にゃん♪にゃん♪にゃん♪
ポカポカと陽のあたるリビングで、僕はちいに、ノラ猫集会で習った歌を教えている。
この歌を教えることで、僕はちいの発声法を矯正しようとしているんだ。
ちいは、多分お母さんからきちんとした発声 を習っていないんだろう。
ミュッミュッと、およそ猫らしくない変な声を出す。
もっと口を開けて、腹筋を使うんだよ」と言うと、キャッという声になる。
最近になってずいぶん体格の良くなったちいは、そのトラっぽい顔つきも手伝って、見た目にはほれぼ れするくらい、立派な
オス猫だ。
が、問題はその声だ。精悍な顔だちに似合わず、可愛いすぎる。
確かに性格はまだ幼いところが残っていて、茶目っ気たっぷりの部分もあるので可愛いのは構わない が、それにしてもサル
のような声だけは勘弁してもらいたい。このままでは猫として半人前だ。
「ねえ、まるちゃん。もうこの、にゃん♪にゃん♪っていう歌、飽きたよ。こんな古い懐メロみたいな歌やめて、少し体を動
かそうよ。これから廊下を何回往復できるか競争するっていう遊びはどう?」
「ちい、やめてくれよ。僕の足のこと知ってるだろう。運動なんかしたくないよ。ちいが、走りたかったひとりで走り回った
らいいよ。その代わり歌の練習が終わってから……」
言い終わらないうちに、僕のおでこ目がけて強烈な猫パンチが飛んできた。
「さあ、まるちゃん、こっちだよ!」
「やめろ! その猿の赤ちゃんみたいな声」
気が付いたら、僕はちいの後を追いかけて走っていた。多分、みっともない走り方してるだろうな。
だけど、後ろ足がうまく動かせない僕は、こうやっておしりを振りながらうまく左右のバランスをとっ
ていれば、走っているような気持ちになってくる。
全然速くなくて、おまけに猫らしくない変な走り方だけど、こんな風にすれば、なんとか走れるじゃな
いか!
目の前の風景がキラキラと輝いてきた。部屋の中の椅子や机や花瓶たちが、僕たちを温かく見守ってく
れている。
「ここだよ~まるちゃん。さあ、僕をつかまえてよ」
無邪気に走っていくちいを追いかけながら、僕は、またちいに教わったなと思った。
―ちい、口に出すのは照れくさいけど、ありがとう。
これは、僕の足のリハビリなんだね。そして、僕の偏った考えの矯正でもあるんだね。
僕の、この”おしり振り走法”も、ちいの”おさる風発声法”も、それぞれの大切な個性なんだね。
僕たちは、陽のあたるリビングで、へトヘトになるまで、走り続けた。
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