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𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
東の国境から届く報せは、日を追うごとに不穏さを増していった。
赤と黒の国――かつての赤色の国が、黒色の国の後ろ盾を得て新たに興したその国は、瞬く間に周辺の小国を飲み込みながら、勢力を拡大しているという。白色の国もまた、婚姻という形でその傘下に収まったと聞く。
黄色の国もまた、いずれその矛先が向けられるであろうことは、誰の目にも明らかだった。
戴冠から幾年か経った今も、仁人は、心から自分を支えてくれる家臣を、まだ持てずにいた。
ある日の評定で、仁人は、国境の防備を厚くするための策を提案した。だが、老練な家臣たちは、口々に難色を示した。
「陛下のお考えは分かりますが、先例のないことです。まずは慎重に……」
「そもそも、陛下にはまだ、そうしたご判断の経験が――」
はっきりと口には出されなかったが、暗に「若すぎる」「頼りない」と言われているのが、仁人には痛いほど伝わってきた。結局、その策は骨抜きにされ、当たり障りのない妥協案に落ち着いた。
評定を終え、私室に戻った仁人は、誰にも見せられない疲労を、深く吐き出した。
その夜、勇斗が顔を出すと、仁人は珍しく、言葉を選ばずに愚痴を零した。
「今日も、まともに取り合ってもらえませんでした。……僕の考えなんて、誰も、本気で聞いてくれない」
「仁人……」
「兄上なら、きっと違ったんでしょうね。僕には、その器がないって、みんな分かってるんですよ」
勇斗は、何も言わずに、ただ仁人の肩を抱き寄せた。この国で、仁人が本音を漏らせる相手は、もう、自分しかいないのだと、勇斗は改めて思い知らされた。
また別のある日には、隣国からの使者が、婉曲な言葉で、赤と黒の国との同盟を仄めかしてきた。裏切りにも等しいその提案に、仁人は表向き毅然と対応したものの、内心では、味方だと思っていた国にまで見限られかけているという事実に、深く打ちのめされていた。
謁見を終えた後、仁人は誰もいない回廊で、しばらく壁に寄りかかったまま、動けずにいた。
「――大丈夫か」
いつの間にか隣に立っていた勇斗が、静かに声をかけた。
「大丈夫、なわけないでしょう」
仁人は、力なく笑った。
「みんな、僕を見限ろうとしてる。国の中も、外も。……僕には、味方なんて、本当に誰もいないんじゃないかって、時々怖くなるんです」
「俺がいる」
勇斗は、迷いなくそう言った。
「お前の味方は、俺がいる。それだけは、絶対に変わらない」
その一言に、仁人は、崩れ落ちそうになる自分を、かろうじて支えられた気がした。
こうした仁人の姿を、幾度となく間近で見つめるうちに、勇斗の中で、静かに変わっていくものがあった。
かつて、仁人が王になったばかりの頃、勇斗が守りたいと思っていたのは、仁人自身であると同時に、仁人が愛するこの黄色の国そのものでもあった。芸術を愛し、民の暮らしを大切にする、仁人の理想とする国の姿を、共に守りたいと願っていた。
だが、国の陰りが深まり、仁人を支えるはずの家臣たちが、次第に及び腰になっていくのを目の当たりにするうちに、勇斗の中の優先順位は、少しずつ、しかし確実に、変わっていった。
国のかたちなど、もうどうでもいい。民の暮らしも、王家の威信も、二の次でいい。
ただ、仁人だけを――この、誰よりも孤独に耐えているこの人だけを、守れればそれでいい。
それが、いつしか勇斗の、揺るぎない本音になっていた。
ある日の評定の後、老臣の一人が、仁人を人払いした場で呼び止めた。
「陛下。折り入って、申し上げたきことがございます」
「なんだ」
「――黒色の王子、勇斗様のことです」
仁人は、思わず眉をひそめた。
「あの方は、黒色の国の血を引くお方。今、その黒色の国が、赤と黒の国という形で、この国の脅威になろうとしております。……万が一のことを考えれば、あの方を側に置き続けることに、いささか不安が残ります」
