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専業プウタ
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美夏を乗せた車が、ゆっくりと発進した。 地下駐車場の出口に向かって、ヘッドライトが闇を切り裂く。
Dream Gateを出てからしばらくの間、美夏は窓の外を見るともなしに眺めていた。
夜の街が、流れていく。信号で止まるたびに、赤や青の光がフロントガラスに滲み、濡れてもいない路面まで色を帯びて見えた。
運転席には柊木(ひいらぎ)がいる。レッスン中はほとんど無駄口を叩かなかった男が、今は片手でハンドルを操作しながら、静かに前だけを見ていた。
美夏は後部座席に座っている。
さっきまで木刀を握っていた手が、まだ少し熱かった。
不意に、運転席から短い着信音が響いた。
ダッシュボードの脇にある、柊木のスマートフォンだった。
画面が一瞬だけ明るくなる。柊木は運転中だったため、手を伸ばそうとはしなかった。数秒も経たないうちに、画面はまた、暗くなる。その様子は、後部座席に座る美夏の目にはっきりと映った。ほんの一瞬の出来事だったが、美夏はそこに表示された名前を見逃さなかった。
──やっぱり、そうだった。
その姓には、覚えがあった。
美夏の心臓が、嫌な音を立てた。
珍しい苗字だったから、よく覚えている。回帰前、廃遊園地のバックヤードに自分を監禁した半グレの一人が、仲間たちからそう呼ばれていた。
偶然かもしれない。同姓の別人という可能性だってある。
それでも美夏の胸の奥で、ばらばらのピースが繋がっていく。
柊木を一目見たときの、カタギではないという直感。彼には、廃遊園地で自分を殺した男たちによく似た気配があった。
美夏はミラー越しに柊木の顔を見た。彼は何事もなかったかのように、前方の道路を見つめている。だが、美夏にはもう分かっていた。柊木は、天導の部下たちと繋がっている。しかも、その『部下』がどんな人間なのかも知っている。
美夏の胸の奥に、冷たいものが広がっていく。
──見つけた。
天導の破滅に繋がる、一本の細い糸を。
「……一つ聞いていいか」
唐突に、柊木が言った。
「はい」
「なんで本物の殺陣を習いたいと思った?」
不意打ちのような質問だった。美夏はすぐには答えなかった。
視線を窓の外へと向ける。何と答えるべきなのだろう。
回帰前の自分なら、きっと別の答えを返していただろう──映画に出るから。役作りのため。アクションができれば仕事の幅が広がるから。どれも嘘ではない。けれど、今の自分にとっての一番の理由は、それらではない。今の自分を支えているのは、そんな綺麗なものではなかった。
そしてこの男を味方に引き入れたいと考えている以上、本心から離れたことを言うべきではないと思った。
美夏は、ゆっくりと口を開く。
「……芸能界の頂点に立ちたいからです」
「頂点?」
「はい」
自分でも意外なくらい、声に迷いがなかった。
「なんでもいいから有名になりたい、という意味ではありません」
有名になるだけなら、回帰前の自分でも目標に掲げることができた。
しかし有名になったところで、誰かが自分を救ってくれるわけではない。誰かが自分を見つけてくれるわけでもない。それは、もう知っている。自分を救うのも、自分を見つけるのも、自分自身のすべきことだ。美夏の求めるものは、もっと別のところにあった。
「影響力が欲しいんです」
美夏は夜景を見た。
ガラスに映った自分の顔は、以前より少しだけ大人びて見えた。
「自分のことを、自分で決められるくらいの力が欲しい」
窓の外を眺めながら、祈るように美夏は言う。
母親の言いなりにならないためにも、寿志から身を守るためにも、そして復讐を遂げるためにも、芸能界の頂点に昇りつめなければならない。そうしなければ、変わり始めた歴史はいつか元通りに収縮し、破滅の記憶に追いつかれるのではないか──そんな根拠のない焦燥が、美夏の胸を焦がしていた。
美夏が欲しているのは、ただの知名度ではなかった。誰もが名前を知っている、その程度ではまったく足りない。寿志は有名だが、その中身は空っぽだ。彼にあるのは、肩書きと人脈と、周囲の作り上げた評判。しかし人はそんなものに簡単に騙される。だから──
「本物じゃないと、意味がないんです」
「本物?」
「はい。本物の、スターとしての輝きです。ただ有名なだけじゃなくて……この人は本当に凄いって、誰が見ても思うようなものが欲しい。好き嫌いとはまったく別の、スターとしての輝きが……」
それがなければ、結局は虚像に流される。
寿志のような人間の作った中身のない『価値』に、自分まで飲み込まれてしまう。
美夏はすでにそれを知っている。
「なるほどな」
柊木は、それ以上追及しなかった。
美夏は少し意外に思った。
もっと笑われると思っていた。二十歳にも満たないアイドルが「芸能界の頂点に立ちたい」などと言えば、普通なら大言壮語だと思うだろう。
けれど柊木は、ただ前だけを見ている。
「じゃあ、もっと強くなったほうがいい」
「……はい」
「今日の動きなら、努力すれば形にはなる」
「……頑張ります」
「そうしろ」
柊木は前を向いたままだった。
しばらくして、美夏はふと尋ねた。
「柊木さんは……天導社長と、長い付き合いなんですか?」
ミラー越しに、一瞬だけ柊木の目が動いた。
「……まあ、それなりにな」
「天導社長のこと、よくご存じなんですね」
「あの人のところで仕事をしてれば、嫌でも分かる」
淡々とした声だった。
「……そういうものですか?」
「ああ。そういうものだ」
それきり、柊木は黙った。
美夏も、それ以上は聞かなかった。
だが、柊木の表情には何か引っかかるものがあった。
天導の名前を口にしたとき、ほんの僅かだが、空気が冷えたような気がした。
──もしかして……あの男のことを嫌っているの?
