テラーノベル
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夜明け前の空は、まだ薄青く沈んでいた。
山道の脇にある古びた茶屋跡で、三人は火を囲んでいた。
昨夜は追手を避けるため、ほとんど眠れていない。
ぱち、と薪が爆ぜる。
「……関所は、明日の昼には越えたいな」
小柳ロウが地図代わりの古紙を広げながら呟く。
その声はいつも通り軽いのに、目だけは鋭かった。
「昼?」
マナが顔を上げる。
「夜に紛れた方が安全じゃねぇの?」
「逆。夜は怪しまれる」
ロウは木の枝で地面をなぞった。
「今、追手は“若い男二人”を探してる。夜中に顔隠して歩いてる奴なんて、どう見ても怪しいだろ」
「……確かに」
ライは静かに頷いた。
「だから昼間、人混みに混ざる」
ロウはそこでにやりと笑った。
「で、そのための変装だ」
そう言って、横に置いていた包みを放る。
マナが受け取り、開いた瞬間、目を丸くした。
「……女物?」
淡い藍色の小袖だった。
しかも二着。
「どこで手に入れたんだよ、こんなの」
「昨日の村で交換した。金はかかったけどな」
ロウは肩を竦める。
「お前ら顔立ち綺麗だから、下手な男より女装の方が誤魔化せる」
「は!? 無理無理無理!」
マナは即座に首を振った。
「俺こんな背高いし!」
「ライの方が背高い」
「う……」
隣を見ると、ライは困ったように苦笑していた。
「……必要なら、俺は構わない」
「ライ!?」
「捕まるよりはいい」
その落ち着いた声に、マナは言葉を失う。
ロウは吹き出した。
「はは、潔いなぁ貴族様」
「もう貴族じゃない」
ライは静かに答える。
その言葉に、一瞬だけ空気が止まった。
火の音だけが響く。
ロウは少し目を細め、それ以上何も言わなかった。
マナは胸の奥が苦しくなる。
ライは本当に全部を捨てたのだ。
家も、地位も、名前さえ。
自分を選ぶために。
「……ごめん」
思わず漏れた声に、ライが振り向く。
「何故謝る」
「だって俺のせいで……」
「違う」
ライは即座に否定した。
迷いのない声だった。
「俺が選んだ」
その言葉は、真っ直ぐマナの胸に届く。
「お前と生きたいと思った。だから来た。それだけだ」
火の明かりに照らされた横顔は、疲れているはずなのに不思議なくらい穏やかだった。
マナは唇を噛む。
泣きそうになるのを堪える。
ロウはそんな二人を見て、小さく息を吐いた。
「……朝から重い空気出すなよ」
わざと軽い声。
「ほら、着替えろ。似合うか見てやる」
「絶対嫌だ!」
「声でかいって」
結局。
押し切られる形で二人は茶屋の奥へ追いやられた。
薄い布越しに、マナの文句が延々聞こえる。
「なんでこんな帯締めんの難しいんだよ!」
「マナ、逆だ」
「え、どこが!?」
「そっちは前——」
どたん。
派手な音が響いた。
ロウは腹を抱えて笑う。
「何やってんだあいつら」
やがて。
ぎこちなく戸が開いた。
先に出てきたのはマナだった。
藍色の小袖に、簡素な帯。
長い髪に見せるため布を巻かれている。
不機嫌そうに眉を寄せているが、顔立ちが整っているせいで妙に似合っていた。
「……笑ったら殴る」
「いや、普通に似合ってる」
ロウは本気で感心した。
「その辺の娘より綺麗だぞ」
「嬉しくねぇ……」
その直後。
奥からライが現れる。
マナは息を呑んだ。
「……っ」
淡い灰青の着物。
黒髪を後ろで緩く結われた姿は、驚くほど自然だった。
元々整った顔立ちと白い肌のせいで、一瞬本当にどこかの姫君に見える。
ロウですら目を見開いた。
「……お前、反則だろ」
ライは困ったように視線を逸らした。
「そんなに変か」
「変じゃねぇよ!」
マナが反射的に叫ぶ。
三人の視線が集まり、マナは慌てて口を押さえた。
「いや、その……」
顔が熱い。
ロウがにやにや笑い始める。
「あー、なるほど」
「うるせぇ!」
「はいはい」
ライは少しだけ笑った。
逃亡生活の中で見せる、久しぶりの柔らかな笑顔だった。
その瞬間。
外から馬の足音が聞こえた。
三人の表情が一気に変わる。
ロウは即座に立ち上がり、刀に手をかけた。
「……人数は三」
低い声。
「追手かもしれない」
マナの心臓が跳ねる。
ライも静かに息を潜めた。
馬は茶屋の前で止まる。
砂を踏む音。
誰かが外へ降り立った気配。
そして——
「おい、誰かいるか!」
男の声が響いた。
ロウは目だけで二人に合図する。
動くな。
息をする音すら危うい静寂の中、足音がゆっくり近づいてくる。
戸の前で止まった影が、静かに障子へ手をかけた。
コメント
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第20話、読み終えたよ〜!!🌸 もうね、ライの「俺が選んだ」ってセリフに完全にやられた😭💕 全部捨ててでもマナを選ぶって、重くて優しくて、最高にエモすぎるよ…! で、女装シーン! マナが照れて叫ぶとことか、ライの姫君みたいな姿に息飲むとか、キュンが止まらんかった!! でも最後の追手の気配で一気に緊張…続き気になりすぎる!! しろまるさん、今回も胸がギュッとなる名シーンありがとうございます⋆♡