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朝、目覚めてすぐに視界が眩む。
「あれ?」
ゆっくりと体を起こし、体の異変を探るが、頭も痛くないし節々のダルさも感じない。
「あーあーあー」
喉も痛くないし、声も普通に出る。
「腹減ったのかも。」
空腹での不調かと思い、身支度を済ませると部屋を後にした。
「おはよう、純也。」
食堂へ到着すると、先に来ていたチームメイトから声をかけられる。
いつもとかわらず、軽く返事をしながら朝食を物色する。
「おはよう、純也。今日もいつもので良いか?」
「んー、いや、今日はバナナでいっかな。」
そう言ってバナナを手にすると、いつも料理を作ってくれるシェフが顔を覗かせる。
「もしかして、体調悪い」
「いやいや、多分時差ボケ!」
「純也が時差ボケなんて珍しいな。」
目を丸くさせて言うシェフに、純也自身も珍しいこともあるもんだと笑った。
基本、どんな場所に行っても適応出来る体質だと色んな国で試合をする度に実感していた。
だから、今回のような事は本当に珍しい。
「純也、時差ボケなんだって?」
シェフから聞いたのか、森保監督がすぐに声をかけてきた。
「みたいっす。」
「大事を取って今日のトレーニングは軽いものでいいからな。」
「いえ、別に体に不調は感じないんで、問題ないっす。」
「そうか?あまり無理するなよ。」
うっす。と軽く返事をして純也は監督から離れる。
今も普通に歩けているし、視線を向ける場所もいつも通りの視界が広がっている。
「おー、純也。」
「はよ。」
「バナナだけって、どこぞのOLやねん。」
先に来ていた南野に声をかけられ、純也は空いている席に座るなり、茶化してくる南野にうるさいと一言返す。
「バナナだけは少ないから、もう少し食べたらどうだ?」
「これだけで大丈夫。」
「ヨーグルトとか、向こうにサラダもあったぞ。」
「航はおかんか。」
甲斐甲斐しく声をかける遠藤に純也がつっこむと南野や近くのテーブルにいた久保達若手組も手を叩いて笑う。
そんな周りの反応など気にもせずに遠藤は真っ直ぐ純也を見ていた。
「純也。俺達はもう30代で20代とは違うんだ。だから、20代と同じ感覚でいちゃいけないんだからな。」
「分かってる。心配しすぎだって。」
「まぁ、純也の偏食は今にはじまった訳でもないしな。」
そう南野がフォローをいれると、純也はうんうんと頷き遠藤は呆れたようにため息を吐いた。
「純也君、なんか調子悪い?」
「へ?」
いつものトレーニングで、最近は一緒に組んでいる三笘がふと純也の顔を覗き込む。
朝食は減らしたが、トレーニング中は本人も気づかない程、いつもと変わらない体調なのに、心配そうに見つめている。
「なんか、いつもと違うけど何かあった?」
「いや…まぁ、朝軽く目眩したけど、他は異常ないし、問題ないけど。」
「ふーん。」
純也の返事を聞きながら、まじまじと純也を見ていた三笘は、釈然としない返事をして会話を終了させた。
『なんだ?』
三笘の態度に違和感を覚えながら、それでも体に違和感などない純也は考えるのを辞めてトレーニングの続きへと意識を向けた。
「それじゃ、今から2つのコートを使ってゲームをする。本番に向けたゲームだから、負けたチームはグラウンド5周を行って貰う。」
それじゃ、各自準備!という監督の号令後、各々少数チームに別れた。
「菅原!」
後ろから走り込んできた菅原へタッチでボールをパスし、菅原がそのままシュートする。
が、そのボールは枠を捉えることなく転がっていく。
「ごめーん、純也君!」
「決めろよな~。」
謝罪しながら戻ってきた菅原に純也は呆れたように腰に手を置きながら伝える。
本気ではないが、本心であることを理解している菅原は、ほっぺを両手で叩き、気合いを入れ直した。