美夏はミラー越しに柊木の横顔を見た。
整った顔。落ち着いた運転。無駄のない動作。
どこから見ても、天導の指示に従う人物のように見える。
実際、天導の言うことには逆らわないのだろう。
けれど、その従順さと、天導を信頼しているかどうかはまったく別の話なのかも知れない。
美夏は窓の外を見ていた。やがて見慣れた街並みが近づいてくる。
「もうすぐ着く」
「ありがとうございます」
車は寮のあるマンションに向かう。
美夏は少しだけ背筋を伸ばした。
ここから先は、一人だ。部屋に戻れば、また明日からの仕事が待っている。
けれど今日、美夏は一つだけ確信した。柊木は使える。そして天導の周囲には、自分の知らない人間がいる。その中には、天導を信用していない者もいるのだろう。それは小さな発見だった。だが、復讐には充分な一歩だ。
美夏の自宅マンションの前で、車が停まる。
「着いたぞ」
「ありがとうございました」
美夏はドアを開けた。
「お疲れさん」
「柊木さんも」
ドアが音を立てて閉まる。
美夏は車から離れ、マンションのエントランスに向かった。自動ドアが開き、エントランスの白い照明が、美夏を夜の街から切り離した。
エレベーターのボタンを押す。開いた扉の中に、美夏は一人で乗り込んだ。閉じていく扉の隙間から、柊木の黒い車がまだそこに停まっているのが見えた。
美夏がその理由を考え始めるより先に、エレベーターの扉が完全に閉じた。
◇
昼間の光景が、舞白の頭から離れなかった。
事務所で美夏が天導と話していた。何を話しているのかまでは聞こえなかった。ただ、二人だけで話していることが気になった。
美夏がこちらを振り向いた瞬間、舞白は慌てて目を逸らした。美夏を見ていたことを本人に知られたくなかった。そのまま立ち去ったものの、夜になっても胸の奥に引っかかりが残っている。
──どうして、美夏ばっかり……。
天導が美夏と話しているところを、最近よく見るような気がする。
舞白は釈然としないものを抱えていた。自分だってWhite Noiseのセンターだ。なのに、律も天導も美夏とばかり話している。どうして──舞白はベッドの中で寝返りを打つ。
考えすぎだ。そう思い込もうとした。
答えの出ない疑問を反芻しているうちに、いつしか舞白は眠りに落ちていた。
……気がつくと、夕暮れの廃遊園地に立っていた。錆びた観覧車が、風もないのに軋んでいる。遊具は朽ち、割れた窓から赤黒い光が差し込んでいた。
「……ここ、どこ?」
振り返ると、天導がいた。
彼の表情は、いつもの穏やかな笑顔ではなかった。これまでに見たことのない、冷たい目をしていた。
「朝霧舞白」
名前を呼ばれただけで、背筋が凍る。
「君には死んでもらうことになった」
「……え?」
何を言っているのだろう。意味が分からない。舞白は後ずさる。言葉にならない恐怖を感じる。
「どうして……?」
答えは返ってこない。代わりに、背後から足音が聞こえた。一つ。二つ。やがて複数の影が、舞白の周囲に現れる。
「いや……」
舞白は逃げようとした。だけど、足が動かない。ガラの悪い男たちが一斉に距離を詰めてくる。
「来ないで!」
舞白は必死で走った。錆びた柵を抜け、壊れたアトラクションの間を駆ける。なのに、どこまで逃げても出口が見つからない。背後から、誰かの手が伸びてくる。
「いやっ!」
舞白は逃れようとした。腕を乱暴に掴まれて、思わず悲鳴を上げていた。いくら振りほどこうとしても、男の手はびくともしない。
「離して!」
舞白の叫び声が、誰もいない遊園地に吸い込まれていく。その向こうで、天導が静かにこちらを見ていた。
舞白は必死に手を伸ばす。
「天導さん……!」
助けて。そう叫ぼうとした。けれど、声が出なかった。天導はただ、こちらを見つめている。冷ややかなその表情が、舞白には、すでに知っているもののように思えた。
舞白は悲鳴を上げた。
「──っ!」
ベッドの上で飛び起きる。真っ暗な部屋。荒い呼吸。胸に手を当てると、心臓が壊れそうなほど鳴っていた。
「……夢……?」
そう呟いた。けれど、夢と呼ぶにはあまりにも鮮明だった。そして、なぜか怖かった。初めて見たはずの場所なのに、舞白はあの廃遊園地を知っているような気がした。
コメント
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うわ、第14話めっちゃ重かった……!美夏が「影響力が欲しい」って言うシーン、声に出して「おおっ」てなったわ。回帰前の記憶があるからこその本気度がひしひし伝わってきて、鳥肌立った。 それに柊木のスマホに映った名前、廃遊園地の半グレと同じ苗字って……もう伏線バチバチじゃん。しかも柊木、天導のこと嫌ってるっぽいし。これは味方にできるかもって美夏が確信した瞬間、こっちも一緒に熱くなった。 最後の舞白の夢もヤバい。廃遊園地が出てきて、天導が冷たい目で「死んでもらう」って……早く続きが読みたい!しらなみさんの伏線の張り方が上手すぎるわ🔥