「――何が言いたい」
仁人の声が、自然と低くなった。
「もしものときに、あの方が、故国の側につかないという保証は、どこにもございません。……陛下には、いま一度、あの方との距離を見直していただきたく」
「馬鹿を言うな」
仁人は、努めて抑えた声で、けれど強い口調で言い返した。
「勇斗は、この八年、誰よりも黄色の国のために尽くしてきた。兄上も、あいつを信頼していた。それを、血筋だけで疑うのか」
「陛下のお気持ちは分かります。ですが……」
「もういい。下がれ」
老臣は、深く頭を垂れると、静かに退出していった。
一人残された仁人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
馬鹿げた話だ。そう思う一方で、胸の奥に、小さな棘のようなものが刺さったのを感じていた。
思い返せば、勇斗には、時折、理由のはっきりしない外出があった。「野暮用だ」と、いつも軽く笑って誤魔化されるそれを、仁人はこれまで、深く追及したことがなかった。信頼していたから。それだけだった。
(――まさか)
そこまで考えて、仁人は自分自身に、強く首を振った。
それでもその夜、仁人は迷わず、勇斗の部屋を訪れた。疑念を抱いた自分を恥じるように、あるいは、その疑念を打ち消すように。
「仁人? どうした、こんな時間に」
「――何でもないんです。ただ、少し」
言葉に詰まりながら、仁人は勇斗の胸に、そっと額を預けた。
「今日、家臣の一人に、君を疑えと言われました」
勇斗の体が、一瞬、強張るのが分かった。
「僕は、否定しました。……当然です。君を疑うくらいなら、この国の誰を信じればいいのか、分からない」
「仁人……」
「縋る先も、君しかいないんです。それだけは、忘れないでください」
その声は、弱々しく、けれど確かな真実を孕んでいた。勇斗は、何も言えずに、ただ強く、仁人を抱き締め返すことしかできなかった。
仁人は、勇斗の胸に顔を埋めたまま、しばらく動かなかった。それから、ゆっくりと顔を上げ、震える声で囁いた。
「――キス、して」
勇斗は、静かにその願いに応えた。柔らかく、けれど確かめるように重ねられた口づけに、仁人はしばらく身を委ねていた。
唇が離れたあと、仁人は、勇斗の胸に額を押し当てたまま、堰を切ったように本音を零した。
「本当は……君と、どこか遠くへ、逃げてしまいたいんです。誰も知らない場所で、ただの二人として、生きていけたら、どんなにいいか」
「仁人……」
「でも、できない。僕は、この国に縫い付けられてるから。運命だとか、そんな綺麗な言葉じゃなくて……もっと、逃げ場のない、重たい鎖に」
仁人の声が、微かに震えた。
「分かってるんです。逃げられないことくらい。それでも、時々、どうしようもなく、そう思ってしまう」
勇斗は、何も言わず、ただ仁人の背中を、ゆっくりと撫でた。
「――だから、お願いです」
仁人は、顔を上げ、真っ直ぐに勇斗を見つめた。
「最期の時まで、ずっと、そばにいてください。僕が、どんな姿になっても。……それだけが、今の僕の、たった一つの願いです」
その言葉に込められた切実さに、勇斗は、胸が締め付けられるのを感じた。
「――約束する」
勇斗は、仁人の額に、そっと唇を寄せながら、静かに答えた。
「どこにも行かない。最期まで、ずっと、お前のそばにいる」
その約束が、この先どれほどの重みを持つことになるのか、この夜の二人は、まだ知らなかった。
コメント
1件
うわ……めっちゃ重い回だったね……。仁人が王として孤独に耐えてる姿、勇斗にしか本音を言えないってのが切なすぎる。老臣に「勇斗を疑え」って言われて、否定しながらも心のどこかに棘が刺さる感じ、すごくリアルだった。最後の「キスして」からの「逃げてしまいたい」って台詞が、もう、どれだけ追い詰められてるか伝わってきて胸が苦しくなったよ。でも勇斗が「どこにも行かない」って約束してくれたのは、せめてもの救い……。次、どうなるんだろう……。