そして、キーパーである大迫のボールキックからゲームがスタートし、視界に相手チームの敬斗を視界に捉えながらボールを追って走っていると、急にグラッと視界が揺れた。
『あれ?なんか、体がうごかな』
走っていた体勢から急に体が動かなくなり、純也はそのままどうすることも出来ず、体が前傾姿勢のまま倒れていく。
『手、つかなきゃ』
そう思っていても体がピクリとも動かない。
どうすることも出来ないまま、地面にぶつかりそうになった純也の体を勢い良くスライディングしてきた体が受け止めた。
「純也君!怪我は?」
「薫?お前、別コートじゃ」
「全力疾走したから、過去最高記録かも。」
「えー、ボルトもビックリ…じゃ…ん」
『あれ?薫の声が…どんどん…遠くな…』
他愛ない会話をしながらなんとか体勢を整えようと考えていたのに、意識がどんどんと遠退いていく。
三笘の呼ぶ声を遠くに感じながら、純也は意識を失った。
「純也君!」
「薫、担架呼んだから落ち着け。」
肩に手を置きながら、優しい声で言う遠藤の言葉に、三笘はゆっくり平静さを取り戻していった。
「朝、ちゃんと食べへんかったから貧血でも起こしたんちゃう?」
「だからサラダも食べろって言ったのに。」
三笘の頭上で呆れた声で喋る遠藤と南野の会話に苦笑していると監督が近づいてきた。
「純也は起きた際に目眩を起こしてたようだ。原因は分からないが、一先ずフランスから来た拓実と敬斗はこっちに来てくれ。」
そう呼ばれた南野と敬斗が返事をして監督について行こうと歩き出したとき、何かに気づいて足を止めて振り返った。
「薫も純也と一緒に医療室に行くように。」
「いえ、俺は」
「怪我明けにトップスピードを出したんだ。安静にしていなさい。」
ピシャッと反論を許さない圧で伝えると、後は頼むとキャプテンである遠藤に声をかけ、監督達は歩き出す。
そのタイミングで担架が到着し、三笘の腕から純也を担架の上へと移動させる。
「さ、行こうか。」
「はい。」
純也の足側の担架を持ちながら、長谷部に優しく声をかけられ、三笘は一緒になって医療室へと向かった。
「薫君は純也君が絡むとすぐに無茶をするんだから。」
「まぁまぁ。」
「すいません。俺、近くにいたのに…」
三笘達の後ろ姿を見ながらブツブツと文句を言う碧に遠藤が宥めると、菅原が申し訳なさそうに謝罪した。
「いや、近くにいた菅原も敬斗も悪くないよ。」
「でも」
「むしろ、力が入っていなかっただろう純也を至近距離の2人が支えた方が大怪我に繋がっていたかもしれない。」
「…そういうもんなんっすか?」
「そうそう。 勢いついてたから支えられたと思うぞ。」
『知らんけど。』
と心の中で思いつつ伝える遠藤の言葉に、原理は理解しないがそんなもんなのかと菅原は納得した。
同じくちゃんと理解していないと思われる久保も、まだ肩を落としている菅原に腕をまわし元気づける。
「にしても、薫君は本当に足早いっすね。」
「ここからやと、結構距離あるやんな。」
三笘が走った距離を見ながら、律が感嘆の声をあげると隣にいた鎌田も三笘がいた場所へと目を向ける。
「薫は異変に気づいてたっぽいぞ。」
「え?」
「まじ?」
「ゲーム中、意識が反れる場面が何回かあったから、拓実とそろそろ注意するかと声をかけようと思った瞬間、気づけば走り出してた。」
そうため息混じりに言うと、佐野が驚きで目を見開く。
「集中してなくて、あの動きが出来るんですか。」
「な、恐ろしい男だよな。」
「そうは言っても、海舟はいい動きが出来てたぞ。」
そう鎌田が声をかけると明らかに嬉しそうな顔をする佐野に瀬古が良かったな。と絡みに行く。
『さて、これからどうしたもんか。』
ここからの事を託されてしまった遠藤は、談笑するメンバーを見て肩を竦めながらため息をついた。
「ん…」
目を覚ませば知らない天井。
『あれ?俺、ゲームして…』
何が起こったのか少しずつ覚醒しながら思い出す。
「純也君、大丈夫?」
「かお…る?」
朧気ではあるが、名前を呼ぶ純也に三笘は心底安心した顔をした。
