テラーノベル
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演劇部の部室前で足を止め、後ろを振り返る。
「ねぇ、杏……。
さっきのどういうこと?」
尋ねた私は、無意識のうちに顔がこわばっていたのかもしれない。
杏は私と目を合わせ、怒られた子供のような顔をした。
「んー……あの言葉のとおりだよ。
佐藤くんとはなんでもな―――」
「もう、杏!
杏はさ、佐藤くんと両想いなんでしょう?
私に遠慮してるなら、そんなの必要ないから!」
私はなるべく明るく言った。
それでも杏は、あの日と同じような目で視線を落とす。
息苦しい沈黙の後、杏はうつむいたまま言った。
「……澪が、私たちを思ってくれてるのはわかってる。
だけど……。
だからって、佐藤くんと付き合うなんてできないよ」
それを聞いて、今度は私が言葉に詰まる。
だけどこのまま押し黙るわけにはいかず、笑って杏の肩をたたいた。
「もうー! 気をつかわないでって言ってるじゃない。
ならこうしない?
今度の日曜日、遊園地に佐藤くんも誘おう!
私もだれか男の子誘うから、一緒にダブルデートしようよ」
「え……」
顔をあげた杏は、驚きに満ちた目をしていた。
対する私は、内心自分の発言に戸惑う。
思わず口をついてしまった言葉だった。
だけどこのまま杏たちが私に遠慮し続けるなんて、そんなの苦しすぎる。
「ね? そうしよう!
杏は佐藤くん誘っておいてよ?
私は今からだれか誘ってくるから!」
「えっ、ちょっと澪?」
杏が口を挟む前に、私は「絶対だよ!」と念を押した。
ちょうど演劇部の部員が階段をあがってきて、話が中断する。
それをいいことに、私は「じゃあね」と杏から背を向けた。
階段を下りながら、バクバクと鼓動が打ち付ける。
ああ言ってはみたものの、私はちゃんと、ふたりの傍で笑っていられるんだろうか。
(不安だ……)
悩みはそれだけじゃない。
ダブルデートしてくれる人にあてはないし、探すなんて言ったけど、どうすればいいんだろう。
重い気持ちで歩いていると、下駄箱の前にだれかがいるのが見えた。
(橋本くん……)
それが橋本くんだとわかった途端、私は思わず足を止めた。
(そうだ、橋本くん……!)
佐藤くんが杏を好きだと相談していた相手なんだから、頼れるのは彼しかいない。
「橋本くん!」
思わず叫ぶと、彼は大きく後ろを振り返った。
「広瀬? どうかした?」
橋本くんとは去年同じクラスだったけど、今年になって話すのは初めてだ。
息を切らして近付く私を見て、彼は怪訝な顔を浮かべる。
「……あの!
日曜日、私とデートしてくれない……!?」
勢い余って用件のみを伝えてしまった。
橋本くんは固まった。
それから数秒後、「はぁぁぁ!?」と、すっとんきょうな叫び声が耳を突き抜けた。