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68 ◇息子のDNA鑑定
そして映画の中の主人公は去り行く夫に向けて言っていたではないか。
『夫は微塵も疑いを持ってないようだけど、不倫相手が妊娠したというのは
本当なのだろうか。
ほんとに夫の子なのだろうか。
自分との避妊ではただの一度もこれまで失敗していないというのに……』
というくだりが伸之の心を揺さぶるのだった。
もしも百合子との間にできた息子が自分の子ではなかったとしたら。
既婚者と付き合える女なんだぞ、百合子は。
そして結婚するためには引いたり押したりと手練手管を
上手く駆使できる人間だ。
どうして自分はいとも簡単に信じたりしたのだろう。
自分という人間がこんなに迂闊なヤツで馬鹿だったとは……
認めたくはないが認めるしかなかった。
そしてこの日伸之は百合子との間にできた息子のDNA鑑定を
決心するのだった。
幸いと言ってはなんだが認知もまだしていない状態で百合子が遁走しているので、
現在金に困っていなければそのまま放置でよかった。
しかし、自分自身年老いた両親を抱え困窮している。
そして百合子は遁走する時に百万単位で金を持ち出していた。
事実婚とはいえ、5年近く親子の生活をみてきたのだから托卵されている
ことが立証されれば多少の慰謝料は引き出せるに違いないと踏んだ伸之は、
DNA鑑定を決意すると、まず百合子の所在の確認を急いだ。
嘗ての顧問弁護士を通じて興信所を使い調べてみると現在の百合子は
実家にはおらず、ある男と暮らしていた。
興信所のスタッフから
『彼が子の父親の可能性が高いかもしれませんね』と助言され、
更に托卵の可能性が伸之の気持ちの中で高まった。
まずはDNA鑑定から、弁護士に委ね調べた。
ゆくゆくは跡取りになるかもしれないと大事に育てていた子は
残念ながら自分の子ではなかった。
今更過ぎて言葉も出なかった。
69☑◇コンタクト
百合子に慰謝料を請求したあとで、すぐさま実の父親である可能性が高い
早瀬誠という男にコンタクトを取った。
百合子の夫だが百合子と翔麻のことで話があるのだと伝えて。
百合子と出会った時、自分には妻子がいた。
そのような状況の中、自分は妻子を捨て百合子と暮らし始めた。
しかし、妻との取り決めでまだ籍は入れていないということと
認知もまだであることを告げるとその顔が曇った。
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#名探偵
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おきつね
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「いろいろ元妻との交渉で子が小学校に上がるまでに離婚するということに
なっていて、約束通り元妻はちょうど一年前の今頃、離婚届を出していたようです。
彼女から届けを出したことは知らされなかったため、しばらく私はそのことを
知らずにいました。
時期的に言いますと、元妻が離婚届を出した数か月後、私の会社が
危うくなりつつある状況の中、百合子は実家に帰ると言ったきりこちらへ
戻ってはきませんでした」
「失礼ですが、どうして今頃……疑いをもたれたのでしょうか?」
「疑問はごもっともです。
ほんとに神の采配としか。
ある人の疑問視からと言えばいいでしょうか」
「元奥さんでしょうか?」
「そうじゃないとも言えるし、そうだとも。
ちょっと説明が難しいのでこの辺でご納得ください」
「僕が彼女を受け入れたのは、結婚した時にはあなたの子だと思い結婚した。
だがそのあと、あなたの子ではないことが分かり家を追い出された。
夫との間の子でないなら、この子は僕の子だから……と。
子供に僕と同じ特徴も見受けられることと、見た目がよく似ていることから
僕の方では鑑定はしていません。
慰謝料は子供を養育して下さったということで僕が用意させて
いただきます」
「そう言っていただけると助かります。
わたしも事業で痛手を被っていなければ慰謝料までは請求しなかったかも
しれませんがね。
実際今、年老いた両親を抱えていっぱい、いっぱいなものですから。
