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羊と亀のお遊戯会
515
#名探偵
空蝉 桜
136
おきつね
101
71 ◇石田から百合子への三行半
「百合ちゃん妊娠した時さ、どっちの子か分からなかったはずなのに
どうして石田さんには妊娠したと話しに行き、俺には連絡がなかったのかな。
それってなんでなんだ?」
「えっと、だって早瀬くんとは付き合ってなかったし……」
「だけど、もし妊娠したら責任は取るってあの時俺言ったよね」
「……」
「行きずりの行為だったから俺のこと信じられなかったんだ」
「そういうのは、あったかも」
「石田さんが大金持ちだったからなのか?
それとも俺より石田さんが好きだったからか?」
「早瀬くんごめん。
分からない、そんなの今聞かれても分かんないよ~」
答える百合子は涙ぐみ、声は震えていた。
「最初は石田さんのこと好きだから付き合ってたけど、自分がただの浮気相手でしか
ないって分かってからは好きじゃなくなった」
「じゃあ、なんで……」
「分かんないけど、たぶん奥さんに勝てなくて悔しかったんだと思う。
それに私のことを遊び相手にしか思ってなかった石田さんにも腹が立って、
それなら子供を作って財産乗っとってやろうじゃないの、みたいなヤケクソ
な感情に支配されてたかも」
「そんな理由で結婚しようとしたんだ」
「奥さんのほうが一枚上手だった。
奥さんからの大人しく離婚する代わりの条件が今すぐには判を押さないっていうもの
だったんだけど、慰謝料や養育費だけは先に一括して石田さんが支払うっていう形にな
ってたの。
石田さんの会社が傾く前の話だから、彼女には何か良い力っていうか
表現が難しいけれど、そういうものが備わっているのかもって思うわ」
「縋り付いたりしない潔さが良い結果をもたらしたってわけだな。
それで百合ちゃんは傾き出した船からとっとと降りて逃げちゃったんだ、
俺のところへ。
百合ちゃんさ、翔麻が俺の子だっていうのは産んだ時点では分からなかったとしても
成長するにつけ、分かったはずだよね」
「うん、早瀬くんに瓜二つだもん。
分かってた、だから……」
「石田家を出た後、俺のところへ来た」
「うん、言う通り。
実家に3ヶ月置いてもらっている間にいろいろ考えて早瀬くん家へ
来ることにしたの」
「百合ちゃん、頼って来た時に打ち明けてほしかったわ。
いろいろ嘘が有り過ぎて、俺には手に負えない。
翔麻は俺が引き取ってもいいし百合ちゃんが連れて行きたいと言うなら
養育費は出すよ。
どちらか好きな方選んでいいから……」
72 ◇百合子の持っていた執着
『この家から出て行ってくれないか』
が早瀬の本意だった。
もちろん、本意は百合子にも理解できた。
なんて自分は運が悪いのだろう。
石田と早瀬の接触さえなければ、早瀬と結婚して晴れて本当の親子として
翔麻と3人新しい人生を始められるはずだったのに。
自分はあの時間違った選択をした。
妊娠した時、子供がどちらの子であるかはっきりと分かった時点で
行動を起こすべきだったのだ。
それなのに自分はどちらの子であっても石田の子として彼と結婚したかった。
お金やプライドやさまざまなものに執着していたのだ。
はっきり言って早瀬のことなど眼中になかった。
それなのに、結婚できず彼の元から去らねばならなくなると、
辛い自分がいた。
息子翔麻の実の父親であり、頼って尋ねた後のやさしく広い心で
受け止めてくれた彼の言動を思い出すにつれ、百合子の悲しみは深まる
ばかりだった。
けれど、今度こそ執着して彼を困らせたりしてはいけないと思った。
「早瀬くん、翔麻と相談して決めてもいいかな」
「まだ5才だからね、こんな大事なことを決められるだろうか」
「私に付いて来たらお金のことで不自由な思いをすると思うの。
だから翔麻の様子を見て、話しを聞いて、何があっても私と一緒がいいと
言えば私が連れて行くわ。
買ってもらえない物があったりして、この先我慢しなきゃいけないことも
出てくると思うのね。
それと母親が仕事に出てる間はおばあちゃんたちと待ってなきゃいけないとかっていう
ことも話して、そういうのを 聞いて翔麻が躊躇するようなら、
置いていこうと思うの。
そこは早瀬くん家に残っても母親がいないところは同じだから、
そこもちゃんと話しておく」
73 ◇誓い
「残酷だよなぁ~。
どちらといても、この先母親と長い時間一緒にいられないんだもんな。
でもあれだぜ、俺もさ、母親が働いてたからさ、そんなもんだったわ、
考えてみれば」
「だけど、休日には両親揃ってたわけだから、やっぱり少し違うわよね」
◇ ◇ ◇ ◇
翔麻は産まれてからずっと百合子と一緒だったのだ、一緒に暮らしてきた。
どんな説明をしたって百合子と別々に暮らすことに……
首を盾に振ることはなかった。
子が幼いなら尚更のこと、いわずもがなである。
翔麻は母親が自分を置いてどこかへ一人で出て行くかもしれないと
感じ取った日から、母親が出て行く時には絶対置いて行かれないようにとの
思いで、夜は玄関三和土の場所から離れなくなった。
自分で毛布を持っていき、そこで寝ようとした。
そのいじらしい姿に百合子は胸が痛かった。
お金で苦労させたくないと言うのもほんとだったが、胸の奥底、深層に
分け入ってみれば、子供を連れて苦労したくないという自分本位な気持ちが
なかったとは言いきれず、既婚者の妻から平気でその夫を奪ったり、早瀬に
対して誠実でなかったり、自分の都合で子供を置いていく選択肢を作ったり、
ほとほと汚い自分に嫌気がさした。
百合子は玄関の三和土で横たわる息子を抱き締め、
良い母親になることを自分に誓った。
◇ ◇ ◇ ◇
その後早瀬と話し合いを重ね、百合子は翔麻を連れて早瀬の家を
出て行くことにした。
家を出る日、
早瀬の両親は『夏休みになったら遊びに来させてね』と言ってくれた。
こんないい加減な女に、……有難くて涙が零れた。
出て行く日、早瀬とその両親が百合子親子を玄関から出てきて
わざわざ見送りしてくれた。
百合子は何度もお辞儀をして実家へと向かった。
いろいろと自分の愚かな行いで人を不幸にし、自分も幸せにはなれず……。
普通にへたってしまうところだがそれでも百合子は前を向いて
歩いていこうと心に決めた。
自分には幸せにしてやらねばならぬ愛しい我が子がいるのだ。
この子のために、そして自分のためにこれからは誠実に人を欺いたりせず
人生を歩んでいこうと心を新たにするのだった。
生憎、翔麻は母親である百合子と共に早瀬の住まう家から出て行くことに
なってしまいはしたが……その後1か月余りした後、無事、
実の父親、早瀬から子として認知される運びとなった。
コメント
1件
第25話、読み終えました。百合子が自分の執着や汚さにちゃんと向き合って「良い母親になる」と誓うシーン、じんと来ました。特に、玄関で寝ようとする翔麻を抱きしめるところが胸に刺さります。早瀬の両親の「夏休みに遊びにおいで」という優しさにもほっこり。嘘と執着で傷つけ合った先で、それでも誠実に子どもと向き合おうとする百合子の決意が光る回でした。最終的に認知される展開にも救われます。ありがとうございます🤍