その顔を見て、純也はハッとする。
「俺」
「うん。ひとまず、今の状況を伝えても良い?」
混乱している純也の言葉を遮り、三笘は落ち着いた声で優しく話かける。
その声に、純也は力を抜いてベッドに体を沈めると頷く。
「純也君が倒れた原因はウィルスが原因だったみたいなんだ。」
「ウィルス?」
「そう。フランスから持ってきちゃったみたいで、すぐにフランスから特効成分を聞いて対処してくれたから大丈夫。」
「そっか。それで点滴。」
「うん。他のみんなも一応検査をして問題ない事を確認済みで、今はそれぞれで行動してる。」
その報告を聞き誰かに移ったわけでもなく、フランス組が無事だったことも知りホッと胸を撫で下ろす。
が、目の前には救ってくれた本人がいる。
「薫はどうして」
「俺は、怪我明けでトップスピードを出したからここで待機だって。」
そう苦笑しながら伝えると、明らかに表情をくもらせた純也が目の前にいた。
「純也君は気にしなくていいからね。」
「でも」
「体が勝手に動いちゃった事だから。」
そう照れた顔で伝える三笘が何故照れているのか分からず、純也は不思議そうに首を傾げる。
「好きな人がピンチだと、体は勝手に動くもんだよ。」
「バッッッ」
顔を覗き込み、囁くように伝える三笘にやっと真意が伝わり今度は純也が顔を赤くした。
その姿に三笘は満足そうに微笑むとベッドの脇に肘をつき、そのままコテンと横になった。
そんな三笘とは逆に純也が体を起こすと、三笘は幸せそうな顔で横になっている。
そんな三笘に、純也は被さるように顔を持っていくと、頬に口づけた。
「え?」
「お礼///」
今までこういった行動を恥ずかしがって自分からした事がなかった純也は顔を反らし腕で顔を隠している。
「どうせなら頬じゃない方が良いな。」
「ちょっっ」
隠していた腕を奪ってそのままの勢いでベッドへと純也は沈められた。
純也の上には腕を掴んだまま離さない三笘の姿。
「誰か来たらどうするんだよ!」
「大丈夫。俺、速いから✨」
「お前なぁ。」
呆れながらも、嫌じゃない純也は三笘の顔を真っ直ぐ見つめる。
会話なんていいから、早く来い。
と言わないけれど視線で伝える。
その姿に同じ気持ちなのだと察した三笘は、ゆっくりと純也の唇と自分の唇を重ねた。
あれから点滴が終わり、長谷部監視のもと医療チームの診断を受けると、2人とも無事解放された。
「あー、やっと解放された!」
んーっと腕を上げて自由になったことを喜ぶ純也の横で、三笘はなんとも言えない顔をしている。
「なんだよ。」
「いや、もう少し2人で居たかったかなって。」
「ばーか。ずっとベッドで横になってたら体が怠るだろ。」
『普段、何もなかったら寝てるくせに。』
人差し指を立てて得意気に言う純也に、心の中でツッコミつつ三笘は苦笑した。
「そうだね。早く本調子に戻さないと使って貰えないかも」
「恐ろしいこと言うなよな!」
う゛っと睨む純也に涼しい顔で受け止める三笘の横顔を見つめる。
『俺だって、もっとお前と2人で居たいつっーの。』
最近はカメラが入っても一緒にいるようにしているが、それもトレーニングの時くらい。
トレーニング以外で一緒にいると、うっかりプライベートの顔をしてしまいそうで、出来るだけお互いに目を合わせないように意識している。
「次のシーズンはじまる前に、少し時間作る。」
「うん。どこ行きたい?」
「お前が移籍しない場所。」
「何それ。」
甘く笑い、ゆっくりと近づき触れ合う手に純也は心地良さそうに目を閉じた。
『この願いはきっと薫の移籍で叶わない。』
そう思いながらも、2人繋がっている手の温もりを更に感じるために強く握る。
「純也君?」
「ほら、さっさとみんなの所に戻ろうぜ!」
ゆっくりだった歩幅を少しだけ広げ、繋いだ手を引く。
離れることなく握られたままの手に安心しながら、みんなが待っている講堂へと向かった。
Fin