩しい笑顔。
「高価じゃないよ、効果はあるけどね。じゃあ、また来るね。愛してるよ」
わざとらしく投げキッスの仕草をすると、ヴァクトは診察室を出て玄関の外へと立ち去って行った。
ランナは椅子に座ったまま呆然としていたが、再び左手の薬指の指輪を見て困惑する。
(効果はあるって……どういう意味?)
左手の薬指の指輪がどういう意味を持つかよりも、ヴァクトの言葉の意味の方が気になる。ランナにとって指輪は高価な貴金属の塊という認識しかない。
……それに、貴族の男性とは挨拶のように『愛してる』という言葉を使うのだろうか。
恋愛経験がなく生きる事だけで精一杯だったランナにはヴァクトの言動が理解できない。
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