彼女は家を出る時にかなりの預貯金を持ち出してますから、全額
あなたが出すことにするのか熟慮されたほうがいいですよ。
それとよけいなお世話かもしれませんがご忠告させてください。
彼女は既婚者と深い関係になれる女性で、その既婚者の妻や子供たちから
夫や父親である男を奪うことに躊躇しない女性であるということ。
別の男の子を育てさせることも平気であるということ。
酷いことをしてきた私がどの口で言うのか……ではありますが、
言わせてください」
「お会いできてよかったです」
「もうお会いすることもないですが、息子の……息子さんの幸せを願ってます」
「ありがとうございます。
ほんとに、よくよく考えて息子が幸せになれる道を考えてやろうと思います」
俺が我が子と信じて5年近く育ててきた息子の実親の早瀬誠との、
最初で最後の面談が終わりを告げた。
彼が全てをひっくるめて百合子を受け止めるのか、はたまた別の道を歩むのか、
もう俺には知る術はないだろうが、何かがひとつ終わったという充足感があった。
70☑◇嘘つきの末路
百合子は突然の夫からの托卵に伴う慰謝料請求にうろたえるのだった。
弁護士まで入れてのDNA鑑定請求。
これが早瀬に知れたらいろいろと拙いからだ。
伸之からの請求額は500万円と追加に弁護士費用とされていた。
早瀬に少し助けてもらえば、持ち出していたお金の残金で
なんとかなりそうだった。
だが秘密裡になんとかなればと考えていた百合子の目論見は
上手くいかなかった。
百合子から絞り取れなかった時のための保険で 弁護士と石田が
早瀬にもコンタクトを取ってきたからだった。
◇嘘つきの末路
『ちょっと知り合いに会って来る』と言って出掛けていた早瀬が帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま。百合子、翔麻は?」
「お義母さんの家にいるわ」
早瀬は就職してからは父親が以前購入していた家に独立して住んでいた。
両親の家は裏手の敷地百坪ほどの土地に五十坪ほどの家を建てており
彼らは若い頃から夫婦共働きで裕福な暮らしをしてきた。
後一年余りで一般的な年金受給者になる予定だ。
二人共地方公務員なので二人分の年金だと住む家があるので
この先も余裕の暮らしが保証されている。
誠は一人息子だったため、両親の財産で揉めるきょうだいもなく両親が
この先ハチャメチャな暮らしをしない限りこれまた、この先の暮らし向きは
困らないような環境にいる。
これで今就いている仕事が不安定であるならば、暗雲立ち込める
ところであるが……。
これまで早瀬は大手旅行代理店にて法務担当として勤務するも、コ〇ナ禍の影響で
旅行業界が打撃を受ける中、業績の悪化する企業に反して業績upを
続ける運輸業へと昨年舵を切り転職していた。
現在、契約書関連、知的関連の業務を担当している。
疫病もしかり、日本はこの先も増々高齢化が進むのは明らかで
この先の物流に伴う運送の需要も増えることはあっても減少するなどと
いうことは当分ないと思われ、この先の仕事の安定もほぼ確実といって
よかった。
「じゃあ、ちょうどよかったわ。
翔麻のことで話があるんだ」
「えっ、なになに……」
知人に会ってきた早瀬が帰って来るなりいきなり息子のことで
話があるという。
百合子の胸に言いようのない不安と戸惑いが広がった。
「俺、今日石田伸之さんっていう人に会ってきた」
「えーっ、そ、そうなんだ……」
「百合子がいっぱい俺に嘘ついてたことが分かった。
だからちゃんと俺たちのこれからのことや翔麻のこと、話し合わないとな」
早瀬が石田と会ったと言うのなら、もうどうしようもなかった。
後は早瀬がどのようなことを言い出してくるのか待つしかない
百合子だった。
コメント
1件
読み終えました。伸之さんがDNA鑑定を決意するまでの揺れ動き、そして托卵が確定した後の早瀬さんとの対話——本当に胸が締め付けられました。自分の育んだ五年間が覆る苦しさと、それでも息子の幸せを願う気持ちがにじんでいて、特に早瀬さんが「会えてよかった」と言った場面が忘れられません。百合子の嘘が崩れていく終盤も、じわじわと来ました。一話ごとに人間の裏側が描かれていて、惹き込まれています。次の展開も楽しみです。